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2021/02/16

只野真葛 むかしばなし (13)

 

○袖崎御やしきへ御うつりがけには、色々のあやしきこと有しとなり。他[やぶちゃん注:底本は「多」と訂正注を打つ。]年、人もすまぬ山を御ひらき被ㇾ遊し故なるべし、長屋の内へ石つぶてを打いるゝこと、度々、其内、晝夜をわかず、うたるゝ長屋、三所ばかり有し、となり。雨ふりてくらき夜には、別《べ》してつぶて打こと、おほかりし、となり。ぢゞ樣長屋へも、兩三度、打いれしこと、有し。大がいのむすび程の石、打(うち)いれしが、一番、大きかりしを、紙につゝみて御持(おもち)、御出勤被ㇾ成、御覽に入れられし、となり。

 御殿中にも、色々、ふしぎのこと、有。

 泊番(とまりばん)の人、かならず、「枕がへし」する所、有。

 又、ともし火、ねむると、すぐに消(きえ)、蚊帳(かや)の釣手、おちる所、有し、となり。

 獅山樣、御選《ゑ》り人にて、

「丈庵、ふして、事のよし、見よ。」

と、仰有(おほせあり)て、一夜御とまり被ㇾ成しこと有。【此御ゑり人は、御そばの衆、いかでか、左樣の事を見あきらめぬ程のことも有まじけれど、『侍にては、ことがまし』と思召(おぼしめし)、わざと、長袖(ながそで)の中より、つかはされしならん。】[やぶちゃん注:原割注。]さばかりの、きこん人(のひと)なれども、ねむき事、かぎりなく、おもはず、少しまどろまれしに、

『ともし火、くらく成たり。』

と、おぼへ[やぶちゃん注:ママ。]られし故、目をひらかんとするに、しぶくて、あかず、やうやう、橫目に、

「ちら」

と御覽ぜられしに、大きなる猫か、狸などの、おほひかくすかと、おもはるゝ[やぶちゃん注:底本は「おはるゝ」。「日本庶民生活史料集成」及び「仙台叢書」で訂した。]やうなりしが、

「はた」

と、あかしのきゆるやいなや、四方のつり手、一度に切(きれ)おちたり。

 人をよびて、ともし火、付させ、御馬屋より、くさりをとりよせて、蚊帳つらせ、御やすみ有しが、後、何事もなかりしとぞ。

 餘り妖怪がちなる故、下役の人に仰付られて、晝夜、空《から》筒を放させられし故、

「耳、かしましかりし。」

と御はなしなり。から鐵砲にはおそれぬ所を見せんとや、ある日、大犬(おほいぬ)ほどの毛物(けだもの)、あか毛にて、尾のしたゝかにふときが、白晝に、御うゑこみの梢を、はしりわたりしを見つけて、

「それ。打とめよ。」

と、四方八方より、雨あられのごとく、鐵砲を打かけしかども、飛鳥のごとく、かなたへはしり、こなたへはしり、終に、かたち見えず成し、となり。

「是、何物にや。ふしぎ千萬のこと。」

と[やぶちゃん注:底本は前に続きで「ゝ」。]、父樣・ばゞ樣、御はなし、度々、うかゞひし。

 人のすみなるゝまゝに、つぶて打ことも間遠(まどほ)になりしに、ある長屋の軒下のひさしの端に、おほきな猫の晝寢してゐたるを、となり長屋より見付て、にくゝおぼへしまゝ、有合(ありあふ)鐵砲にて打とめしが、大(おほ)ふる猫にて有し。

「打(うち)たる人も、一寸(ちよつと)、なぐさみに、せしことにて、さのみ、ほこりても人にかたらず、御家中にしらぬ人も、おほかりしが、其猫、うちて後(のち)、あやしきこと、たへてなかりしは、其猫のせしことにや。さあらば、打し人は、かろからぬ手がらならんを、何のさたも、なかりし。」

と、折々、被ㇾ仰し。

[やぶちゃん注:「袖ケ崎御やしき」既出既注

「うつりがけ」移った当初。

「色々のあやしきこと有しとなり」真葛はやはり怪奇談趣味が非常に強いことが判る。直後の怪異発生の主因を「人もすまぬ山を御ひらき被ㇾ遊し故なるべし」と推定するところも、とても、いい。

