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« 今さっき、ブログ・アクセスが百四十九万を超えた | トップページ | 梅崎春生「虹」縦書ルビ化PDF版 »

2021/01/27

ブログ・アクセス1,490,000アクセス突破記念 梅崎春生 虹

 

[やぶちゃん注:本篇は初出不明で、昭和二三(一九四八)年八月に刊行した作品集「飢ゑの季節」(講談社)に収録されている。発表順配置の底本では、昭和二十二年と昭和二十三年一月発表の作品の間に置かれてあるから、編者は昭和二十二年中の発表或いは脱稿と判断したようである。因みに当時、梅崎春生は満三十二歳である。

 底本は昭和五九(一九八四)年沖積舎刊「梅崎春生全集第二巻」を用いた。

 ストイックに注を附した。

 なお、本テクストは2006518日のニフティのブログ・アクセス解析開始以来、本ブログが昨夜、1,490,000アクセスを突破した記念として公開する。【2021127日 藪野直史】]

 

   

 

 サーカスを出ると、もはや巷(ちまた)は黄昏(たそがれ)のいろであった。

 先刻大天幕をひとしきり烈しく打つ雨の音がしていたがそれも通り過ぎたと見え、焼跡と凸凹地に処々わずかに水たまりを残しただけで、空は淡青く昏(く)れかかる風情であった。しかし焼残りの片側街をあるくとき、まだ家の廂(ひさし)からときどき水滴が豆電気をともしたように光っては落ちた。あのざわざわしたサーカスの雰囲気のふしぎな後感(ナッハシュマック)がまだ身体の一部分に残っていて、何となく甘い気特の中に麻酔から醒めて行くようないやな味が混り、私はうすく濡れた道に足を踏み入れる度に手にした洋傘を柔かい地面につき立てるようにするのだが、先に立って足早に歩く先生の幅広い肩がともすれば私と距離をつけそうになるのであった。[やぶちゃん注:「後感(ナッハシュマック)」私は第一外国語がフランス語でドイツ語は全く分からないが、辞書だけは持っている(同学社一九七七年刊「新修ドイツ語辞典」)。しかし調べてみても、この綴りの単語は見当たらない。「ナッハ」は分離動詞の「前綴り」(Präfix)の「nach-」で、「後続・以後」の意を添えるから、それでよいとして、「シュマック」が困った。ピッタリくる単語がない。ただ、目が止まったのは、動詞ではなく、名詞ではあるが、「Schmalz」(シュマルツ)で、俗語で「感傷」・「(流行歌などの)お涙頂戴もの」といった意味が記されており、ネットで再確認すると、「プログレッシブ独和辞典」に、『ひどくセンチメンタルな気分』・『ひどくセンチメンタルな歌』とあった。「後に残る感傷」で親和性はある。動詞では「Schmerzen」(シュメルツェン)で「痛む・悲しませる」であり、その名詞「Schmerz」(シュメルツ)は近い感じはする。]

 片側街が途切れると一面の廃墟がひろがり、黒い土蔵や立ち枯れた樹や散乱する瓦礫(がれき)のむこうに、郊外電車が小さく傾きながら土手の上を走った。そのあたりから夕陽の色を残す空にかけて巨大な虹が立っていた。地平のあたりは既に色褪(あ)せてはいたが、中央のあたりのきらめく七彩は目も覚めるばかり鮮かであった。その虹をふたつに鋭く断る[やぶちゃん注:「たちきる」。]焼焦げた電柱の根本に、女がひとり煉瓦に腰をおろしていた。先生の足がその前で止った。

「どうしたんだね」

 女は顔を上げた。色白の瘦せぎすのくせに眼と眼が非常に離れていて、魚のように双眼でおのおの別の世界を眺めているように見えた。薄い外套を着て背をすくめ、しなやかそうな軀(からだ)が小刻みにふるえていた。

「寒いのよ」

「濡れてるじゃないか」

 ほとんど顔の側面についた切れ長の眼の、長いまつ毛を二三度しばたいて、女は幽(かす)かに笑ったようである。

「雨が降るときは何処かに雨宿りするものだ」

「そんな親切なところはないのよ」

「洋傘は持たないのかね」

 先生の後方一間[やぶちゃん注:三メートル。]程の位置に立ち止り、私は女の唇の動きを眺めていた。女は口紅はつけていなかった。白く乾いた唇だった。先生の言い方が真面目なので、ふと女は驚いたような目付になった。

「日が暮れるから家へお帰り。おなかもすいているんだろう」

「おなかもすいてるわ」女はのろのろと立ち上った。「洋傘も持たないんです」

 視野の中で虹は急速に頽(くず)れて行くらしかった。女の顔は空を背にしているせいか非常に蒼白く見えた。先生が私の方に振返った。鉄縁の眼鏡の奥にある眼は何か過剰な光を帯び蒼黒い頰が思い詰めたように痙攣した。先生の此のような表情は私はあまり好まないのである。

「君の洋傘を貸し給え」

 私は気持の抵抗を少し感じながら、それでも洋傘を差し出した。受取って先生は女の方にむき直った。

「これをあげよう」

 女はじっと先生の顔を眺めているので、双の瞳が心持中央に寄り、眇(すがめ)に似た印象であった。仏蘭西(フランス)のどの画家かの絵の女に似ていると思ったが、それは鳥獣魚介が持たぬ人間だけにある、あの奇体ななまなましい魅惑であった。私は思わず女の表情に心を奪われていた。女はほっと肩を落した。

「いただいとくわ」

 私の方をちらと見ながら、洋傘の曲った柄のところを腕にかけた。そしてはっきりした声で言った。

「おなかもすいている」

 先生は黙って手をポケットに入れた。広い背中の表情が妙に淋しそうであった。四五枚の紙幣を取り出した。

「此の道をずっと戻ると右側に、丹吉という飲屋がある。あそこの煮込みを食べなさい。金が足りなかったら、あとで先生が払うとおやじに言うんだ」

 女は紙幣を受取りながらはにかんだように笑いかけたが、すぐ止めた。洋傘をぶらんぶらんさせて歩き出した。[やぶちゃん注:「笑いかけたが」は行末で読点がないが、補った。]

「ありがとう。あなたいい人ね」

 まだサーカスは終らないのだろう。破れた太鼓や急速調の笛の音が風に乗って幽かに流れて来た。凸凹道を器用に歩いて行く女の後姿を眺めながら、女が素足のままであることにその時私は気がついた。

「あれはいくつ位になるのだろう」

 歩き出していた先生を追って肩を並べた時、先生は沈んだ調子でそう言った。

 焼跡のまま道が二叉にわかれるところで、私は立ち止って帽子を取った。私はこれから右の方に駅に行くのである。先生の家はここから十分ばかり、焼跡にただ一軒残った小さな二階屋であった。そこに奥さんと二人で住んでいた。先生も立ち止った。

「飜訳の方は二三日中に出来上ると思います。出来たらお届けします」

「何時でもいいんだよ」

 と先生は言った。そして眼鏡をきらりと反射させながら身体の向きを変え、低い声で口早に言った。[やぶちゃん注:底本には最後の句点がないが、補った。]

「――金が無くなったら、僕の家に来給え。傘も買い直したらいいだろう。女房にそう話して置くから――」

 言っているうちに言葉が曇って来るように思われたが、先生はすでに身体を揺るようにして道を歩き出してした。

 

 家に戻った時はもう暗かった。玄関はしまっていて、貫さんはまだ帰っていないらしかった。私は裏口から入り自分の部屋にあおむけに寝ころんだ。畳の冷えがしんしんと軀(からだ)に伝わって来る。あの物悲しいジンタの旋律が連関もなく身内によみがえって来た。[やぶちゃん注:「貫さん」「かんさん」と読んでおく。「ジンタ」明治中期に本邦で生まれた民間宣伝の市中音楽隊。その愛称は大正初期につけられた。]

