只野真葛 むかしばなし (23)
父樣は申すにおよばず、ぢゞ樣・ばゞ樣・をぢ樣がたにいたる迄、壱人、をろかなる人、なし。その御末とおもはんに、などや、心をはげまざらめや。
三人兄弟の中、四郞左衞門[やぶちゃん注:先に出た柔術に秀でた長男。]樣ばかり、酒、御好なりし。
此人は、しごく、仁心、ふかく、誠に兄の兄たる心ばせなりし。
唐(もろこし)の聖(ひじり)の道によりて、よきかたへに、よからん、と、まねくは、萬(よろづ)、ゑんりよがちに、奧まりたるかたにつきて、
「物は知りても、なるだけ、しらぬ顏するが、よし。『いで』といふ時、をくれ[やぶちゃん注:ママ。]をとらぬが、たしなみ。」
と、おぼしめし、一度(ひとたび)けいやく被ㇾ成しことは、いく年へても、其心にて、いらせられし人なり。
さる故に、御名(おんな)の發したること、なかりし。
いはゞ、守(まもる)こと、かたくて、境(さかひ)をいでぬ御心(みこころ)なり。
父樣も、兄とは、いへど、親のごとく、御ちからに被ㇾ成しが、御(お)かくれの時分は、殊に、なげかせられて有し。