「大和本草卷之三」の「金玉土石」類より「石燕」 (腕足動物の†スピリフェル属の化石)
石燕 小ニシテ燕ニ似タリ宗奭曰如蜆蛤之狀藥性
解曰形蚶而小其實石也
○やぶちゃんの書き下し文
石燕〔(せきえん)〕 小にして燕〔(つばめ)〕に似たり。宗奭〔(そうせき)〕が曰はく、『蜆〔(しじみ)〕・蛤〔(はまぐり)〕の狀〔(かたち)〕のごとし。』と。「藥性解〔(やくしやうかい)〕」に曰はく、『形。蚶〔(きさ/あかがひ)〕にして、小なり。其れ、實〔(じつ)〕は石なり。』と。
[やぶちゃん注:動物界 真正後生動物亜界 冠輪動物上門 Lophotrochozoa 腕足動物門 Brachiopoda 嘴殻亜門 Rhynchonelliformea †スピリフェル目スピリフェル科スピリフェル属Spirifer のスピリフェル類で、Spiriferida 目の代表種である。中国語で「石燕」、本邦では「燕石」(えんせき)の方が知られる。シルル紀(Silurian period:約4億4370万年前から約4億1600万年前まで)からペルム紀(Permian period:約2億9900万年前から約2億5100万年前まで。シルル紀とは石炭紀(Carboniferous period)とペルム紀(Permian period)を挟む)にかけて実に二億年余りもの間、世界各地に生存し、石炭紀に特に繁栄し、デボン紀に最盛であった化石動物。また、腕足動物及び有関節類の一グループの総称である。「スピリファー」とも呼ぶ。背殻内部に螺旋形の特殊な腕骨を有するのが最大の特徴で、属名はラテン語で「螺旋」を意味する「spira」という言葉に由来する(一八一六年命名)。前後の殻(一見すると二枚貝にしか見えないが、彼らはそれらとは体制が全く異なり(だから殻は左右ではないのである)極めて縁の遠い、完全に独立した「生きた化石」的な海産底生無脊椎動物である)を結ぶ長く強靭な蝶番(ちょうつがい)線を持ち、石灰質の殻(表面に放射状の線を有する)の形が「翼を広げたツバメ」に似ているため、、中国では古くから「石燕」と呼ばれて薬効があるとされており、粉末が漢方薬として用いられた。南方熊楠の幻の名論稿「燕石考」で知られる。グーグル画像検索「Spirifer」をリンクさせておく。嘗ては漢方生剤の流れ品として安く数個持っていたのだが、皆、教え子にあげてしまったので、現物を見せられないのが悔しい。腕足動物門の学名‘Brachiopoda’はギリシャ語で「腕」を意味する‘brachium’と、「足」を意味する‘poda’を合成したものである。現生種はシャミセンガイ(三味線貝:腕足動物門舌殻亜門舌殻綱舌殻目シャミセンガイ科 Lingulidae のシャミセンガイ類(本邦産種の代表はLingula(リンギュラ・シャミセンガイ)属ミドリシャミセンガイLingula anatina :岡山県児島湾や有明海で食用とされる。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のこちらを参照されたい)や、チョウチンガイ(提灯貝:腕足動物門嘴殻綱テレブラツラ目 Terebratulida テレブラツラ亜目カンセロチリス Cancellothyrididae 科カンセロチリス亜科テレブラツラナ属タテスジチョウチンガイTerebratulina japonica 〔縦筋提灯貝:殻高17ミリメートル。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のこちらを参照〕や、テレブラツラ亜目ラクエウス上科ラクエウス科ラクエウス属ホオズキチョウチン Laqueus rubellus 〔鬼灯提灯40ミリメートル前後。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のこちらを参照〕)がいる。かの明治一〇(一八七七)年六月に来日し、東京大学に招聘されて初代理学部動物学教授となり、「大森貝塚」を発見し、進化論を本邦に移植したアメリカ人動物学者エドワード・シルヴェスター・モース(Edward Sylvester Morse 一八三八年~一九二五年)の専門は、実はこの腕足類のシャミセンガイであった。江ノ島に日本初の臨界研究所を作り、そこでシャミセンガイを採取している。今や、江ノ島には棲息していない。私は彼の石川欣一訳「日本その日その日」をずっと昔にブログでオリジナル注附き(モース自筆の全挿絵入り)で完結している。
「宗奭」既出既注。そこで示した「宮内庁書陵部収蔵漢籍集覧」の北宋の医師宼宗奭(こうそうせき)の「新編類要図註本草」の南宋から元代(十三~十四世紀頃)に板行されたものの、その上部の第「5」を開き、下部中央の「□□□」ボタンをクリックしてページ表示を開き、「p.16」で、巻第五の「玉石部下品」にある「石鷰」(石燕に同じ。挿絵もある)が見られる。この引用箇所は次のページで、右頁の大罫三行目から記されてある。この「衍義」とは宗奭の書いた別な本草書「本草衍義」である。起こしておく。
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衍義曰【石鷰、今人用者、如蜆蛤。之狀色、如土、堅重。故只堕沙灘上。此說近妄。「唐本」注、永州土岡上、掘深丈餘之。形似蚶而小、重如石。則此自是二物、餘說不可取。潰虛積藥中多用。】
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「灘」は川・湖・海の岸辺の意。但し、益軒のこの引用は恐らく、この原本ではなく、「本草綱目」の巻十「金石之四」の「石燕」からの孫引きである。
「蜆」斧足綱異歯亜綱シジミ上科シジミ科 Cyrenidae のシジミ類。本邦産代表種三種は「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蜆」の私の注を参照。但し、ここは漢籍の記載で、中国にはもっと多くの種がいることが確認出来る(但し、中国に分布しない海外種も並置されているので、総てが中国棲息種ではないので注意)。中文ウィキの「花蜆科」(シジミ科の中国名)を参照されたい。
「藥性解」「雷公炮制藥性解評注」(らいこう ほうせい やくしょうかい ひょうちゅう)の略。明の李中梓の漢方調剤書で、常用中薬三百三十五種の性味・帰経(きけい:薬物が人体のどの部位(適用範囲)に作用して薬効が表われるかを指し示しこと)・毒性・効能主治・使用禁忌・真偽弁別・炮制(漢方薬の原料を薬物に精製する方法。烘・炮・炒・洗・泡・漂・蒸・煮などの処置によって薬物の毒性や作用を弱めたり、除去したりして、治療効果を高め、製剤や貯蔵をし安くすること)などを記す。これは「本草綱目」には載らないので、原本を見たものと思われる。
「蚶」翼形亜綱フネガイ目フネガイ上科フネガイ科アカガイ属アカガイ Anadara broughtonii 。「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蚶(アカガイ)」を参照。前後の殻の表面の放射状線は確かにアカガイに似ており、蝶番いをずうっと引き伸ばせば、素人目にはよく似ていると言える(但し、この蝶番いは独特で古生物学者や貝類研究者は間違えることは絶対にあり得ない)。]
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