 外ではぼうぼうと風が吹き、通り雨が走ったりしているのに、大天幕の内部はあかるくて、粗末な木組の舞台ではつぎつぎ妖(あや)しい演技が続けられて行った。客席の一番外側の通路に私と先生は立っているから、キャンバスのひとえ向うは連なった闇市で、ジンタが途切れると飴売りや蜜柑をせる声が私達の耳まで届いて来るのだ。足芸、はしご乗り、水芸、奇術。どの演技者もつきつめた表情であった。絶えず笑いを浮べようとしていたけれども、それはおそろしく堅く真面目なわらいだった。どういう訳か自分が次第に憂欝になって行くのを、番組が進行するにつれて私は感じ始めていた。

 ――舞台に銀線をいっぽん張り、裾模様を着た女が日傘をかざして渡って行った。足を踏みかえる度に黒く汚れた足袋(たび)の裏が見えた。そう思えば裾模様も色褪せて草臥(くたび)れていることが遠目にも伺われた。裾が乱れるとその下に青い洋袴をはいているのが見える。インキのような厭な色だった。銀線の下には男がいて、や、は、と掛声をかける。急速な三味線の音のなかで、女は銀線の上に平均を取りながら着物を脱いで見せるというのらしかった。左右に揺れながら女は帯じめを解き、そして長いことかかって帯を解いた。そういう手先や身体のこなしと関係なく、眼だけはぎらぎらと光りながら宙に固定していた。身体中から紐(ひも)が全部落ちたとき、女は着物の胸を押え、ふっと顔を観客席にむけた。そして笑ったのだ。――思わず私は眼をつむった。それは笑いではなかったのだ。必死になって顔の表情をくずそうとする風情だった。見るべからざるものを見たような厭な気持で、私は無意識に後ろに組んだ指を力こめて握っていたのだが、拍手と一緒に眼をあけた時は、女は既に舞台に飛び降りて花模様の上衣と青い洋袴の身軽な姿で、あたり前の笑い顔をしながら拍手に挨拶をかえしていた。もはやそれはごく平凡な少女に過ぎなかった。……[やぶちゃん注:「裾模様」和服の模様付けの一種で、裾にのみ配された模様、或いは、その模様のある着物。女性の礼装用で「総模様」(女性の和服で全体に施されるもの或いはその模様のある着物)に対する語。]

 背中が冷えるので私は起き上った。部屋の中には紙屑や塵埃(じんあい)が散乱し、机の上には原書や辞書が不規則に並んでいる。宵のうちは電力が衰えているから辞書の小さな字は読めないのだ。しかし私は翻訳の仕事は情熱をすっかり失っていた。復員して来て――大陸から南方へ六年間、私はブウゲンビル島から帰って来た。そして今迄、私は先生の飜訳の下請けなどして生活して来た。食うや食わずであるけれども、闇屋にまでおちたくないという小市民的な気持が辛うじて私の日常を支えて来た。そして間接的だけれども学問に関係しているという喜びに私はすがっていた。しかしそういう気持の高揚の瞬間にすら私は自分の心の中に壁みたいなものを感じていて、壁のむこうが真実の自分ではないかとふと疑われて来るのであった。所詮はそれも生活の苦しさから来るのではないかと考えもするのだが、それも判然としなかった。しないままに私は飜訳にずるずると興味を失って来たようである。[やぶちゃん注:「ブウゲンビル島」パプアニューギニア・ブーゲンビル自治州のブーゲンビル島(Bougainville Island:グーグル・マップ・データ)。太平洋戦争中の長期激戦の一つ「ブーゲンビル島の戦い」で知られ、梅崎春生には、それを扱った小説「B島風物誌」があり、既に本カテゴリ「梅崎春生」のブログ分割版及びPDF一括縦書版を公開済みである。]

 暫(しばら)くして玄関をがたがた言わせて貫さんが戻って来た。リュックサックの中に死んだ鶏が五羽も入っていた。私は上(あが)り框(かまち)に立って、土間で貫さんが鶏の死骸を引き出すのを見ていた。

「これをバラすんだょ。それから売るのさ」

「どこに売るんだね」

「どこにでも売れるさ」貫さんは明るい顔を私にむけた。

「バラして売れば三倍につくんだよ」

 蜜柑(みかん)箱をまないた代りにして、貢さんは器用な手付で庖丁を使った。毛穴のぶつぶつした皮や肉の薄い骨を巧みに剝がして、赤い身のところどころに走る黄色い脂肪を丹念にえぐって皿により分けた。鶏は薄黝(うすぐろ)く瞼を閉じてくびを台から外に垂れていた。乏しい電燈の下であったけれども、肉の色は生き生きと美しかった。貫さんの庖丁が台に当ってカタカタと鳴った。

 どういう聯想かは知らないが、私は先刻焼跡で見た巨大な虹のことを思い浮べていたのである。私は柱によりかかり足の踵をも一方の足の甲に重ね、ふしぎな慄えを感じながら解体されて行く鶏身の彩りに見入っていた。断ち落された黄色い粒々の脚が、無念げに足指を曲げて土間に何本もころがった。次々新しく断ち落される毎に、私は追われる者のように首を立てて四辺を見廻していた。

 

 持って帰った分だけはどうにか飜訳し終ったので、私は原稿を揃えて先生の家に持って行った。焼跡の畠は麦もやや伸びて季節も暖気にむかう気配があった。入口を入ろうとしたとたん、玄関から黒く光る洋服を着た奥さんが出て来た。

「あ、ちょっと」

 奥さんは小さな声でそう言いながら、冷たい感じのする視線で私の顔を見て引返そうとしたが、そのまま思い直したらしく頭をわずか傾けて急ぎ足で門の外へ出て行った。半顔の傷痕が私の視野をちょっとかすめて消えた。

 先生は階段下の三畳の部屋に欝然とすわっていた。

「今朝から痔(じ)が痛いのだ」

 厚い座布団の上で膝を組みかえながら先生はそう言った。

 私は風呂敷を解いて原稿を差出した。先生がそれをぱらぱらめくる間、膝の上に手をのせて私はじっとしていた。飜訳の仕事をこれ以上やりたくないこと、それをどんな風に切り出そうかと考えた。此の三畳の部屋は私は始めてであった。北向きらしく日の射さない、何だか畳が濡れて白くふやけているようだった。部屋のすみの畳の縁に、丸くふくれたボタンのようなものが二つ並んで落ちていた。じっと見るとそれはボタンではなくて、黄色い小さな茸(きのこ)らしかった。先生が顔を上げて原稿を机の上に押しやった。鉄縁の眼鏡の奥に羊のような暖かい眼があった。

「君、丹吉に行こう」[やぶちゃん注:「にきち」と読んでおく。]

 私が何も言う暇もなく先生は立ち上っていた。

 空は良く晴れていた。午後の陽が先生の二重まわしの背にあたり、並んで歩く私の鼻に毛の匂いがした。焼跡に一

本残る電柱のところまで来たとぎ、先生はややゆっくりし

た足どりになって話し出した。[やぶちゃん注:「二重まわし」「二重(にじゅう)廻し」。二 袖の無いケープ付きの外套。男性用のインバネス(Inverness coat)のこと。ホームズが好んで着用するあれである。]

「此の間此処に変な女がいただろう。あれは僕が昔知っていた女に感じがそっくりだったんだ。その女も生きてるか死んだか、生きてても僕と同じ位の歳なんだがね。一寸見た時その女じゃないかと思った位なんだ。馬鹿げた話なんだが、でも近づいて見ると矢張り違っていた。ずいぶん眼と眼の距離がある娘さんだったな。あんな顔は九州の山奥に行くとよくあるよ――」

