「大和本草卷之三」の「金玉土石」より「眞珠」
眞珠 蚫蛤諸介類ノ腹中ニ有之アコヤ貝ニアルヲヨシトス又
蚫ニアルヲ上トス蚌アサリ貝ナトニモアリ凡眞珠價貴シ
輕粉ト燈芯ニ同シクシテ香盒ノ内ニ入レヲケハ久クアリテ
子ヲ生ス
○やぶちゃんの書き下し文
眞珠 蚫〔(あはび)〕・蛤〔(はまぐり)〕〔など〕諸介類の腹中に、之れ、有り。「あこや貝」にあるを、よしとす。又、蚫にあるを、上とす。蚌(どぶがい[やぶちゃん注:ママ。])・「あさり貝」などにもあり。凡そ、眞珠、價〔(あたひ)〕、貴〔たか〕し。輕粉〔(けいふん)〕と燈芯に同じくして、香盒〔(かふがふ)〕の内に入れをけば[やぶちゃん注:ママ。]、久しくありて、子を生ず。
[やぶちゃん注:前条「大和本草卷之十六 水獺(かはをそ) (絶滅種ニホンカワウソ)」で述べた通り、この「大和本草卷之三」の「金玉土石」に広義の「水族」とすべき記載を見つけたので、またまた、中断して挿入する。底本は従来通り、「学校法人中村学園図書館」公式サイト内にある宝永六(一七〇九)年版の貝原益軒「大和本草」(リンク先は目次のHTMLページ)の同巻之三のPDF版を視認してタイプする。「眞珠」は32コマ目に出る。底本は従来通り、「学校法人中村学園図書館」公式サイト内にある宝永六(一七〇九)年版の貝原益軒「大和本草」(リンク先は目次のHTMLページ)の同巻之三のPDF版を視認してタイプする。「眞珠」は32コマ目に出る。なお、そこまでの間にちょっと目を引いたものはある。例えば、「火類」に出現する「【外】夜、光り有る物の類」で(15コマ目)『海潮、夜、之れを擧れば、光あり。月夜に光なし』という一節で、これはヤコウチュウかウミホタルを指しているようではある。その少し後には、また、『鯛の肉・うろこ及び「いか」の肉、鮮(あたら)しければ、夜、ひかる。「たこ」の「ねはり」に、夜、光りあり』などとも出る。タイの肉はよく判らぬが(寄生虫か?)、イカのそれは発光バクテリア由来で、よく観察すれば、新鮮なそれを置いている魚屋などの店頭でも、容易に発光を見ることが出来る。「たこ」の「ねはり」はタコの足の付け根の部分(口器)であるから、やはり捕食した対象生物の持つ発光物質か、前の発光プランクトンやバクテリア由来であろう。ともかくも、雑駁な書き方で、凡そ「水族の部」に採り上げることは出来ない代物である。さらに「金玉土石」には「【外】花紋石」に(19コマ目)、『壹岐の島の長者が原の海岸に屛風岩と云ふ石』があって、そこには魚の細部に至るまで総て備わったものが石の中にある、というのは、かなり古い時代の魚類化石であり、25コマ目にも「石蟹」があって、明の王圻(おうき)の「三才図会」と「本草綱目」から引用しつつ、益軒も、海浜の軟石の中、或いは、欠けた石碑片で、完全に石化した蟹を見た、とあって化石だろうと考証しているように、孰れも古代の海産動物の化石であって、これらまで「水族の部」に採るとなると私には抵抗がある。化石海産動物でも無論、「水族」であるわけだが、その個体の種を同定するに足る詳しい形状が全く記されていないのだから、今までの「水族の部」に含めるのには私は相応しくないと考え、外した。但し、この次で、特異的に化石絶滅種を一つあげる予定である。それは明らかに例外的にその記載からほぼ間違いなく属同定が出来る化石だからである。
さても、真珠(pearl)である。アコヤガイ(斧足綱ウグイスガイ目ウグイスガイ科アコヤガイ(阿古屋貝)属ベニコチョウガイ亜種アコヤガイ Pinctada fucata martensii :阿古屋は現在の愛知県阿久比町(あぐいちょう:グーグル・マップ・データ)周辺の古い地名で、この辺りで採れた真珠を阿古屋珠(あこやだま)と呼んだことから、真珠を阿古屋と呼ぶようになったとも言うが、現行の町域は海に面していない)・クロチョウガイ(アコヤガイ属クロチョウガイ(黒蝶貝) Pinctada margaritifera :和名は貝殻を広げた形が蝶(チョウ)に似て黒いことに由る。