大和本草附錄巻之二 魚類 海人 (人魚その二)
海人 在海中其形全ク人ナリ頭髮鬚眉悉具レ
リ只手足ノ指水鳥ノ如ク相連ツテ水カキアリ不
能言語飮食ヲ與レドモ不食又一種遍身肉皮ア
リテ腰間ニ下リ垂袴タルガ如シ其餘ハ皆人也陸
地ニ上リ數日不死
○やぶちゃんの書き下し文
海人 海中に在り、其の形、全く、人なり。頭・髮・鬚・眉、悉く具はれり。只、手足の指、水鳥のごとく、相ひ連つて、「水かき」あり。言語すること、能はず。飮食を與へれども、食はず。又、一種〔あり〕、遍身、肉〔の〕皮ありて、腰〔の〕間に下〔(さが)〕り、袴〔(はかま)〕を垂れたるがごとし。其の餘は、皆、人、なり。陸地に上〔(あが)〕り、數日〔(すじつ)〕、死せず。
[やぶちゃん注:「かいじん」と読んでおく。只管、「人」で通し、「鬚」と指示していること、前綱でわざわざ「海女」としていることから、「マーメイド」(mermaid)ではなく、「マーマン」(merman)の印象を与える。しかも、陸に上っても、数日も生存しているというのは、所謂、ジュゴンではモデルとして外れる。私は既に「大和本草卷之十三 魚之下 人魚 (一部はニホンアシカ・アザラシ類を比定)」で、こうした記載にごくしっくりくるものとして、
食肉(ネコ)目イヌ亜目鰭脚下目鰭脚下目アシカ科アシカ属ニホンアシカ Zalophus japonicus
或いは、
アザラシ科 Phocidae のアザラシ類
可能性としては特異的に南下してしまった、
アザラシ科アゴヒゲアザラシ属アゴヒゲアザラシ Erignathus barbatus(二〇〇八年八月に多摩川に出現した「タマちゃん」はこれ)
或いは、
ゴマフアザラシ属ゴマフアザラシ Phoca largha
の可能性を示唆した。海棲哺乳類の中で、恐らくアザラシは最も人(ヒト)に擬人化し易い対象である。アザラシはヒゲは勿論だが、眼の上部にも数本の毛を生やしている個体や、眼の上部内側に魚類の「パーマーク」(parr mark)のような、平安時代の女性の描き眉の如き楕円或いは円形の眉のような紋を持つ個体も多い。また、アザラシの後脚はまさに、「肉」質で「皮」に覆われたものが、「腰」の「間」に「下」がって、人間の「袴」を「垂」らして、ぞろ引いているように見えるからである。]
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