 焼跡が尽きると片側街となり、やがて幽かにジンタの音が聞え出した。ぽつぽつと新しい家もまじって風船売りなどが路ばたに店をひろげていた。丹吉はその辺の露地の入口にあった。此の店へは先生に連れられて何度も来た。立てつけの悪い油障子を引きずりあけて私達は内に入った。[やぶちゃん注:「油障子」雨などを防ぐため油紙を張った障子。強い黄褐色を呈する。]

 此の飲屋丹吉は私の知っている範囲では奇妙な飲屋のようであった。主は年の頃五十近くの分別あり気な頑丈なおやじであるが、これが勘定の点になるととたんに出鱈目(でたらめ)になる。焼酎二三杯しか飲まないお客から二百円余りも取ったり、五六杯飲んでも百円程で済むこともある。焼酎一杯がいくら肴(さかな)一品がいくらという単価の観念がてんで無いらしく、勘定というのは私の見るところでは彼の心に湧く漠然たる印象によるものらしかった。昔船乗りをやっていたという男で、二の腕に刺青など彫っているが、焼酎はいい焼酎を飲ませた。

「やあ、おいで。先生」

 こう書くとまことに晴れやかな挨拶だが、おやじの顔はまことに物々しく声音[やぶちゃん注:「こわね」。]はむしろ沈重であった。重たげ瞼をゆっくり上げて油断なげに私達をじろりと見るが、暫(しばら)く通っていると油断だらけだということがすぐ判って来るのである。

 煮込みを注文して私達は焼酎を傾けた。傾けながら先生は二重まわしのかくしから紙幣入れを取り出した。

「今日持って来た分だね」

 私は四五枚の大きな紙幣を受取った。このような瞬間に私は必ず気持の抵抗を感じるのだ。私が今日たずさえた原稿がすぐ先生を通じて金になる訳ではない。またあれが役に立つのかどうかも私は知らないのだ。私に判っていることは、邦訳した枚数だけを先生が金に換算して呉れるだけである。私の仕事の成行きは宙で断たれている。そのことから私は強いて眼を閉じているものの、次第に近頃先生の柔かい好意が鎖のように重苦しく思われて来るのであった。

 向い合って焼酎を黙って飲んでいると、やがてほのぼのと酔いが廻って来る様子であった。卓に肱(ひじ)をついて先生が話しかげた。

「下請けは縁の下の力持だからね、いい加滅いやだろう。そのうちにちゃんとした仕事を出版屋から廻させるよ」

「私はいいのです」

「いいたって君、やはり生活して行かなければならないのだろう」

「ほんとにいいのです。先生」

 怒ったような口調だったかも知れない。先生は不審げな一瞥(いちべつ)を私にそそいだが、直ぐ卓を叩いてお代りを注文した。少し廻ってぼんやりした頭で、私は貫さんのことを考えていたのだ。貫さんは私の戦友である。部屋が無いから私が転がり込んだ形だが、貫さんは厭な顔もせず私を入れて呉れた。此の間の鶏を彼は山梨県から運んで来たのだ。誰の援助も借りず彼は独りで運んで来て、そしてそれを売った。鶏を解体している時の自信に満ちた手付を、私は今、酔いのためなおのこと灼けるような羨望の念をもって想い出していた。それはなにか痛苦を伴うので、私は頭をはげしく振ってそれを意識の外に追い出そうとした。新しいコップを傾けながら、私達はあのサーカスのことなどを話し合っていた。[やぶちゃん注:「私は今、酔いのため」の「今」は行末で読点はないが、補った。]

「芸を持っているということは強いな」と先生が言った。

「彼等は皆ひたむきな顔をしているだろう。他の何物をも信じていないのだよ。自分の技倆だけを信じているんだ」

「人間はしかし誰でも何か自分を信じなげれば生きて行けないでしょう」

「そうだよ。だが自分のものを徹底的に信じ切れるかどうかが分れ目になるんだ」

 薄い日射しが油障子に当って、客はまだ私達だけであった。調理台の向うでおやじが、ぐふんと沈欝なせきをした。風の加減でサーカスの音楽が断(き)れ断(ぎ)れに耳に届く。油障子を表から押すらしくカタリと鳴ったが、そして軋んで開かれた入口から灰色の外套を着た女が入って来た。私は思わず眼を挙げた。それは此の間電柱の元にうずくまっていたあの女であった。女も私達に気付いて短い叫び声を立てた。

「此の間のおじさん達なのね」女は卓に近づきながら皓(しろ)い歯並みを見せてわらった。「そして飲んでるのね」

 光を背にしているから直ぐ判り難かったが、卓の側まで来たとき先生もそれと認めたらしかった。

「飲んでいるさ。おすわり。あの時の娘さんだね。此の間は煮込み食べたかい」

 先生は二重廻しの袖をはねて椅子を引寄せた。呂律(ろれつ)は少し乱れていたが、先生の眼は何か強くさだまるような感じであった。それよりも私は女の、遠い処ばかり眺め続けて来た人の眼のような瞳を、ひき入れられるように眺めていた。気が付くと薄くではあったが唇の内側に女は紅をさしていた。女は私の視線に気付くと、居を結ぶようにして堅い顔になった。

「煮込みなんか食べなかった」椅子に腰をおろした。「わたしあのとき焼酎のんだのよ」

 先生は一寸驚いたような顔をして瞳を定めたが、すぐ眼元が柔かく崩れて来るらしかった。

「じゃ今日も焼酎飲み給え」

 おやじが侍従武官のような顔をして焼酎を新しく持って来た。置かれたコップに唇を持って行こうとして、女はふと頭を上げて首を反らした。両掌を外套から出して卓の上にきちんと重ねて揃えた。硬(こわ)ばった微笑が女の頰に突然のぼって来たのである。それはサーカスの銀線上の女曲芸師の、着物を脱ぎ捨てようとする瞬間のあの笑い顔にふしぎにそっくりだったのだ。

「私はどんな女か知ってるの?」

 少しうわずった声でうたうように女は言った。先生は口まで特って行ったコップをまた卓の上に戻した。

「知っているさ。此の間洋傘を持たないで困っていた娘さんだろう。そして今日此処でまた会ったのさ。それでいいじゃないか」

「私パンパンよ」女は低いけれどもはっきりした声で言ってじっと先生を見つめた。此の女はものを見詰める時に、あの不思議ななまなましい魅力を顔中にたたえて来るのであった。

「わたしパンパンなのよ。それでもよくって?」

「いいとも。何故そんなことを気にするんだ」

 私はそう思わず口走った。女は私に視線をうつした。幾分なごんだ調子になった。

「――此の間の洋傘は確かに貴方のね。そのうちお返しするわ」

「返さなくてもいいよ」

「でも悪いわ」

 そして女はコップを特ち上げて一口二口飲んだ。外套の手首の擦れを、私は女の視線からそっと卓の下に隠していた。此の女をもっと知りたい気持が酔いにたすけられて募った。

「名前は何というの」と私は聞いた。先生がそのとき横合いから口を出した。

「ぼくが名前をつけてやる。花子」

 身体をよじって女は苦しそうに笑い出したが、直ぐ焼酎にむせて烈しくせきこんだ。[やぶちゃん注:「パンパン」売春婦。特に第二次世界大戦後の日本で、駐留軍兵士相手の街娼を称した。「パンパンガール」「パン助」。意外なことに原語は未詳である。語源説はウィキの「パンパン」に九件載る。]

 

