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2021/01/26

芥川龍之介書簡抄5 / 明治四四(一九一一)年書簡より(1) 山本喜譽司宛三通

 

明治四四(一九一一)年二月九日・消印十二日・本所區相生町三丁目六番地 山本喜譽司宛・署名「SATYRS」(葉書)

 

やつと引越し候 まだ何となく落ちつかず新居のさびしさ身にしみ申候

昨夜裏町へ買物にゆき候所尺八をふくめくらの若き女に逢ひ候 娼家に招かれて暮しをたつる由聞及びし女に候

あの ‘Still sad music of humanity’ の句偲ばれ候

皆々樣へよろしく願上候

    二月九日夜

 

[やぶちゃん注:本書簡時は未だ十八歳(以下の二書簡も三月一日よりも前と推定されるので、同じい)。芥川龍之介は自死する直前まで、こうした苦界や、その周縁に生きねばならぬ女たちへの哀憐の情を、終始、忘れなかった。

「やつと引越し候」既に述べた通り、芥川家は、新宿の龍之介の実父新原敏三所有の、耕牧舎の脇にある一軒家を借り受けて、前年の秋に転居したのであるが、先の私の注で示した通り、まず、十月に龍之介と伯母芥川フキが移って、翌年の二月頃までに養父母道章・トモも移って芥川家の転居が終わったとする説を紹介した。この記述はまさにそれを自然な形で裏打ちしている内容と読めるのである。則ち、この「やつと」とは、芥川家主人たる養父道章と養母トモが、晴れて転居を終え、「やつと總ての芥川家引つ越しの萬端終はり候ふ」と言うのであると、とる。決して、引っ越したばかりだったから、「まだ何となく落ちつかず新居のさびしさ身にしみ」ると、かこちているのでは――ない――のである。恐らくは――もう私はこちらに移って四ヶ月ほども過ぎたけれども、幼き日より馴染んできた懐かしき本所、愛する貴兄(山本)のいる本所に憧憬(あくが)れておればこそ、「まだ何となく落ちつかず」、海の潮の匂いの代わりに、牛の臭いが一日中する馴染めぬ牧場の片端の「新居のさびしさ」がひどく「身にしみ」る――と言っているのである。ちょっとした部分にも、自分の精神史の故郷である本所への哀惜と、山本への懸恋(けんれん)のニュアンスが染み出ているのを、私は、決して見逃してはならないと感ずるのである。

「SATYRS」先の書信で龍之介が山本を「あぽろの君」と呼んだことを覚えておられよう。それに応じて、一方の秘密の自らの称を、ギリシア神話に登場する半人半獣の自然の豊穣の化身或いは欲情の塊りたるところの精霊「サテュロス」(ラテン語:Satyrus/英語:Satyr)としたのである。次の書簡で、それが書信の中で語られてある。これは、かなり強烈な自称と言える。因みに、古い文献では「サテュロス」の名はギリシア語の「男根」に由来するとする説は複数あるそうである。

「Still sad music of humanity」正しくは「The still, sad music of humanity」(「人間の静かで、悲しい音楽」)イギリスを代表するロマン派詩人ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth 一七七〇年~一八五〇年)の記念すべき最初期の詩篇「ティンターン修道院」(Tintern Abbey :正ししくは「Lines Written a Few Miles above Tintern Abbey」・一七九八年作)の第九十一節に現われる詩句。同詩篇については、藪下卓郎氏の論文「自意識の功罪:ワーズワスの『ティンタン・アビー』鑑賞」京都大学教養部英語教室発行『英文学評論』(一九八七年三月・PDFダウン・ロード可能)がよい。]

 

 

明治四四(一九一一)年十四日(年月推定)・山本喜譽司宛

 

此頃僕は吉井勇氏が大好きになつた 角筈のうちへ行きたくつて仕方がない えらいとはちつとも思はないがなつかしい人だと思ふ 夢介と僧のモノログなんぞはまつたくうれしい 一昨日丸善へ行つたらシラノドベルジユラツクがあつた 安さうな本だつたが外に欲しいのがあつたので止めちやつた

其内によみたいと思つてる

此間クラス會があつて文科十傑の投票をしたら僕はハイカラの次點に當選したさうしてバンカラ次點にも當選した 寬嚴中を得てると大にわらはれた こんな馬鹿々々しい調子だから一高生活を嫌ふのも無理がないぢやないか

一高でいいのはかーみーゆーいーどーこだけだ、第一五錢である 其上におーやーかーたが大の相撲好で相撲の話さへしてゐれば頭が痛くなる迄髮をきつてくれる

雨がまだふつてる あした道が惡くつて悲觀だなと思ふ 君のうちの石が皆濡れて滑なつやを見せてゐるなと思ふ

こんな事を考へながら□[やぶちゃん注:底本の判読不能記号。]にてると急に逢ひたくなつた

逢ひたくなつたつて笑つちやあいけないさきおとゝひの晩も夜中に急に君が隅にねてるやうな氣がして手をのばして椅子の足をつかまへた

自分でも可笑しくなる 隨分な馬鹿だらう

これから手紙の名をかくときは本名をかくのはよさう 封筒だけは仕方がないけれど

君は APOLLO でいい僕は SATYR する

  十四日夜   柏の森にすめる SATYR

 APOLLO THE BEAUTIFUL 君ヘ

 

