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2021/02/06

南方熊楠 西曆九世紀の支那書に載せたるシンダレラ物語 (異れる民族間に存する類似古話の比較硏究) 4

 

 晋朝に成る三輔故事には[やぶちゃん注:底本の以下の引用は、原影印本の当該部(「中國哲學書電子化計劃」)を見ると、ひどい不全があるので、特異的に訂した。これは編集時のミスで、初出はほぼ問題がない。]、漢の衞太子嶽鼻、太子來省疾、至甘泉宮、江充告太子、勿入、陛下有詔、惡太子嶽鼻、當㠯紙蔽其鼻、充語武帝曰、太子不欲聞天子膿臭、故蔽鼻、武帝怒太子、太子走還り遂に殺されし由言り、序でに述ぶ、「デカメロン」、第七日第六譚、武士の妻其夫の不在に、若き男と密會する處へ、平素此女を慕へる荒武者來り逼る、女已むを得ず、男を牀下に慝し、荒武者を引入る、俄かに其夫歸り來り、荒武者の馬を維ぎ[やぶちゃん注:「つなぎ」。]たるを見、大に怪む、妻頓智もて荒武者に訓え[やぶちゃん注:「をしへ」の誤り。「え」は熊楠の癖。]、拔刀して、「必ず何處で[やぶちゃん注:「いづこかで」。]思ひ知せん」と叫び乍ら出去しめ[やぶちゃん注:「いでさらしめ」。]、夫入り來るに先ち[やぶちゃん注:「さきだち」。]寢室に退き、密夫に聞ゆる樣、高聲に夫に語りけるは、彼荒武者狂氣して、見知らぬ若き男を追ひ、其男忽ち此室に逃籠れりと、夫則ち彼男を搜し出し、飮食させ、その宅え送り屆けたりと、此話に多少似たる者、亦韓非子卷十に出づ、曰く[やぶちゃん注:底本の以下の引用は、原影印本の当該部(「中國哲學書電子化計劃」)を見ると不全があるので、特異的に訂した。]、燕人李季好遠出、其妻私有通於士、季突至、士在内中、妻患之、其室婦曰、令公子裸而解髮直出門、吾屬佯不見也、於是、公子從其計、疾走出門、季曰、是何人也、家室皆曰無有、季曰、吾見鬼乎、婦人曰然、爲之奈何、曰取五姓之矢浴之、季曰諾、乃浴以矢、(A. C. Lee, op. cit., p.184. 武士幽靈の體にて夫を紿き[やぶちゃん注:「あざむき」。]、妻に謝罪する譚參看すべし)、

[やぶちゃん注:「三輔故事」「さんぽこじ」。漢の趙岐らの撰になる首都長安の地誌とその関連故事を集めたもの。我流で訓読しておく。原文では最後に「」とあるのでそれを添えた。

   *

 漢の衞太子(ゑいたいし)は嶽鼻(がくび)たり。來たりて、疾ひを省(みま)ひて、甘泉宮に至る。江充、太子に告げて、

「入る勿(なか)れ。陛下より詔(せう)あり。『太子が嶽鼻を惡(にく)む』と。當(まさ)に紙を㠯(も)つて其の鼻を蔽ふべし。」

と。

 充、武帝に語りて曰はく、

「太子、天子の膿臭を聞(か)ぐを欲せず。故に鼻を蔽ふ。」

と。武帝、太子を怒り、太子、走り還れり。

   *

「衞太子」武帝の皇后衛子夫(えいしふ)の子ということであろうが、この佞臣江充(?~紀元前九一年:詳しくは彼のウィキを参照)と対立した武帝の長男で太子であった戾(れい)太子劉拠(紀元前一二八年~紀元前九一年)は逆に「巫蠱の禍(ふこのか)」の乱で江充を斬殺している(ウィキの「劉拠」を参照。但し、乱の直後に自身も誤解した武帝により自害している)。熊楠の「太子走還り遂に殺されし由言り」というのは、原本の略述部(改行して、衛太子の死を記してある)を勝手にそう解釈してしまったものと思われる。

「韓非子卷十に出づ、曰く……」我流で訓読しておく。

   *

 燕人(えんひと)李季、遠出を好む。其の妻、士に私(ひそか)に士に通ずる有り。突(にはか)に至る。士、内(へや)の中にあり、妻。之れを患(うれ)ふ。其の室婦[やぶちゃん注:下女。]曰はく、

「公子をして、裸となして、髮を解き、直ちに門より出でしめよ。吾が屬(ともがら)[やぶちゃん注:私達下女らは。]、『見えず』と佯(いつは)らん。」

と。

 是に於いて、公子、其の計に從ひ、疾走して門を出づ。

 季曰はく、

「是れ、何人(なんぴと)ぞや。」

と。家室、皆、曰はく、

「有る無し。」[やぶちゃん注:「何も見えませんが?」。]

と、季曰はく、

「吾、鬼(き)を見たるか。」

と。婦人曰はく、

「然(しか)り。」

と。

「之れを爲(な)すこと、奈何(いかん)。」[やぶちゃん注:「その厄を祓うにはどうすればよかろう?」。]

と。曰はく、

「五牲(ごせい)の矢(くそ)をとってこれに浴せよ。」[やぶちゃん注:「五牲」牛・羊・豚・犬・鶏。「矢」は「糞・屎」の意。]

と。季曰はく、

「諾(だく)。」

と。乃(すなは)ち、浴するに、矢(くそ)を以つてす。

   *

原本では流石に動物の糞尿を浴びるのが気が引けたか、最後に「一曰浴以蘭湯。」(一つに曰ふ、「蘭の湯を以つて浴す」と。)とあるのが面白い。

「A. C. Lee, op. cit., p.184. 武士幽靈の體にて夫を紿き、妻に謝罪する譚參看すべし」当該ページには見当たらない。]

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