 その日はとうとう飜訳のことは話さずじまいであった。泥酔した先生を、お宅まで届け家に戻って来たのは九時過ぎだった。布団をふかぶかと顎(あご)まで掛けて私は花子のことを考えていた。酔いがまだ残っているので身体が布団ごと深淵に落ちて行くような気がした。先生を送って行く途中、焼跡の電信柱に先生をつかまらせ、私は一緒について来た花子を抱いて烈しく接吻した。それから花子は何処に行ったか判らない。私も酔っていたからそのときの気持は定かでないし、はき散らした言葉の数々も覚えていない。私は二十八歳。二十八歳であることが強く頭に来た。私は女を知らない。兵隊であったときも愚直な潔癖から私は頑固に女を退けて来た。しかし今、自分が未だ童貞であるということが何か不潔にいとわしいものに感じられて来るのであった。

 その夜は暖かであったが、翌日からまた薄ら寒い日がつづいた。一日中部屋にいて原稿のかきかけを整理したり、部屋を綺麗(きれい)に掃除して身の廻りを整頓したりした。すっかり整頓し終ってもまだ何だか落着かぬ気がした。以後飜訳の下請(う)けを断るということは、私の僅かな月々の定収入を失うということであった。貫さんに対しても私は一度も部屋代は払わないし、むしろ逆に御馳走によばれたりする方が多かった。私はそんなとき貫さんに憐れまれている自分が判った。私は憐れまれるより邪魔者扱いされた方がいいと時に強く思ったが、邪魔者視されればまた途方に暮れるにきまっていた。貫さんが何処からか物資を仕入れて来て、それを鮮かにさばく手際を、私は見ないようにしながらしかし羨望の思いを禁じ得ないのだ。その羨望の念に、貫さんに対する紛れもない憎しみがまじっているのを意識していた。しかしその憎しみはすぐさま私自身に鋭くはね返って来た。闇屋にすらなれない、そんな意識が私を苦しめた。

 寒い日が二三日続くとまた暖くなった。気分を変えるために私は外出の用意をした。先生の家に行こうかと思ったが、それを押えるものがあって、私はあのサーカスの近くの闇市をぼんやり歩いていた。外套を着ていると背筋が汗ばむほどだった。

 色んな露店を眺め歩いているうちに、私は私も近いうちに此のような人々に混って荒くれたかけ引きをするようになるのではないかとふと思った。私が闇屋にならなかったのは私の小市民的な虚栄に過ぎないことが近頃私には判り出していた。私はそれを自分の人間的な矜持(きょうじ)と思っていたのだが、やはり金がほしくてうずうずしている癖に闇屋をさげすんでいる勤め人や学者と知合いになるにつけ、私ははっきりと私の醜悪な像を彼等の中に見たのだ。学間に関係がある仕事、飜訳の下請けをそう考えることが自分への胡麻化(ごまか)しであることは、とうに気付いていた。贋(にせ)の感情の上にでなく、自分の力の上で生きて行く生活を私は近頃切に欲する気持になっていた。それが私が先生から離れたく思う一つの原因であった。法をくぐる闇屋の方が、他人の温情に寄生するより生甲斐があると思った。しかしそう頭では思っても私はぐずぐずと踏切りがっかないでいるのであった。所詮は生活の感傷に過ぎないのかも知れなかった。

 露店の列は一町[やぶちゃん注:百九メートル。]程で尽きる。道が乾いているので土埃がうっすら立ち、魚屋の前あたりが人混みがことに多かった。少し離れて、レグホンの黄色い雛(ひな)を蜜柑箱に入れて売っているぼんやりした老人もいた。露店の尽きる処に灰色の天幕をぶわぶわとふくらませたサーカスがあった。破れた喇叭(ラッパ)が濁った空気になり渡った。

 入口の上が二階に作られ、そこが踊子達の衣装の着換え場所になっていて、華美な着物が裏を見せて掛けられていたりした。屯(たむろ)している踊子や曲芸師は、それを眺める群集の視線に無関心に稚(おさ)なく動く風であった。脚をおおう白いタイツの膝裏のよごれが、変に肉感をそそった。外套のポケットに手をつっこんだまま私が眺めていると、誰かひそかに横に立つ気配がし、私が振り向くと同時に軽く身体をぶっつけて来た。花子ではないか、と私が驚くと花子はなおも身体をぶっつけて来ながら明るく笑い出した。

「何をぼんやり見てるのよ」

 今日は外套を着ていず、青い上衣を着ていた。唇には可成り濃く紅を入れていたが白日の下でもさほど不自然ではなかった。花子の顔は化粧すれば不自然になるものと私は漠然と思い込んでいたのであったけれども。

 私達は肩を並べて人混みを抜けて駅の方に歩き、近頃出来たらしい喫茶店に入った。甘酒を飲みながらサーカスの話などした。上衣の袖が短くてほっそりした手首が出ていたが、花子はしきりにそれを気にして引っぱるようにした。

「あれからどう暮していたの?」

 話が一寸途切(とぎ)れ、それを埋めるために私は何と無くそう話しかけた。今日は天気が良かったし花子が気持の上で私に倚(よ)りかかって来るように感じられるので、私も明るく和(なご)む気持であった。しかし私がそう聞いた時、花子は瞳を伏せて一寸暗い顔をした。

「どうって、どんな意味なの」

「暮しのことさ」

「暮しは辛いわ。昨目も外套売ったわ」

 外套なんか売らなくても誰か男から金を貰えば良いではないかと、私は言おうとしかけ、花子のはげしい視線にたじろいで口をつぐんだ。花子は真直に私を見ていた。真剣な顔をするときに花子はこんなに美しいのだと、私は胸をつかれるような気がした。

「私をパンパンだと思っているのね」

「そんなこと言いはしないよ」

「しなくても顔に書いてあるわ」花子は卓に身体を寄せて顔を近づけた。「あたしはまだパンパンじゃ無い。でももう食えないからパンパンになるのよ。でも今はまだそうじゃない」

 花子は身体をもむようにして私を見上げた。押え切れないような哀憐の情が俄(にわか)に私の胸にあふれて来たのである。手を伸ばして卓の上の手袋をつけた花子の手に触れた。

「此の間の晩だって、あたしをパンパンだと思うから抱いたんでしょう」

 あの夜の接吻のことを言っているのに違いなかった。私が黙っていると花子は私の指を手の甲で卓に押しつけるようにした。

「私は堕落したくない。ほんとにパンパンになりたくない。どうしたらいいのかしら。ねえ、どうしたらいいの、教えて。お願い」

 身体を硬くして私はじっとしていた。酔っていたせいもあるだろうが、あの接吻のとき私は責任や気持の抵抗を全然感じていなかったのだ。私はパンパンだと言った花子の丹吉での言葉が、私に安々とそんな行動を取らせたことは否めないにしても、花子の脆(もろ)い美しさが私の一方的な愛憐をそそったという外はない。しかし未だ花子が娼婦でないとすれば、あの夜の位置も私の心の中でおのずと変って来る筈であった。花子は手巾(ハンカチ)を出して眼縁[やぶちゃん注:「まぶた」と読んでおく。]を拭いた。しかし私は今此の女に何をしてやれるというのだろう。

「では何故丹吉で自分をそんな風にいったんだね」

「――あなたがたを良い人たちだと思ったの。だからわたしみたいな女が側にすわるのが悪いような気がしたの」

「洋傘をあげたから?」

「でもあの日は私はパンパンになるつもりだった。電柱の下で通る男を呼び止めようと思って待ってたの」

「洋傘を上げたのは僕じゃない。あれは先生だ」

 花子はふと白けた乾いた眼付になって私を見返したが、一寸間を置いて、

「あのとき先生は何故私に洋傘を呉れたの?」

「君が濡れて寒そうだったからさ」

「ひとが濡れてたら先生は誰にでも洋傘をやるの?」

「先生はそういう人なんだよ」

「そうかしら。そんな人もいるのかしら。しかしそれで良いのかしら」

 私が返事をしないでいると、花子は肱(ひじ)を卓について私を睨むようにしながら言った。

「あなたの眼はいい眼ね。あなたもきっと良い人ね」

 何故かは知らないけれど、私は此のとき非常に苦痛に似た感じに胸がふさがって来るような気がした。私は思わず眼を花子から外らしながら、低い声で呟くように言った。

「もし思いに余るようなことがあったら、先生のところに相談に行きなさい。あの人は良い人だ。身体を落さなくても済むように、きっと先生はして呉れると僕は思う」

「私は真面目な仕事につきたいの」

「先生の奥さんは顔があちこち広いという話だから――」先生がそんなことを言っていたような気がするだけで私に確信がある訳ではなかった。だから私は追われるように視線を乱しながら。

