只野真葛 むかしばなし (14)
袖ケ崎は、小鳥おほく渡る所故、「はご」を揚げて【「はご」とは、かれ枝へもちを付て、鳥をとる物なり。】[やぶちゃん注:原割注。]小鳥を取り、よき鳥かゝれば、かい[やぶちゃん注:ママ。]鳥に被ㇾ成しとぞ。
「其中に、雀のおほきさにて、毛色うつくしく、八寸ばかりなる先に、玉の付たる尾、一本有(ある)鳥、かゝりしが、誰も名をしらず、前町の鳥屋にて餌付させしが、餌つかずして、おちたり。をしきこと、めづらしき鳥。」
とて、ばゞ樣、ふだん被二仰出一し。
又、大嵐のしたるあした、髮毛の大こゞり一ツ、緣側のはしに、ふきいれて有しを、御覽被ㇾ成しに、四十からの巢にて有しとぞ。子は三十ばかり入て、はや、巢立ちぎわなりし故、すり餌にて御やしない被ㇾ遊しに、口を明(あけ)て、まちくひしほどに、みな、巢だちたり。あまり數おほき故、はなせしに、羽に任せて、とびさりしかども、分(わけ)て、かしこく、なれたる鳥、五羽ばかり有(あり)て、餌を、はみにきたり。かごを明ておけば、入て、とまりし。後(のち)は來ずなりし。中にたゞ一羽、かごの戶を明ておけば、晝は、あそびありきて、夕がたには、入(いり)てふす鳥、有し。殊外、ふびんにおぼしめされしを、
「ある夕方、戶をたてぬ間に、猫にとられて、惜しかりし。」
と被ㇾ仰し。
ぢゞ樣、籠かひにてならされし鶯の、聲よき有しを、夜中、戶をやぶりて、猫のとりたること有し。ぢゞ樣、腹たてられて、父樣に、
「其猫、とらへよ。」
と被二仰付一し故、撒餌《まきゑ》に、すかして、八疊敷の間へ、たてこめて、人、みたりばかり入て、とらへんとするに、中々、手にいらず。柱づたひに天井の筋をわたるを、打おとしたれば、ふと、見うしなひたり。
黑ぶちの猫なりしが、人々、あきれて有しが、持たる手燭の下の影のなかに、身をちゞめてはひまわるを、父樣、ふと、御見付、
「それ、そこに。」
と聲かけらるゝやいなや、はしり出たり。
「人のすきをはかりし所、つねていの猫ならず。」
と被ㇾ仰し。ふすまをほそく明たれば、にげんとしたる時、
「ひし」
とたて付て、おさヘたりしを、ぢゞ樣、
「爰へ。」
と被ㇾ仰し故、父樣、御そばへ御持出、かたく、おさへて、いらせられしを、ぢゞ樣、頭へたゞ一ツ、しつぺいを御あて被ㇾ成、
「それ。すてよ。」
と被ㇾ仰し故、御覽ありしに、かしらの骨、ことごとく、くだけて有し。
「ぢゞ樣武藝の御手ぎわ御覽有しは、是ばかりなり。『とつほうの當り』とかいふ手なり。」
と、ばゞ樣、御はなし被ㇾ成し。
[やぶちゃん注:「はご」木の枝や竹串に鳥黐(とりもち)を塗布して鳥を捕獲する猟具。二種あり、一つは囮(おとり)の鳥を入れた鳥籠を高所に配しておき、それに惹かれて近づいてきた鳥を当該具で捕獲するのを「高はご」と称し、多数の「はご」を配置して捕獲するものを「千本はご」と称した。
「雀のおほきさにて、毛色うつくしく、八寸ばかりなる先に、玉の付たる尾、一本有(ある)鳥、かゝりし」スズメ目レンジャク科レンジャク属ヒレンジャク Bombycilla japonica が候補になるか。体長は約十八センチメートル、翼開長は約二十九センチメートル。♀♂ともにほぼ同色で、全体的に赤紫がかった淡褐色を呈するが、頭や羽などに特徴的な部位が多い。顔はやや赤褐色みを帯び、尖った冠羽、冠羽の縁まで至る黒い過眼線、黒い咽喉(♀は黒斑の下端の境界が曖昧)などをである。初列風切は黒褐色で、外弁は灰色、♂は白斑があるが、♀は外弁にのみ、白斑がある。次列風切に灰色で先の方は黒色、先端部は赤く、大雨覆の先端は暗赤色。腹は黄色みを帯び、腰から上尾筒は灰色、下尾筒は赤、尾は灰黒色で、先端に赤色をポイントする。シベリア東部・中国北東部のアムール川・ウスリー川流域で繁殖し、越冬地に日本が含まれ、沖縄県中部より北の地域で十一月から五月にかけて滞留する。東日本に多いキレンジャク(Bombycilla garrulus:羽の先に赤い蝋状突起を持つ)に対して、ヒレンジャクは西日本に多く渡来する(さすれば、江戸では珍しく、鳥屋が知らなくても不審でない)。参照した当該ウィキの画像(♂であろう)をリンクさせておく。
「前町」不詳。現在の西大井一は旧大井森前町(それ以前は大井町字森前)であったが、ここかどうかは不明。工藤の屋敷のある品川袖ヶ先(東京都品川区東五反田附近。ここ(グーグル・マップ・データ。以下同じ)及びその南東直近の現在の品川区東大井にあった仙台藩下屋敷との位置関係からは、こことしても腑には落ちる。
「おちたり」とまり木から落ちる。死んだことの忌み詞。
「髮毛の大こゞり一ツ」髪の毛の大きな堅く固まったものが一つ。実際の髪の毛であったどうかは判らないが、そうであったとしてもおかしくはない(次注参照)。
「四十から」スズメ目シジュウカラ科シジュウカラ属シジュウカラ亜種シジュウカラ Parus minor minor 。同種は樹洞やキツツキ類の開けた穴の内側などに♀が主にコケを組み合わせ、覆うように獣毛やゼンマイの綿・毛糸などを敷いた椀状の巣を作り、本邦では四月から七月に、およそ七~十個の卵を年に一、二回に分けて産み、♀のみが抱卵し、抱卵期間は十二~十四日で、雛は孵化してから十六~十九日で巣立つ。参照した当該ウィキの画像(♀)と、グーグル画像検索「シジュウカラの雛」をリンクさせておく。
「子は三十ばかり入て」上記の一般から見ると多い。
「しつぺい」「竹篦」(しっぺい)。通常は禅宗で師家が参禅者の指導に用いる法具。長さ六十センチメートルから一メートル、幅三センチメートルほどの割り竹で作った弓状の棒。グーグル画像検索「竹篦」をリンクさせておく。
「とつほうの當り」「突放の當り」であろう。]
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