沖縄県宮古などでの方言とする)・シロチョウガイ(アコヤガイ属シロチョウガイ(白蝶貝)Pinctada maxima :本種は本邦に棲息しない。オーストラリア・フィジー・タヒチ・インドネシア・フィリピンに分布するが、近代以降に日本が大規模に真珠採取をし、南洋真珠として知られた)・カラスガイ(斧足綱イシガイ目イシガイ科カラスガイ(烏貝)属カラスガイ Cristaria plicata :淡水貝。日本全国及び朝鮮半島・中国大陸・台湾・東南アジアに広く分布する。海抜百メートルよりも低い平地の池・湖・河川に棲息。和名はカラスのように真っ黒な貝の意)など、貝殻の内側が真珠層になっている貝類の中に異物が入った際、軟体の保護のためにこれを取巻いて形成される球状の真珠質の貝類の体内に形成される奇形凝固物である。その生成が自然の偶然によるものを天然真珠と呼び、アコヤガイを真珠母貝として、他種の貝の真珠層から作った球状の核とピース(母貝の外套膜の細胞小片) を挿入し、養殖して得たものを養殖真珠と呼ぶ。明治二六(一八九三)年に御木本幸吉がこの方法で初めて養殖に成功し、汎世界的に現在の殆んどの真珠は養殖真珠によるものである。日本では三重県の志摩半島を始めとして、中部以西の太平洋岸・日本海岸」瀬戸内海沿岸などの多くの湾内で養殖され、質・量ともに世界を圧倒している。養殖期間は小珠以下は半年以上一年未満、中珠以上は一年から三年ほどで、真珠の寸法・光沢・形状・色調などによって等級が分れる。良質の真珠は、古来より、宝玉として珍重され。ネックレス・ブローチ・指輪・宝冠などの装身具に加工されたものが各種遺跡から出土している。私は実は真珠好きである。その他の宝石には全く興味がないのだが、真珠だけは別物である。しかし、カフスやネクタイピンでは傷がつきやすいために、かえっていいものがなく、身につけようもない。悔しい。小学校六年生の時、なけなしのお年玉を溜めた小遣いで、母の誕生日に傷物を用いた千円の真珠のブローチを買ったのを思い出す(母は終生それを宝物としていた)。僕は、その時から、真珠に惹かれていたのだと思う。ちなみに、‘pearl’の有力な語源説としては、‘perna’という二枚貝を表すラテン語の俗化した(シチリア島とイタリア南部で使用されているロマンス語の一種であるシチリア語(sicilianu)由来とも言われる)‘perla’が元とされる。則ち、これも貝由来のようである。
「蚫〔(あはび)〕」現行の和名「アワビ」自体が腹足綱原始腹足目ミミガイ科 Haliotidae のアワビ属 Haliotis の総称であるので、国産十種でも、一般に知られている食用種のクロアワビ Haliotis discus discus ・メガイアワビ Haliotis gigantea ・マダカアワビ Haliotis madaka ・エゾアワビ Haliotis discus hannai (クロアワビの北方亜種であるが同一種説もあり)・トコブシHaliotis diversicolor aquatilis ・ミミガイ Haliotis asinina の六種を挙げておけば、とりあえずは主要な真珠形成種(或いは近世以前に真珠を産むアワビとして認識されていた種)は包括され得るものと私には思われる。因みに私自身、実際に食した際にクロアワビとトコブシの二例で、石灰化した小指の先ほどの真珠紛いの異物を見つけたことがある。なお、腹足綱Gastropoda(巻貝類)で自然真珠を形成するケースは二枚貝綱Bivalvia(二枚貝類)に比べると、遙かに少ない。これは殼口が異常に拡張形成されて、岩礁上で吸着・匍匐する彼らの生態上の特異性が、内面での真珠層形成の著しいことと相俟って、異物混入と真珠形成を生じやすいことによるのであろうが、非常に古くから、アワビが真珠を持つことは説話や伝承で残されており、中世以前は、恐らく、真珠は、まず、深海の巨大なアワビが持っており、妖しい光りを放つ宝玉として、やや妖怪的に記載されていることが多いように私には感じられる。益軒はアワビ類を「大和本草卷之十四 水蟲 介類 石決明」で既に出している。