 「だから良い仕事があるだろうと僕は思う。きっと幸福になれる――」

 

 君は幸福になれると言ったことが、一時逃れの胡麻化(ごまか)しであったような気がして、花子とその日別れて後からも私は不快であった。そして此のような偽りを口にしなければならぬのも、すべて私の生活の悪さから来ていると私は思うた。嫌悪が二重にかさなった。

 しかし私には良く判らない部分が花子にあったのだ。前二回と異なり、その日は可成親近な感情でいた筈だけれども、別れてあと花子の言葉や勤作を思い浮べようとすると何だか嘘のようにまとまりがなく印象が散乱する感じであった。ただ花子が思い詰めたような表情をするときのあのなまなましい感じが、私の肉体を貫くような激しさで私の情感に訴えて来るのであった。(何故あの夜花子は素直に抱かれて私に唇を接して来たのであろう)花子の言葉が本当とすれば、あの夜もまだ花子は男を知らない筈であった。自分を娼婦だと思うからこそ抱いたのだろうと、花子は一寸非難めいたことを口にしたが、唇を許したその気持については彼女は何も触れなかったのだ。判らないままにあの夜の行為に対する償いが、鈍く私の胸をおしつけて来ることを感じていた。現在の生活的な不安もあって、それは取りかえしのつかぬ過失のような気にも時々なったが、私はずるくその気特から逃げていた。

 先生から先日貰った金は既に大半費(つか)い尽したし、新しく金を得るためにはまた何か売るでもしなければならなかった。貫さんは山梨県に二三日泊りで出かけたから、家には私一人だった。先生の処にまた飜訳の仕事を頼みに行こうかと心弱くも考えているうちに先生から葉書が来た。

 近頃どうしているかということ、飜訳の仕事があるから取りに来るようにということが書かれてあった。それを読んだ時、先日丹吉で先生が自分を信じ切れるか否かが人間としての分れ目であるといった言葉を私は思い出した。生活への信念の不足が私を今苦しめていることを考え、そして先生はあのような自分の善意を徹底的に信じているのだろうかと思った。先生の好意や善意を勿論疑う訳ではなかったが、善意を発するに当って先生は全然傷ついていず、傷ついているのはむしろ好意を受けている私であることを考えれば、善意の形式というものをふと訝(いぶか)る気にもなるのであった。そんな先生の善意へたよるように私があの日花子に勧めたことが、私は取りかえしのつかぬ失敗だったような気がした。しかし先生の葉書を黙殺する程の強気にもなれなくて私は出かけて行った。

 傾いた玄関に入って案内を乞うと先生は丹前を着たまま出て来た。近頃どうしてたんだと笑いながら言った。その声を聞くと私は先生に対する反撥が何か跡かたもないもののようにも思われて来るのであった。私も帽子を取って素直に挨拶出来た。

 階段下の三畳の部屋にすわると直ぐ先生が思い出したように言った。

「先日花子が私の家に来たらしいよ」

「お逢いにならなかったのですか」

「僕はいなかった。女房に会ったらしいのだ。何か職につきたいという話だったらしいのだが、どうして僕の処に訪ねて来たんだろう」

 花子にそうしろと言ったことを私は先生に話した。先生の表情は曇っていた。

「女房はそれについて何か誤解しているらしいんだ。花子とどういう応対したのか知らないが、あの女房のことだから少し気になる」

 私は奥さんのことを思い浮べていた。恰幅の良い身体に何時も黒く光る服を着て、顔半分は焼傷[やぶちゃん注:「やけど」と読んでおく。]の痕(あと)で茶色にひきつれていた。そのせいで眼だけがキラキラ光るように思え。戦争に行く前私が知っていた奥さんとは別人のような感じだった。前はおとなしそうな感じの人であった。此の奥さんと花子がどんな会話をしたのかと私は少し心配になって来た。

「四辺が皆燃えてしまって、此の家一軒が燃え残った」先生は両手を拡げて燃え尽きた形容をした。「翌日焼け残った此の家を見たとき俺の家はこんな奇妙な形かと思ったよ。今までは他の家にはさまれて、言わば安心していたんだ。処が周囲が焼けてしまったもんだから、変な形のまま一軒で立って行かねばならなくなったんだね。風にもさらされるしさ。女房の性格が変って来たのが丁度(ちょうど)此の頃からだよ。俄(にわか)に荒々しく烈しくなって来たよ。それまでは僕をたよりにしていたらしいんだが、そのとき以来何か顔の皮をわざと寒い風の方にねじむけて進んで行くような生き方を始めたんだ」

 しゃべっているうちに先生の声は段々沈欝な響きを帯びて来た。

「周囲が燃え熾(さか)って来たとき、もう駄目だと思ったからぼくは逃げようと思ったんだ。無茶苦茶に煙は来るしね。家を守るより生命を守る方が大事だと考えた。煙に巻かれながら、逃げようと僕が叫んだら、女房は必死になって僕にすがりついて来たんだ。家を燃したくないというんだ。家どころの騒ぎかと僕が怒鳴って争っているうちに、焰のために身が熱くなるしさ、どういう具合でそうなったのか覚えていないが、僕は女房を地面に突き倒していた。二三度なぐりつけたようにも思う。そして煙の中を一所懸命奔(はし)って逃げた。――翌朝僕が戻って来たら、まだぶすぶす燻(くすぶ)っている焼跡に、嘘のように僕の家だけが不思議な形をして残っていた。僕は何か言いようのない荒涼たる気持になって玄関の扉をあけたら僕はぎょっとした。顔の半分は焼けただれた女房が片手にしっかり火たたきを握ったまま、じっとうずくまっていたんだ。そして残った方の眼で僕をじろりと見たきり、何にも言わなかった。ほんとに何も言わなかった」

 先生は苦しそうに眼を二三度閉じたりあけたりした。

「その日以来さ、女房が変ったのは。あれが僕を憎んでいるのかどうか僕は知らない。そんなことをあれは何にも言わないのだ。言わないから僕も聞かない」

 うつむいた先生の髪にまじった白い毛が佗しく眼に映った。

「――ぼくは他人に自分を捨てても親切にしようと決心したんだ。善意だけで他人に対しようと思った。贖罪(しょくざい)という気持じゃない。ただ何となくそういう気持になったんだ。それ以外には生きて行く途はない。その日以来毎日僕は自分に言い聞かせつづけて来たんだが……」

 あとの方は独言のような調子に低くなって来た。そしてそのまま黙ってしまった。先生をいたわりたい気持と反撥する気持が私の胸に交錯していて、私は膝を乗り出すようにして言った。

「しかし――先生の善意は、何か無責任な気がします」

「何放?」先生は顔を上げてするどい眼付をした。私は駆られるように口走っていた。[やぶちゃん注:「駆られる」「かられる」。]

「先生の善意は恣意(しい)みたいな気がします。僕は過剰な責任のない善意は、悪意と同じだと思います」

 私の言葉を先生は聞いているのか、先生の表情は堅く動かなかった。暫くして低い声で言った。

「ぼくがかかえてやろうと言うのに、女房はそれを振り切って、半顔は焼けただれたまま自分であるいて病院に行ったんだ。病院に着くまでの道のりを、あれが何を考えて歩いたかと思うと、僕は今でもじっとしていられないような気がして来る――」

