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2021/01/08

奥州ばなし 三郞次

 

      三郞次

 

 又、爰なる家人に、菅野三郞次といふもの有し。【若きほどの名なり。今は三力と云。】知行は平地にて、【大みち。】一里の餘をゆねば、山なし。故に薪《たきぎ》に不自由なれば、十六、七の頃、さしたる役もなき故、朝、とくおきて、一日の薪、朝とくおきて、一日の薪をとりに、いつも山に行しに、ある朝、松山の木の間より、女の、髮をみだしてあゆみくるを見て、

「いづちへ行くものならん、髮をもとりあげずして、早朝にたゞ壱人《ひとり》、爰を行《ゆく》は。」

と、心とゞめてまもりをれば、こなたをさして、ちかよりこしが、松の上より、頭ばかり出《いで》て、面(おもて)を見あはせしに、色白く、髮は眞黑にて、末は見えず、眼中のいやなること、さらに人間ならず。朝日に照て、いとおそろしかりしかば、つかねかけたる薪も鎌もなげすてゝ、逃歸りしが、二度《ふたたび》、その山に、いらず。家にかへりておもひめぐらせば、松山の梢の上より頭の出《いで》しは、身の丈、二丈もやあらん。頭の大《おほい》さも、三尺ばかりのやうにおぼえしとぞ。

 これ、世にいふ「山女《やまをんな》」なるべし。

[やぶちゃん注:【2021年1月30日追記】ここから以降、「奥州ばなし」の最後まで、誤って、底本の読みを( )で、私の推定の歴史的仮名遣の読みを、《 》で添えてしまった。後を修正するのも面倒で、前を作り直すのも厭なのでそのままとする。悪しからず。

「家人」家臣。

「菅野三郞次」知行地を持つ以上、相応の重臣でなくてはならない。

「大みち」通常の里程単位。

「眼中のいやなること」所謂、尋常の目つきでないことを謂う。所謂、「邪眼」である。

「山女」山姫(やまひめ)。ウィキの「山姬」より引く。『日本に伝わる妖怪。その名の通り、山奥に住む女の姿をした妖怪で』、『東北地方、岡山県、四国、九州など、ほぼ全国各地に伝わっている]『山女の名は民俗資料、中世以降の怪談集、随筆などに記述がある』。『各伝承により』、『性質に差異はあるものの、多くは長い髪を持つ色白の美女とされる。服装は半裸の腰に草の葉の蓑を纏っているともいうが』、『樹皮を編んだ服を着ている』とか、『十二単を着た姿との説もある』。『熊本県下益城郡でいう山女は、地面につくほど長い髪に節を持ち、人を見ると』、『大声で笑いかけるという。あるとき』、『山女に出遭った女性が笑いかけられ、女性が大声を出すと』、『山女は逃げ去ったが、笑われた際に血を吸われたらしく、間もなく死んでしまったという』。『鹿児島県肝属郡牛根村(現・垂水市)では山奥に押し入ってきた男を襲い、生き血を啜るという』。『信州(長野県)の九頭龍山の本性を確かめるために山中に入った男が、山姫に遭って毒気を浴びせられ、命を落としたという逸話もある』。『屋久島では山姫をニイヨメジョとも呼び、伝承が数多く残る。十二単姿で緋の袴を穿いているとも、縦縞の着物を着ているとも、半裸でシダの葉で作った腰蓑を纏っているともいうが、いずれも踵に届くほど長い髪の若い女であることは共通している。山姫に笑いかけられ、思わず笑って返せば』、『血を吸われて殺されるという。山姫をにらみつけるか、草鞋の鼻緒を切って唾を吐きかけたものを投げつけるか、サカキの枝を振れば難を逃れられる。しかし、山姫が笑う前に笑えば』、『身を守れるとの伝承もある』。『かつて屋久島吉田集落の者が、山に麦の初穂を供えるため、旧暦』八『月のある日に』十八『人で連れ立って御岳に登った。途中で日が暮れたため、山小屋に泊まった。翌朝の早朝、飯炊きが皆より早く起きて朝食の準備をしていたところ、妙な女が現れ、眠る一同の上にまたがって何かしている。結局、物陰に隠れていた飯炊き以外の全員が血を吸われて死んでいたという』。『宮崎県西諸県』(にしものかた)『郡真幸』(まさき)『町(現・えびの市)の山姫は、洗い髪で』、『山中で綺麗な声で歌を歌っているというが』『やはり人間の血を吸って死に至らしめるともいう』。『同県東臼杵郡では、ある猟師が猿を撃とうとしたが』、『不憫になってやめたところ、猿が猟師にナメクジを握らせ、後に猟師が山女に出遭ったところ、実は山女はナメクジが苦手なので襲われずにすんだという』。『大分県の黒岳でいう山姫は絶世の美女だという。ある旅人が山姫と知らずに声をかけたところ、山姫の舌が長く伸び、旅人は血を吸い尽くされて死んでしまったという』。『高知県幡多郡奥内村(現・大月町)では山女に出遭うと、血を吸われるどころか出遭っただけで熱病で死んでしまったといわれる』。『岩手県上閉伊郡上郷村(現・遠野市)の山女は性欲に富み、人間の男を連れ去って厚遇するが、男が精力を切らすと殺して食べてしまうという』。『これらのように山姫、山女は妖しげな能力で人を死に至らしめる妖怪とされるが、その正体は人間だとする場合もある』。『例として、明治の末から大正初めにかけ、岡山に山姫が現れた事例がある。荒れた髪で、ギロギロと目を光らせ、服は腰のみ』、『ぼろ布を纏い、生きたカエルやヘビを食べ、山のみならず民家にも姿を見せた。付近の住民たちによって殺されたが、その正体は近くの村の娘であり、正気を失ってこのような姿に変わり果てたのであった。妖怪探訪家・村上健司は、各地に伝承されている山姫や山女もまた』、『この事例と同様、人間の女性が正気を失った姿である場合が多いと推測している』。『昭和に入ってからも山女の話はあり』、昭和一〇(一九三五)年頃、『宮城県仙台市青葉区で山仕事に出た女性が』三『歳になる娘を草むらに寝かせて仕事をしていたところ、いつしか娘が姿を消していた。捜索の末、翌朝に隣り』の『部落の山中で娘が発見され』、『「母ちゃんと一緒に寝た」と答えていたことから、人々は山女か狐の仕業と語ったという』。『また、屋久島では昭和初期になっても山姫やニイヨメジョの目撃例がある。「旧正月と』九月十六日『には山姫がバケツをかついで潮汲みに来る」「小学生が筍取りに行ったところ、白装束で髪の長い女に笑いかけられた」「雨の夜、宮之浦集落の運転手が紫色の着物の女に出会った。車に乗るよう勧めたが、そのまま行ってしまった」など、現代的な要素を含んだ実話として伝承されている』とある。]

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