譚海 卷之三 公卿集會の間硯臺
○禁裏御座敷公卿集合の間に、大きなる硯臺に居(をき)て有、塵埃に埋れていときたなげ也。硯は忠岑形(ただみねがた)と云物を用ゐらるゝ也、書記の用意に備へらるゝもの歟。
[やぶちゃん注:「忠岑形」不詳。平安前期の歌人で「三十六歌仙」の一人である壬生忠岑(貞観二(八六〇)年頃~延喜二〇(九二〇)年頃)であるが、「百人一首」のサイトのこちらに、『忠岑邸跡から発掘されたという忠岑愛用の硯があり、『「拾遺都名所図会」に「壬生忠岑の硯は壬生寺にあり。石の色紫にして硯の縁の傍らに忠岑の文字あり。当寺の北、田の中より掘り出す」と記されてあ』り、『この硯は旅硯というもので、古風なので中華物のようだという記述もあ』って、『壬生寺の冊子に紹介されてい』ると写真が載る。これがそうかどうかは知らない。]