 

 飜訳の仕事を先生が私に渡そうとしたとき、私は気持の上からでは絶対に断るつもりでいた。二三度押間答しているうちに先生が、では君は外(ほか)に生活するあてがあるのか、と聞いた。私が答えかねて黙っていると、先生は更に重ねて言った。

「君は何か思い違いをしてやしないか。君が飜訳をやって呉れるので、僕は大変たすかっているのだ」

 先生の頰は少し痙攣(けいれん)し、眼に過剰な光があふれていた。先生は時々こんな表情をする。花子に洋傘をやったときも先生はこんな顔で私を振返ったのだが、私は此のようなときの先生を好きでないのだ。先生の言葉が嘘であることは直感的に頭に来た。それにも拘らず私は気弱く飜訳原文を受取っていた。

 早春の嵐が土埃(つちぼこり)をまいて、焼土の跡をぼうぼうと吹いていた。

 手巾(ハンカチ)で鼻をおさえて道を戻って行く途中、欝屈した気分に堪えかねて私は無意識のうちに歩みをサーカスのある街に向けていた。そして気が付くと私は丹吉の露地に立っていた。胸の中で計算してみると少し位飲む程度の金はまだ持っていた。しかし使い果すと明日から困る金でもあった。ためらう気持を駆るものがあって、立て付けの悪い油障子を私は引きあけた。

 煮込みの鍋をかきまわしていたおやじが、垂れ下った瞼を引っぱり上げてじろりと私を見た。

 卓に倚(よ)って焼酎を傾けているうちに、やがてせき止められていたものが快よく流れ出すような気がした。先生のことも生活のことも、何もかも虚しい別世界を吹く風の音のようであった。焼酎が咽喉(のど)を流れ落ちる熱感だけを、私はむさぼるように欲しつづけた。肩を椅子の背に落し、何杯もコップを重ね、煮込みの堅い肉を奥歯で嚙んだ。汚れた壁に張られたポスタアの女を見ていると突然花子のことが私の胸に浮んで来た。調理台のむこうにつくねんとしているおやじに私は話しかけた。

「花子は近頃来るかね」

「二三日前来たよ」そっけ無い調子でおやじが答えた。

「何か言ってたかい」

「何も特別言いやしないけれど、焼酎を沢山飲んで、その揚句泣いたよ」

「泣いたって、何故だろう」

 泣いていたという言葉を聞いただけで、花子のあの思い詰めた表情の美しさが私の眼底にきらめき渡るような気がし、私は胸がつまるような心特がした。酔いの感傷であるとも思ったが、私は半ば身体をおやじの方に向け、むしろなじるような調子で詰め寄って行った。

「何故だろう。何故泣いたりしたんだろう」

「職を頼みに行って断られたからだよ」

 おやじの断片的な言葉をいろいろ追窮して、大体私は想像出来た。あれから花子は奥さんに逢ったのだ。そして奥さんから逆に、何処で先生と知合ったのか、今何を職業にしているかということなどを問い詰められて、あるいはその揚句(あげく)面罵に近い応接を受けたのに違いなかった。

「こう言ってたよ。職業は何だいとしつこく聞くから、パンパンだいと言ってやった」

 奥さんの冷たい視線が、ぎょっとする程鮮かに脳裏に浮び上って来た。

 私はそれからまたコップを重ねて行った。或いは金が足りないとも思ったが、足りないときはそのときだと思った。そんなことは気にならなかった。何もかもむなしかった。軍隊に行っていた六年の空白が私に重く今のしかかって来た。すべての昏迷はそこから始まっていると思った。先生の心持も私には判っているようで何ひとつ判らなかった。先生のことだけではなく、何もかも自分の心ですら私には判らなかった。ただ花子と始めて逢ったときに見た焼跡の巨大な虹のことを思い浮べていた。七色に輝きわたり、それは奇怪な夢のように非現実的な美しさであった。針のように鋭く焼け細った電柱の下から、魚眼のように瞳の離れた花子の顔が、淡青の夕空を背景にして迫って来たのだ。酔い痴(し)れた頭の中で私は全生活をなげうってもあの美しさを捕えたかった。あんな壮大な虹でさえ五分も経てば跡かたも無くなるように、花子のあの美しさも男達を知って行けば束の間に頽(くず)れて行くに違いなかった。私は溺れて行けるものがほしかったのだ。それが幻のように虚妄なものであっても私は溺れてしまいたかった。そして溺れ沈んで行くところから、も一度始めてみたかったのだ。私は肱(ひじ)をつき軀(からだ)を卓にもたせながら、意味の無い饒舌(じょうぜつ)をおやじと交していた。

「おやじ。俺をこの店で雇って呉れ」

 どうせ闇物資を集めて商売しているのだろうから、それを集める係りになってやるから歩合を寄越(よこ)せ、と半ば本気で私はしつこくおやじに食いさがっているうちに、その後のことは茫として記億がなくなった。丹吉を何時出たのか判らないが、私は冷たい雨に全身を打たれながら暗い街をさまよいあるいたような気がする。花子の名などを連呼しながら歩いたような気がするが、それも定かでない。眼が覚めたら外套を着たまま私は自分の部屋の寝床に寝ていた。

 

 飜訳原書を紛失しはしなかったかと、そのことがしびれたような頭に先ず来て、あわてて私は起き上り身体を探った。内ポケットの中にそれは曲って入っていた。一先ず安心ではあったが有金は殆ど無くしていて、小額の紙幣が三四枚外套のポケットに入っているきりであった。丹吉への払いも足りなかったのかも知れないと思った。

 井戸端で顔を洗っていると、貫さんも起きてやって来た。貫さんの口から白い歯磨粉がはらはらと散った。

「どうしたね。昨夜はずいぶん酔ってたようだが」

「御馳走になったんだよ」と私は嘘をついた。そしてそのことで直ぐ不快になった。貫さんにも金を借りたり世話になったりしているから、自分の金で飲んだなどとは言えなかったのだ。顔を洗い終ると貫さんは今から小田原に蜜柑を買いに行くのだと言った。

「どうだね。一緒に行かないかね」

 何気なく貫さんが言った言葉だけれど、何か強く私の気持を引いた。すがるように私は返事していた。

「蜜柑をどの位背負うんだね」

「さあ、十貫目位かな」貫さんは私の身体を計るように上から下へ眺めながら、「大体そんなもんだな」

「捌(さば)くルートはあるのかい」

「そりゃあるさ」明るく笑いながら、「しかし君は止したがいいな。金は儲かるけれどこんな仕事はやるもんじゃない」

 身仕度して貫さんが出かけるとき、私が玄関に立っていたら貫さんは懐から大きな紙幣を出して私の手に握らせた。

「いいんだよ、そんなこと」と私は拒みながらも、自分の顔が硬(こわ)ばってくるのを感じた。そして押しつけられるまま、それを受取ってしまっていた。

 風邪を引いたらしく鼻の奥が痛かった。昨夜の雨は止んでいたが、鉛色の雲が低く垂れていて部屋は暗かった。午後になっても天気ははっきりしなかった。洋傘は無いから出かけるのは止そうかと思ったが、暗い部屋にじっとしているのは厭で、私は原書を持って玄関を出て行った。

 灰色の空の下に押し潰されたような巷(ちまた)から巷へ私はあてもなく歩いていた。そのうちに自然にサーカスのある一郭の方に足が向いていた。此の間のように、サーカスのところで偶然花子に逢うことを、私は知らず知らずのうちに予期しているのではないか。此のことが私を少し狼狽させた。花子に逢ってどうしようというのだろう。逢ってもまたすぐ別れるだけに過ぎない。花子に逢っても私は救われはしない。