「石つぶて」通称は「天狗の石礫(いしつぶて)」と呼ぶ疑似怪奇現象である(多くの典型事例では、激しい投げ打たれるバラバラという音や、巨石の落ちる音がするものの、石も見えず、損壊もないというのが一般的であり、本話のように実際に石が発見されて採取されるというのは極めてレアなケースである)。この現象、必ず、未成年の精神的に不安定な状態の娘が現場にいるか、或いは、ある特定の村落の出身の女性がそこにいるのである。既に私は「耳囊 卷之二 池尻村の女召使ふ間敷事」や、「北越奇談 巻之四 怪談 其三(少女絡みのポルターガイスト二例)」それらについて考証しているので繰り返さないが、所謂、そこで働くのが厭で、意識的或いは半無意識的な詐欺として偽の石打現象を巧みに行うのである。近世後期から明治期にかけては、これを解釈するに、「池尻の女」とか「池袋の女」という都市伝説をぶち上げ、当該の村落の産土・氏神が、他の場所に遣られ、使役され、そこで生まれの違う土地の男と結ばれることをお嫌いになるからこの現象が起こるのであるという説を、俚俗ばかりか、まともな学者までも主張したのである。また、この袖ヶ崎の工藤の屋敷は恐らく町屋に近接しており、武士でもない医師が、仙台藩のお墨付きを戴いて、新しい屋敷を構えたことを、快く思わなかった古くから周縁に住まいする武家・町人・漁師などがおり、彼らが嫌がらせとして、複数人、礫打ちを行った可能性も考えておく必要があるように私には思われる。

「雨ふりてくらき夜には、別《べ》してつぶて打こと、おほかりし」意識的に人がやらかすには最も犯行を隠すにうってつけの状況であることにこそ注意すべきである。

「兩三度」何度もの意。

「大がいのむすび程の石、打(うち)いれしが、一番、大きかりしを、紙につゝみて御持(おもち)、御出勤被ㇾ成」「大がい」「大槪」であろう。普通に見る「おむすび」ほどの、人が手で摑める大きさを越えていないことにこそ、注意すべきである。沢庵漬の重石の石は紙に包んで持って行けぬからな。

「御殿」同じところで既注の、近くの東大井にあった仙台藩下屋敷。

「枕がへし」就寝中、知らぬうちに身体の位置が逆になることで、怪奇現象として古来、妖怪の仕業などとされた。当該ウィキを読まれたいが、私の「怪奇談集」の中では、佐渡怪談藻鹽草 枕返しの事」が突出してよく書かれており、リアリズムもすこぶる高く、お薦めである。

「獅山樣」既出既注。第五代仙台藩藩主にして「中興の英主」と呼ばれる伊達吉村(延宝八(一六八〇)年~宝暦元(一七五二)年)。

「御選《ゑ》り人」藩主直々の選抜指示者。

「ふして」「臥して」。一晩泊まって。

「侍にては、ことがまし」武士に、その程度のしょぼい怪異の検分をさせて、それが漏れて噂が立っては、面目が立たぬ、面倒なことになろう。

「長袖(ながそで)」」袖括(そでぐく)りをして鎧を着る武士に対して、長袖の衣服を着ているところから公卿・神官・僧・医師・学者などを指す。「長袖者 (ちょうしゅうしゃ)」という謂い方もあるから、「ちゆあいしふ」でもよいが、真葛は女性だから、訓読みとした。

「きこん人」「氣根人・機根人」。「きこんのひと」で、一つの物事にじっと耐える精神力・根気・気力のある人ととった。

「しぶくて」上手く目蓋が動かずに。

「おほひかくす」視野を覆い隠すの謂いであろう。

「空《から》筒」「から鐵砲」空砲。但し、これは以下の実砲発射とともに、幕府から重い咎めを受ける仕儀と私は思う。

「うゑこみ」「植ゑ込み」。

「人のすみなるゝまゝに、つぶて打ことも間遠(まどほ)になりし」この事実から見ても、これは超常現象ではない。

「にくゝおぼへしまゝ」「憎く覺えし儘」。

「有合」たまたまあった。この発砲も当時なら、大問題である。

「大(おほ)ふる猫」これなら、「大經(古)る猫」で納得したが、「仙台叢書」では『大なる』で、苦労して読む必要もない。しかし、私は前者の方が腑には落ちると言っておく。]

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