怪談老の杖卷之三 狐のよめ入
○狐のよめ入
上州のたばこ商人(あきんど)に、高田彥右衞門と云ふ者あり。神田村[やぶちゃん注:群馬県藤岡市神田(じんだ:グーグル・マップ・データ)か。]といふ處に住みけり。
或時、同村の商人仲間とつれ立て、□□□[やぶちゃん注:底本では枠囲みで『原文脫字』とある。所持する版本も、ほぼ三字分である。]村と云ふ所へ行(ゆき)、日くれて歸るとて、はるかむかふに、三百張(ぱり)ばかり、提燈の來る體(てい)なり。
三人ながら、
『あやしき事かな。海道にてもなければ、大名衆の通り給ふべき樣もなし、樣(やう)あらん。』[やぶちゃん注:「樣あらん」は、「具体には判らぬけれど、何か特別な訳があるのだろう」の意。]
と、おもひて、高き處へあがりて、見て居(をり)ければ、通りより少し下に、田のありける中を、かの、てうちん、とをりけるが[やぶちゃん注:ママ。後も同じ。]、かちのもの[やぶちゃん注:「徒(かち)の者」。徒侍(かちざむらい)。徒歩で供奉する武士、或いは、行列の先導を務める侍。]・駕わき[やぶちゃん注:駕籠の脇に付く番士。]・中間(ちゆうげん)・おさへ[やぶちゃん注:行列の最後にあって、前の散乱を指摘して整える者。殿(しんがり)。]、六しやく[やぶちゃん注:「六尺」前後で駕籠を担ぐ役を言う。「怪談登志男 廿七、麤工醫冨貴」の私の注を参照。]、なに一(ひとつ)でもかけたる事、なし。
てうちんには、紋所なく、明りも、常のてうちんとは、かはりて、たゞあかくみゆるばかりなり。
田の中を、ま一文字に、とをりて、むかふの林の中へ入(いり)ぬ。
「扨こそ。『狐のよめ入(いり)』といふもの、なるべし。」
と、いひあへり。此村の近處には、「きつねのよめ入」といふ事、度々、見たる人あり、といへり。
[やぶちゃん注:ちょっと、ぞくっとした。私の父は若き日、敗戦の後、考古学者酒詰仲男先生とともに群馬県多野郡神流(かんな)町の神流川(グーグル・マップ・データ)上流で縄文・弥生の遺跡発掘をしたが、その時、泊まった農家の向かいの山に幾つもの灯が列を成して登ってゆくの見、主人に尋ねると、「狐の嫁入りじゃ」とこともなげに答えたというのだ。この「神田村」は――その神流川の下流に――ある――のである!]
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