 広い道を青色の頑丈なトラックが何台もつづけて通った。トラックには沢山人が乗っていて、揺れるたびに楽しそうに笑いさざめいていた。あれは何処かの使役に従事する人夫である。笑いながら行人に掌を振り、そして次々遠ざかって行った。皆健康そうに見えた。そのことが痛く私の胸に響いて来た。私はうなだれて歩きながら、歩を先生の家に向けた。

 玄関に立つと暫くして奥さんが出て来た。

「いないんですよ、先刻ひとりで出かけたんです」

 暗い玄関に斜にすわって、奥さんは妖しく光る眼で私を睨むようにした。

「それじゃ丹吉かも知れない」

「丹吉というのは何です?」

 黒天鷲絨(くろビロード)の洋服の裾が畳に触れてさやさやと鳴った。奥さんは立て膝になって、障子の桟(さん)につかまり身体を前ににじった。私は外套のポケットから原書を取り出した。しんみりと言った。

「これをお返しにあがったのです」

 奥さんはそれを受取ろうとはせず、じっと私の顔を見つめた。半顔が醜くひきつれて、その癖少し開いた頸(くび)から胸にかけては嘘のように滑らかだった。ガスマスクをかけたようだ。その残酷な聯想をいそいで断ち切ると、私は原書を上(あが)り框(かまち)のはしに置いた。

「失礼致します。暫く来れないかも知れませんが先生によろしく」

 咽喉(のど)に魚の鱗(うろこ)が貼りついたようで、言葉がうまく出なかった。お辞儀をして表に飛び出した。

 焼跡を歩きながら、私は何故となく先生は不幸だと思った。私も不幸だけれど、私の不幸は身体を一廻転ころがしさえすれば消えてなくなるようなものに違いない気がした。先生は墓穴に入るまで営々と何物かを引きずって行かねばならぬのであろう。あの女に花子という名をつけたのは先生である。昔知合いであった女に似ているんだと先生は言ったが、或いはその女の名が花子では無かったのか。知合いというのも何かぼやけている。先生が今不幸であるとすれば、その因のひとつが其処らにあるのかも知れない。

 風が少し立ちそめて、鉛色に低く垂れ下った雲がねじくれて北の方に動いて行く。錆びついた水道栓や崩れた石燈籠を見ながら行くと、道が曲る処のある廃電柱の下にぼんやり立っている人影が眼に映じて来た。何か予感めいたものに打たれて思わず足を早めて近づくと、うなだれていた人影は突然頭を上げた。それは奇妙な程的中した予感であった。電柱に背をもたせて首を反らしたその女は、紛(まぎ)れもなく花子だった。その顔はびっくりする程蒼白い癖に、唇はどぎつく真紅であった。

「ああ、あなたなのね」

 細くかすれた声であった。花子の瞳は不安気にちらちらと動いたが、私は喜びが俄(にわか)に湧き上って来るのを感じた。

「今日は何だか君に逢えるかと思っていたんだ」

「あなたも風邪を引いているのね」暫くして花子が言った。そう言えば花子は咽喉に白い布を巻いていた。

「此処で何をしているんだね」

「通る人を待ってるのよ」

 そう言いながら花子は幽(かす)かにあえいだ。何だかひどく苦しそうだった。まつ毛を伏せて私に背を向けようとする風情だった。私は片手を花子の肩に置いた。

「こんな処にいると風邪はますますひどくなるよ。丹吉に行ってあたたかいものでも食べよう」

 花子は肩に置かれた私の手から逃れようとするような身体のこなしを見せたが、思い直したように顔を私に向け、子供のように稚(おさ)なく素直にうなずいた。そして私達は歩き出した。風が正面から吹いて来るので、やがてジンタの旋律が乱れながら聞えて来た。丹吉に行けば先生がいるかも知れないということが意識にひらめいたが、それがどんな意味を持つのか判らなかった。会えば飜訳のことわりを言わねばならないと思った。花子と手を触れ合ったまま、丹吉の前まで来た。油障子の破れからのぞくと果して先生の半白の頭が見えた。何故か判らないが私はそのときほっとした感じを持ったことを記憶している。

 油障子を引きあげる音に先生は振返ったが、私を認めてあの柔かい眼でわらいかけた。

「君か。よく来たな。おやや」

 私の後から入った花子に先生の視線は固定して動かなかった。

 同じ卓について私も焼酎のコップをしきりに傾けた。昨夜の酔いが戻って来るのか、廻りが極めて早いように思われた。花子も黙って焼酎を飲んだ。蒼かった顔に赤味がさして来るのがほのぼのと美しかった。先生が言った。

「昨日君は、僕の善意は悪意と同じだといったな。あれはどういう意味なんだ」

「それはですね、先生」私は酔いが心を大胆にするのを感じながら、「悪意だとは言いませんよ。ただ無責任な感じがすると言っただけです」

「責任は持っているよ。しかし善意というものはもともと無責任なものだ」

「例えば、先生はこのひとに――」私は花子に一寸顔を向けた。「洋傘をやったでしょう。ところが洋傘をやったからといって此のひとは幸福にはなれなかった――」

「そうだ、あれは君の洋傘だった」

「洋傘が惜しいんじゃありません。僕が残念なのは、先生は洋傘をやってしまって、もう安心している。何にも傷ついていない。先生。本当の善意というものは、それを行使する人は必ず傷ついたり、又は犠牲を払ったりするものじゃないでしょうか?」

 先生は少しわらった。

「僕はだね、雨に濡れた弱そうな娘さんがいる。そして此処には洋傘がある。僕が持つより此の娘さんが特つべきだと思ったときには、ためらうことなく洋傘を渡すべきだと自分に言い聞かせるんだ。それだけでいいじゃないか。ひねって考えちゃいけない」

「しかし――洋傘を要らないときには、それはどうなるんです」

「それは貰う方で断ればいいんだ。簡単だよ」

「先生」と私は呼びかけた。「私は先生の好意はほんとに有難いと思うんです。けれどあの飜訳の仕事をつづけて行くことは何か辛抱出来ないのです」

「ではどうして生活して行くんだね」先生の言い方は急に沈んだように思われた。

「何でもやろうと思っているんです」

「――闇でもやるかね」

「闇屋にはなりません」私は胸がつまって来るのを感じながら、そのとき、先刻、曇天の街をタイヤの音を響かせて疾走して行ったトラックの人々の姿が突然胸に浮び上って来たのである。

「私は力仕事でも何でもやります。自分の力で食って行ける生活をやります」

「今だって自分の力で食っているじゃないか。君には力仕事は向かないよ。きっと又僕の処に戻って来るよ」

 私は瞼が熱くなるような気がした。先生はコップを傾けてこくこくと飲んだ。くずれそうになる意識を鞭打ちながら、私が更に言葉をつごうとしたとき風が油障子に当るのか、がたがたと鳴り、そしてそれは鳴り止まず、かぼそく軋みながら五寸程引きあけられた。黒い人の姿が夕暮を背にして影のように立った。お客かと私が目を凝らしかけたとたん、その人影は冷たい声で叫んだ。