「蛤〔(はまぐり)〕」「がふ」と読んで二枚貝全般としてもよいのだが、それでは、前の「鮑」とバランスが悪いから、斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ科ハマグリ亜科ハマグリ属ハマグリ Meretrix lusoria と、ハマグリ属チョウセンハマグリ Meretrix lamarckii(本邦では房総半島以南の太平洋側及び能登半島以南の日本海側に分布する。外来種ではないので注意。「チョウセン」は日本人が真正のものと異なるものに付けたがった悪しき和名に冠する補助語であり(カムルーチの異名のチョウセンドジョウのような正しい棲息地の一つであるケースもあるにはある)、私は差別的なものを感じるので、これこそ改名すべきものであると考えている。因みに、同じくハマグリでは三度、やはり石灰化した紛い珠を見つけており、他に大好物のマガキの中には、複数回、発見しており、最大級のものはパチンコ玉をやや小さくした大きなものさえあった。但し、真っ白な炭酸カルシウムの玉状のものだった。
「蚌(どぶがい)」益軒はこれをカラスガイの異名と考えていることは、「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蚌」で明らかであり、多くの現代の一般人もそう思っている人が多いが、これは誤りである。
斧足綱古異歯亜綱イシガイ目イシガイ科ドブガイ属 Sinanodonta に属する大型のヌマガイ Sinanodonta lauta(ドブガイA型)
と、小型の、
タガイ Sinanodonta japonica(ドブガイB型)
の二種が「ドブガイ」であり、
イシガイ科イケチョウ亜科カラスガイCristaria plicata
及び同属の、琵琶湖固有種である、
メンカラスガイCristaria plicata clessini (カラスガイに比して殻が薄く、殻幅が膨らむ)
は全くの別種なのである。カラスガイとドブガイとは、その貝の蝶番(縫合部)で識別が出来る。カラスガイは左側の擬主歯がなく、右の後側歯はある(擬主歯及び後側歯は貝の縫合(蝶番)部分に見られる突起)が、ドブガイには左側の擬主歯も右の後側歯もない。私の「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」の「蚌(どぶがい)」及び「馬刀(からすがい)」の項の注で詳細に分析しているので参照されたい。
「あさり貝」異歯亜綱マルスダレガイ上科マルスダレガイ科アサリ亜科アサリ属アサリ Ruditapes philippinarum 及びアサリ属ヒメアサリ Ruditapes variegatus(アサリよりも殻幅や套湾入が、若干、小さい)。これも私はビーズ玉のような小さなものを何度も発見したことがある。
「輕粉」古く中国から伝えられた薬品で、駆梅薬や白粉(おしろい)の原料にした白色の粉末。塩化水銀(Ⅰ)=甘汞 (かんこう)が主成分で、水に溶けにくく、毒性は弱い。「水銀粉」と書いて「はらや」とも呼び、また、「伊勢おしろい」とも称した。
「燈芯」蠟燭の芯であるが、これは恐らく紙製のそれではなく、単子葉植物綱イネ目イグサ科イグサ属イグサ Juncus decipiens の花茎の髄を乾燥させた非常に軽いそれであろう。
「同じくして」一緒にして。
「香盒」香を入れる小さな容器。漆器・木地・蒔絵 ・陶磁器などがある。香箱。
「久しくありて、子を生ず」化学的説明は出来ぬが、塩化水銀の影響を受けて真珠の表面が変成して剥離し、それが先の「燈芯」に附着して、小さな球のようになるものか? 私はここを読みながら、即座に本邦に古くからある謎の毛のような生物或いは物質である「ケサランパサラン」を想起した。一説に、ケサランパサランは、穴の開いた桐の箱の中で白粉を与えることで飼育が可能で、増殖したり、持ち主に幸せを呼んだりすると言われてきたからで、まさに、ここの益軒の謂いは、その飼育のシークエンスにそっくりだからである。その正体の考証は「想山著聞奇集 卷の壹 毛の降たる事」の私の注を、是非、どうぞ!]