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2021/03/25

「和漢三才圖會」巻第五十八「火類」より「㷠」(燐・鬼火)

 

Onibi

 

おにひ   燐【俗字】 鬼火

㷠【音鄰】

 

本綱云 田野燐火人及牛馬兵死者血入土年久所化皆

精靈之極也其色青狀如炬或聚或散來迫奪人精氣

但以馬鐙相戛作聲卽滅故張華云 金葉一振遊光斂色

△按螢火常也狐火亦不希鼬鵁鶄蜘蛛皆有出火凡霡

 霖闇夜無人聲則燐出矣皆青色而無焰芒也

 比叡山西麓毎夏月闇夜㷠多飛於南北人以爲愛

 執之火疑此鵁鶄之火矣七条朱雀道元火河州平岡

 媼火等古今有人口相傳是亦鳥也然未知何鳥也

 

○やぶちゃんの書き下し文

おにび   燐【俗字。】。鬼火。

㷠【音、「鄰」。】

 

「本綱」に云はく、『田野の燐火、人、及び、牛馬の兵、死する者の血、土に入りて、年久〔しくして〕化す所。皆、精靈〔(しやう)りやう〕の極みなり。其の色、青く、狀〔(かたち)〕、炬(たいまつ)のごとし。或いは聚(あつ)まり、或いは散じ、來〔たり〕迫(せま)りて人の精氣を奪ふ。但〔ただ〕、馬の鐙(あぶみ)を以つて、相ひ戛(う)つて聲を作〔(な)〕すときは、卽ち、滅(き)ゆる。故に張華が云ふ、「金葉、一たび、振るつて、遊光、色を斂(をさ)む」と』と。

△按ずるに、螢火は常なり。狐火も亦、希(まれ)ならず。鼬(いたち)・鵁鶄(ごいさぎ)・蜘蛛、皆、火を出〔(いだ)〕すこと、有り。凡そ、霡霖(こさめふ)り、闇夜〔にして〕、人聲、無きときは、則ち、燐〔(おにび)〕、出づ。皆、青色にして、焰-芒(ほのほ)無し。

比叡山、西の麓、毎夏月、闇夜、㷠〔(おにび)〕、多く、南北に飛ぶ。人、以つて「愛執の火」と爲す。疑ふらくは、此れ、鵁鶄の火ならん。七条・朱雀の「道元の火」、河州平岡の「媼(うば)が火」等、古今、人口に有り。相ひ傳ふ、「是れも亦、鳥なり」と。然れども、未だ何鳥というふことを知らざるなり。