「あなた!」

 先生は直ぐ声に応じるように首を振りむけた。入口に立ったのは先生の奥さんだった。

「あなた。まだ飲んでいらっしゃるの? まだお帰りにならないの」

「もう暫くしたら帰る」

 奥さんは店の内をずっと見廻す風だった。身体を硬くして私は卓の上のコップを握っていた。

「ああ、あの女もいるのね。そのひとは誰?」

「僕の知合いだよ」と先生は落着いた声で言った。

「あなたはその人に花子という名前をつけてやったのね。此の間その人が来たとき聞いたわ」

 先生は黙っていた。

「似ているわ」奥さんの声は少しずつ高くなって行った。「似てるわ。ほんとに花子さんに似てるわ。そっくりだわ」

 そして奥さんは甲高い声で笑い出した。

「お前はお帰り。僕もすぐ戻る」

 先生のそういう言葉を聞いたのか、奥さんの姿は突然のように外に消えた。そして発作的な笑い声がそのまま続きながら遠ざかった。先生は卓に向きなおった。コップを持つ指がぶるぶると慄えた。私は痛いような気持で、全身の神経を横にいる花子に集めていた。奥さんの笑い声が聞えなくなっても、花子は慄えが止まなかった。そして立ち上った。顔の色は水に濡れたような不思議な艶でひかっていた。卓を二三歩離れ、花子は眇(すがめ)のように瞳を寄せた。

「私はお別れするわ」低いしゃがれた声で言った。「やはりお別れするわ。でもあなた方は良い人ね。きっと良い人ね。一生忘れないわ。先生。奥様におわびしといてね。私がきっと悪かったんだわ」

「君は悪くない」と私は思わず叫んだ。

 先生は黙然としてコップを口に運んだ。眼を閉じているので、眼窩(がんか)が急に落ち窪んだ感じであった。コップを卓に置き、そして眼を開いた。懐に手を入れて紙幣を四五枚摑み出した。

「君は悪いんじゃないよ。誰も悪い人はいやしない。ここにこれだけある。これを特ってお行き。真面目な生き方をするんだよ。口紅など濃くつけちゃ駄目だよ」

 花子は片手をあげて唇をかくした。そして先生が差出した紙幣に迷ったような視線を落した。花子は僅か身体を悶えるように動かしたが、すぐ手を伸ばして紙幣をつかんだ。その指の爪が黒く汚れて伸びているのを私は見た。

「貰っとこっと」

 急に荒んだぞんざいな調子で花子は言った。そして私に視線をちらっとうつすと、そのまま土間を踏んであけ放たれた油障子から出て行った。私を見たときの眼は燃えるように烈しかった。私はじっと堪え、椅子から動かなかった。急に四辺がしんと静かになった。私も黙ってコップを取り上げた。胸に動悸が烈しかった。強い液体が咽喉(のど)をすベり落ちる。沈黙が堪え難かった。それを埋めるために、私は頭に浮んだ事象を脈絡なく捕えて言葉にしようとした。

「先生」と私は呼びかけた。「此の間のサーカス見たときですね。少女たちが皆一所懸命やっていたでしょう。あれを眺めていて、ぼくは自分の現在が厭になったんです」

「判っている、判っている」

 先生は大きくうなずいたが、私の言ったことは全然聞いていない様子だった。風の音が窓や表でした。何とか先生をいたわりたいという気持と、離れて行きたいという気持が入り乱れて、私が何か更にしゃべろうとしたとき、表からまた人影が跫音もなく入って来て土間に立ったのだ。それは花子であった。私はぎょっとした。

 花子は蠟(ろう)のように血の気を失った頰に、ふしぎな美しい微笑を浮べていた。その瞳は大きく見開かれているにも拘らず何にも見ていないようだった。もつれるような足どりで卓の方に近づいて来た。

「これはいただけないのよ」ぼんやりした取り止めもない調子だった。「あたしはねえ、一緒に寝た人からはお金は貰うけれど、何もしないのにお情は頂かないわ」

 花子の指から何枚かの紙幣が卓の上にはらはら落ちた。先生はうつむいたまま黙って焼酎を口に含んだ。その顔をじっと花子は眺めていたが、急にぎらぎら輝く眼になって、先生の身体によりそうように身体をぶっつけて来た。先生の身体は小さな椅子の上でふらふら揺れ、私の身体にも触れ響いて来た。

「先生」花子は烈しく口を開いた。「先生。私と一緒に行って、おねがい。私をどうにかして。私を救って。先生。先生」

 先生はコップを卓に置くと濁った眼を上げた。そして掌で花子の肉体を押し戻すように支えた。

「どうにかするって、どうするんだ」

 その声があまり苦しそうだったので、花子はぎょっとしたように先生から離れ、土間に立ちすくんだ。肩から腰ヘの線が着付けの具合か妙に見すぼらしく見えた。両手を下に垂れたまま、暫くして花子の顔に、冷たいあの謎のような微笑が泡に似て浮び上って来たのである。あのサーカスの銀線上の女が浮べた笑い方と全く同じだった。それは自分の意志に反して、強いられて嬌羞(きょうしゅう)に赴く瞬間の女の哀しい顔であった。湯のように生暖い涙が思わず私の瞼のうらにあふれて来た。[やぶちゃん注:「嬌羞」女の艶(なま)めかしい恥じらい。]

「私の部屋に来て――」花子は大きくあえいだ。「私と一緒に寝て」

 先生はふるえる指で眼鏡を押し上げた。花子の視線からしきりに眼を外(そ)らしながら、

「それは僕には出来ない。あんな女だけれど僕には女房なんだ。女房がいるのに僕はそんな真似はしない」

 花子のあえぐような息遣いが烈しくなって来たと思ったら急に両掌で顔一ぱいをおおった。おおったまま小走りに土間を馳け、油障子に身体をぶっつけた。障子はばさばさと音立てた。身体をはすにして花子はよろめきながら表に見えなくなった。風がひとしきりそこに吹きつけた。コップをぐっとあおると先生の指は伸びて卓の端に触れた。

「これで、君、新しく洋傘を買い給え」四五枚の紙幣が酒に濡れた台を辷(すべ)って私の方に押しやられた。

「洋傘は要りません。雨が降ったら濡れて歩きます」

 押し戻そうとする私の掌が先生の指にからまり、一二枚、卓から土間へ落ち散った。先生の指は小魚の腹のように慄えているのが判った。[やぶちゃん注:「一二枚」は行末で、読点を補った。]

「先生」私は胸が一ぱいになるような気がして思わず詰寄った。

「何故花子を救ってやらないのですか」

 先生は大きく見開いた眼で私を見つめた。その眼は乾いたばさばさの眼だった。

「僕にはあの女を救う方法が判らない」

「先生。あなたは一緒に行かなかった。自分が不幸になるのが厭なんでしょう」

「君が――」射すくめるような強い眼付になって先生は大声を出した。「君が行って、一緒に寝てやり給え」

 私は思わず立ち上っていた。その瞬間私がはっきり感じ取っていたことは、先生のあの放恣に見える善意ですらも、超え難い限界を持っているということだった。そしてその限界を超えなければ、本当の幸福はあり得ないということであった。壁のこちらで足踏みしていることが、すベての人々の不幸の因であることであった。そのとき始めて私は、此の壁を乗り超え、たといそこが奈落であろうとも悔ゆることなく落ちて行く勇気が、胸の中に湧き上って来るのを感じていた。私は手を伸ばして紙幣を摑んだ。酒に濡れて重かった。

「洋傘を買うんじゃありません。しかし此の金は頂いて置きます」

 いいともと先生は言ったらしい。がそれを後に聞き流して私は歩き出した。酔いのせいか土間が靴の下でぐにゃぐにゃと柔かい気がした。閾(しきい)を越えると薄明の道が拡がった。外套の裾を風がひるがえす。花子はきっとあの電柱の下に行ったに違いない。それは酔った私の心を摑んだ確信であった。熱くほてった顔の皮を吹き去る風の冷たさを次第に快よく感じながら、私は凸凹道を一歩一歩と段々走るように歩調を早めて行った。

 

[やぶちゃん注:私は本作を梅崎春生が書くに当たって思い当たる幾つかの知られた作家の先行作品が素材として用いられている感を強く持つが、何より、その最も確信犯のアイロニカルなそれは――夏目漱石の「こゝろ」である――ことは疑いようがない。]

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