芥川龍之介書簡抄7 / 明治四四(一九一一)年書簡より(3) 山本喜譽司宛(ヴェルレーヌの「僕の心に雨が降る」(Il pleure dans mon coeur)を英訳で紹介し感激し称揚する龍之介)
(年次推定)・山本喜譽司宛(転載)
It rains in my heart
As it rains o'er the town.
What languorous art
Sends a chill to my heart ?
Oh, sweet sound of the rain
On the roof and the street,
For the heart's weary pain.
Oh, the song of the rain!
雨がふつてゐる あのしめやかな音は僕にこの句を思ひ出させる嘗てよんだ佛國詩の中で最も僕の心を動かした詩である。
OH, THE SONG OF THE RERAIN!
ほんとうにいいと思ふ 序だからしまひまでかく
It rains without cause
In the feverish hearts,
Does it answer no laws,
This grief without cause ?
This the worst of all Pain,
Without hatred or love,
But to question in vain
Why my heart has such pain.
多くら知らないデカダンスの詩人の中でこの位 すきな人はない この人の詩の中で僅しかしらないこの人の詩の中でこの詩ほどすきな詩はない 願はよんでくれ給へ きつと君もすきになると思ふ。
[やぶちゃん注:「o'er」は「over」の省略形。フランス象徴派の詩人ポール・マリー・ヴェルレーヌ(Paul Marie Verlaine 一八四四年~一八九六年)が一八七四年に刊行した(彼はこの時、前年のブリュッセルでのランボー銃撃事件で二年の禁錮刑を受けて収監されており、友人の手で出版された)「Romances sans paroles」(「言葉なき恋歌」)の中の「Ⅲ」に「Il pleut doucement sur la ville (Arthur Rimbaud)」(「街にしめやかに雨が降る(アルトゥール・ランボー)」のエピグラフを持つ有名な詩篇が元である。ここで龍之介が示した英訳が誰のものであるか判らないが、英文サイト「All Poetry」のこちらに英訳「It Rains in My Heart」と「Il pleure dans mon coeur」の原詩が載る。また、ブログ「ボエム・ギャラント」のhiibou氏の『ヴェルレーヌ 「巷に雨の降るごとく」 Verlaine « Il pleure dans mon cœur », Ariettes oubliées III 日本的感性?』には原詩の朗読へのリンクもあり、本詩の音韻上の優れて新しかった技巧をよく解き明かされていて素晴らしい。必読必聴である。また、各種の邦訳は、Mrs.modest氏のブログ「わたしの心」の「巷に雨の降るごとく」に堀口大學・鈴木信太郎・金子光晴・渋沢孝輔の訳が載る。私個人は、中学二年の時に買って貪るように読んだ中込純次氏の「ヴェルレーヌ詩集」(一九七〇年三笠書房刊)の訳が懐かしい。ストレス言語でない非音楽的な現代日本語で奇体な似非物を作ったり、勝手に自分の詩想に引きずり込んで変成させたものよりも(上に出る金子光晴のそれはそう感じないけれども、ランボーの金子訳の「一番高い塔の歌」なんざ、大学でフランス語を学んで原詩を読み、「嘘つき! 騙された!」と激憤して以来、金子は大嫌いになった)私はこうしたストレートなものが好きだ。特に引用しておく。
《引用開始》
ぼくの心に雨が降る……
街にしめやかに雨が降る(アルチュール・ランボー)
ぼくの心に雨が降る
都に雨が降るように。
ぼくの心にしみとおる
この悩ましさは伺だろう?
おお、雨の静かなひびき、
辿上にも屋根のうえにも!
やるせない心のために、
おお、雨の歌よ!
こみあげるこの胸に、
ゆえもなく雨が降る。
裏切られもしないのに、
いわれないこのなげき。
その由を知るよしもなく、
このこころただいたむ、
恋も恨みもないものを、
悲しみでいっぱいなぼくの胸!
Il pleure dans mon Coeur…
《引用終了》
因みに、私の「夜更の雨――ヹルレーヌの面影―― 中原中也」も参考になろう。]
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