[やぶちゃん注:同じく旧全集からであるが、本書簡は他の印刷物からの転載である旨の注記がある。

「吉井勇氏が大好きになつた」「芥川龍之介書簡抄4 / 明治四三(一九一〇)年書簡より(3)山本喜譽司宛五通」参照。

「角筈」「つのはず」。吉井勇の父である海軍軍人・貴族院議員であった吉井幸蔵の家は、東京淀橋角筈(現在の新宿区西新宿・歌舞伎町・新宿の一部に相当)にあり、芥川家の新居に近かった。

「夢介と僧」吉井勇の戯曲「夢介と僧と」(『三田文学』明治四三(一九一〇)年十二月発表)。岩波文庫「芥川龍之介書簡集」の石割透氏の注に、同年『十一月自由劇場第三回試演として上演され、戯曲集『午後三時』(一九一一年)に収録』されたとある。国立国会図書館デジタルコレクションの画像の原本(東雲堂刊)のここから同作品が読める。

「シラノドベルジユラツク」フランスの劇作家エドモン・ウジェーヌ・アレクシ・ロスタン(Edmond Eugène Alexis Rostand 一八六八年~一九一八年)の代表作「シラノ・ド・ベルジュラック」(Cyrano de Bergerac:五幕)。十七世紀フランスに実在した自由思想家シラノ・ド・ベルジュラックを、鼻が大きく醜男だが、才気煥発で無双の剣客に仕立てて、彼の恋するロクサーヌへの報われぬそれを中心に、史実と虚構を織り交ぜた擬古典的韻文劇。自然主義を脱しようとする新ロマン主義と理想主義に基づき、安易乍ら巧妙な劇作法が当時のパリで熱狂的に迎えられた。剣豪作家シラノ・ド・ベルジュラックを主人公とするもので、初演は、シラノ没後二百四十二年に当たる一八九七年で、ポルト・サン=マルタン座(Théâtre de la Porte Saint-Martin)の十二月二十八日の初日から実に五百日間、四百回を打ち続け、パリ中を興奮させたと伝えられ、以降、今日に至るまで、フランスばかりでなく、世界各国で繰り返し、上演されている。本作はフランスの「ベル・エポック」(Belle Époque:「良き時代」)と呼ばれた時代を象徴する大女優として知られるサラ・ベルナール(Sarah Bernhardt 一八四四年~一九二三年)を介して知った男優コンスタン・コクラン(Coquelin aîné)の依頼で書かれたものであった。

「寬嚴中を得たる」寛大なことと、厳格なことの、見事な中庸を得ている。

「かーみーゆーいーどーこ」髪結い床。床屋。以下ともに長音符は単なる文字遊びであろう。

「第一五錢である」「第一、五錢である」。

「おーやーかーた」親方。男主人。

「柏の森」耕牧舎の田舎染みた風景をカリカチャライズしたもの。]

 

 

明治四四(一九一一)年二月二十五日・山本喜譽司宛(封筒訣)

 

 BEFORE THE CURTAIN RISES.

    APOLLO THE BEAUTIFUL. に捧ぐ、

 

黄昏のしみじみ寒い桔梗色の羽織に

幕-合の木の鳴る音ぞうれしけれ

 

  Kachi と鳴りまた Kachi と鳴る

  緞帳に散る金と赤こそうれしけれ

 

棧敷の外には ほのかなる酒の香にほひ

曇りたる Door の硝子をへだてゝ

うす青き 雪の反射ぞいたましや

 

  Kachi と鳴りまた Kachi と鳴る

  幕-合の拍-子-木の音ぞうれしけれ

 

番附をのせた右の手の白さ

濡色の桃割れに銀釵(ぎんかん)が冷たそに

橫顏の頰のえ-みこそなつかしや

 

  Kachi と鳴りまた Kachi と鳴る

  幕-合の拍子木の音(ネ)ぞうれしけれ

 

あゝ赤が散る 金が散る また靑が散る

さゞめきの銀の乱れに紺がちる

靜なる幕のゆらぎぞ美しや

 

  Sha, Sha, Shan また tin, tin, tiun, shan

  二上りの下座の三味こそうれしけれ

          (一九一一年二月二十五日)

君の夢の話の奥に Some thing のあるを見候 もつと詳しく話していたゞきたく候 何となく不安心のやうな氣がいたし候

皆の歸つた跡はさびしきものに候 君のかへつた跡はさびしきものに候 戀しき人の去りたる後に “I love you, Do you Pardon me ? ” とつぶやける アムステルダムの少年詩人を思浮べ候

   蒼褪めし心の上に雨をきく、雨のひゞきのかなしさをきく

   冬の雨のひゞきをきけば淚流るゝ かなしかりけりかなしかりけり

   此淋しさ何とてたへむ□□□□□□□故に□□□得ざれば

[やぶちゃん注:三行目の判読不能部分は底本ではそれぞれ長方形で配されてある。推定で字数分を置いた。]

その少年詩人のやうに僕もつぶやくべく候 Do you Pardon me ?

          新宿の森なる   Satyr.

 

[やぶちゃん注:標題と添辞の後を恣意的に一行空けた。この前の来信に書かれていた山本の見たという夢が――知りたい。

「BEFORE THE CURTAIN RISES.」「幕開きの前に」。

「二上り」「にあがり」は三味線の調弦法の一つ。本調子を基準にして第二弦を一全音(長二度)高くしたもので、派手で陽気な気分や、田舎風を表わすもの。

「Do you Pardon me ?」「私を許して呉れませんか?」。]

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