大和本草附錄 朝鮮昆布(てうせんこんぶ) (アントクメ?)
朝鮮昆布 裙帶菜ニ似テ廣サ四寸許長コト三尺
許形狀昆布ニ似タレドモ短薄ニテ氣味モ裙帶菜
ニ似タリ西州ノ海ニ生ズ
○やぶちゃんの書き下し文
朝鮮昆布(てうせんこんぶ) 裙帶菜(わかめ)に似て、廣さ四寸許り、長きこと、三尺許り。形狀、昆布に似たれども、短薄〔(たんはく)〕にて、氣味も裙帶菜(わかめ)に似たり。西州の海(うみ)に生ず。
[やぶちゃん注:「大和本草卷之八 草之四 昆布 (コンブ類)」の追記であるが(「昆布」は不等毛植物門褐藻綱コンブ目コンブ科 Laminariaceae に属する多数のコンブ類の総称であり、「コンブ」という種は存在しない。含まれる種はリンク先の私の注を参照されたい)、これは同定が難しい。朝鮮半島にもワカメもコンブ類も植生するが、益軒の記載はコンブに似ているが、藻体が短くて薄く、味はワカメに似ているというのだから、「ややこしや」である。「朝鮮」と冠したのは、チョウセンハマグリと同じで、本来の本邦の真正種と異なるものへ附ける、本邦の勝手な和名の常套手段だから(チョウセンドジョウ=カムルーチのように朝鮮半島に棲息する生物の場合もあることはある)、ますます困るのである。少なくとも、この異名は現行では見当たらない。「短薄」で味がワカメに近いという条件から考えると、
コンブ目チガイソ科アイヌワカメ属チガイソ(千賀磯)Alaria crassifolia
アイヌワカメ属ホソメコンブ(細目昆布)Saccharina religiosa var. religiosa
ミツイシコンブ(三石昆布=日高昆布)Saccharina angustata
が候補となろうが、これらは実は孰れも本邦の北方種で「西州」には植生しないから、実は全部ダメなのである。ワカメも伊豆半島以南の暖流に曝される西日本では殆んど採れない。そうなると、西日本でワカメの代用品として用いられた(「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のアントクメの旧ページを参照されたい)、
コンブ目コンブ科カジメ属アントクメ(安徳布)Ecklonia radicosaura
が候補となろうか。グーグル画像検索「アントクメ」の内、生体写真を見て戴くと判るが、生時のアントクメはくすんだ黄色から緑色を呈していることが判る。何より、和名が安徳天皇由来で、西海と親和性が強くあるからである。ぼうずコンニャク氏は『和名アントクメは文治元年(1185年)』、『壇の浦の戦いに敗れた平家と運命をともにして入水した安徳帝(安徳天皇)による」。参考文献/「日本産コンブ類図鑑」川嶋昭二 北日本海洋センター』とあり、壇の浦附近で獲れなくては「名にし負」わぬことになってしまうわけで、続いて、『伊豆半島以南太平洋側の岩礁行きに棲息する』とあるから問題ない。『形はやや細長いうちわ状。表面にコブ状の凸凹がある。春先から初夏にかけて採取され、利用される』。『伊豆半島仁科では「しわめ」、土肥では「とんとんめ」』と呼ばれ、『これはワカメほどの旨味味わいはないけれど』も『美味』とされ、『また』、『みそ汁などに使うときには水で戻したものを適当に切り、それをみそ汁に入れるだけ。これなど』、『ワカメだけの日常的海藻利用に変化があっていい』と述べておられる。以上から、私はこれをアントクメに比定したい。
「裙帶菜」「裙帶」は「くんたい・くたい」とも読む。十一~十二世紀頃の公家の女房たちが晴装束の際に裳 の腰につけて左右に垂らした紐のことである。中国風のもので、羅 (ら) などの薄布で作られた。異なった色が相半ばするのを特徴とする。八世紀頃の裾 (きょ) に附されていた飾りの縁が、独立して装飾化したものと思われ、染色を施したものがある。儀式以外では五節(ごせち)の舞姬などが着用した。これを「わかめ」とも読むが、それは次項の「裙帶菜」を参照されたい。]