[やぶちゃん注:ウィキの「鬼火」の「考察」によれば、『目撃証言の細部が一致していないことから考えて』、『鬼火とは』、『いくつかの種類の怪光現象の総称(球電』(雷の電気によって生じる放電(電光)現象の一種で、雷雨の後などに赤く輝くボール状の発光体が固定物に沿ってか、或いは中空を飛ぶようにゆっくり移動するもの。極めて稀れで、発生機序もよく解明されていない)・『セントエルモの火』(St. Elmo's fire:雷雨や嵐の夜、避雷針・風向計・船のマストなどのように地表からの突起物に観察される持続的な弱い放電現象(コロナ放電)。この名は、嘗て地中海の船人が、船乗りの守護聖人「セント・エルモ」(St.Elmo:エラスムスErasmusの訛り)の加護のしるしであると考えたことに由る。通常は青若しくは緑色を呈し、時に白や紫色のこともある。頭上に積乱雲が来て、放電が強くなると、「シュー、シュー」という音がすることもある)『など)と考えられる。雨の日によく現れることから、「火」という名前であっても単なる燃焼による炎とは異なる、別種の発光体であると推察されている』。『注目すべきは』、『昔はそんなに珍しいものでもなかったという点である』(私の父は敗戦後すぐの縄文遺跡調査の折り、神流川上流の山村で、向かいの山に狐火を見ており、私の母も戦前の幼少の頃、墓地で光るそれを見、歯科医であった父から「あれは燐が燃えているだけだ」と教えられていた。私は残念なことに鬼火を見たことはない)。『紀元前の中国では、「人間や動物の血から燐や鬼火が出る」と語られていた。当時の中国でいう「燐」は、ホタルの発光現象や、現在でいうところの摩擦電気も含まれており、後述する元素のリンを指す言葉ではない』。『一方の日本では、前述の』「和漢三才図会」の『解説によれば、戦死した人間や馬、牛の血が地面に染み込み、長い年月の末に精霊へと変化したものとされていた』。「和漢三才図会」刊行から一世紀後の十九世紀以降の『日本では、新井周吉の著書』「不思議弁妄」を『始めとして「埋葬された人の遺体の燐が鬼火となる」と語られるようになった。この解釈は』一九二〇年代(大正九年から昭和四年)『頃まで支持されており、昭和以降の辞書でもそう記述されているものもある』。『発光生物学者の神田左京はこれを』、一六九六『年にリンが発見され、そのリンが人体に含まれているとわかったことと、日本ではリンに「燐」の字があてられたこと、そして前述の中国での鬼火と燐の関係の示唆が混同された結果と推測している』。『つまり死体が分解される過程でリン酸中のリンが発光する現象だったと推測される。これで多くの鬼火について一応の説明がつくが、どう考えてもリンの発光説だけでは一致しない証言もかなり残る』。『その後も、リン自体ではなくリン化水素のガス体が自然発火により燃えているという説、死体の分解に伴って発生するメタンが燃えているという説、同様に死体の分解で硫化水素が生じて鬼火の元になるとする説などが唱えられており、現代科学においては放電による一種のプラズマ現象によるものと定義づけられることが多い』。『雨の日に多いということでセントエルモの火(プラズマ現象』(plasma。「電離気体」。固体・液体・気体に次ぐ物質の第四の状態で、狭義のそれは、気体を構成する分子が電離し、陽イオンと電子に分かれて運動している状態であり、電離した気体に相当する)『)と説明する学者もいる。物理学者・大槻義彦もまた、こうした怪火の原因がプラズマによるものとする説を唱えている』。『さらに真闇中の遠くの光源は止まっていても暗示によって動いていると容易に錯覚する現象が絡んでいる可能性も』あろう。『いずれの説も一長一短がある上、鬼火の伝承自体も前述のように様々であることから、鬼火のすべてをひとつの説で結論付けることは無理がある』。『また、人魂や狐火と混同されることも多いが、それぞれ異なるとする説が多い一方、鬼火自体の正体も不明であるため、実のところ区別は明確ではない』とある。また、本篇を紹介し、『松明の火のような青い光であり、いくつにも散らばったり、いくつかの鬼火が集まったりし、生きている人間に近づいて精気を吸いとるとされる』。『また』、『同図会の挿絵からは、大きさは直径』二=三センチメートルから、二十~三十『センチメートルほど』で、『地面から』一~二『メートル離れた空中に浮遊すると推察されている』。『根岸鎮衛による江戸時代の随筆耳嚢巻之十「鬼火の事」にも、箱根の山の上に現れた鬼火が、二つにわかれて飛び回り、再び集まり、さらにいくつにも分かれたといった逸話が述べられている』とする。これは私の「耳嚢 巻之九 鬼火の事」を見られたい。以下、『現在では、外見や特徴にはさまざまな説が唱えられている』として、その外観は、『前述の青が一般的とされるが』、『青白、赤、黄色のものもある』。『大きさも、ろうそくの炎程度の小さいものから、人間と同じ程度の大きさのもの、さらには数メートルもの大きさのものまであ』り、その出現する数は、一個か二個しか『現れないこともあれば、一度に』二十個から三十『個も現れ、時には数え切れないほどの鬼火が一晩中、燃えたり消えたりを繰り返すこともある』。出没時期は、『春から夏にかけて』で、『雨の日に現れることが多』く、出没場所は、『水辺などの湿地帯、森や草原や墓場など、自然に囲まれている場所によく現れるが、まれに街中に現れることもある』とし、『触れても火のような熱さを感じないものもあれば、本物の火のように熱で物を焼いてしまうものもある』と属性を記す。以下、「鬼火の種類」を引く。『鬼火の一種と考えられている怪火に、以下のようなものがある。これらのほかにも、不知火、小右衛門火、じゃんじゃん火、天火といった鬼火がある』『(詳細は内部リンク先を参照)。狐火もまた、鬼火の一種とみなす説があるが、厳密には鬼火とは異なるとする意見もある』として、各地の個別例を挙げる。「遊火(あそびび)」は『高知県高知市や三谷山で、城下や海上に現れるという鬼火。すぐ近くに現れたかと思えば、遠くへ飛び去ったり、また一つの炎がいくつにも分裂したかと思えば、再び一つにまとまったりする。特に人間に危害を及ぼすようなことはないという』。「いげぼ」は『三重県度会郡での鬼火の呼称』。「陰火(いんか)」は『亡霊や妖怪が出現するときに共に現れる鬼火』。「風玉(かぜだま)」は『岐阜県揖斐郡揖斐川町の鬼火。暴風雨が生じた際、球状の火となって現れる。大きさは器物の盆程度で、明るい光を放つ』。明治三〇(一八九七)『年の大風』の際には、『山から』、『この風玉が出没し』、『何度も宙を漂っていたという』。「皿数え(さらかぞえ)」は妖怪画集で知られる鳥山石燕の「今昔画図続百鬼」にある怪火で、『怪談で知られる』「番町皿屋敷」の『お菊の霊が井戸の中から陰火となって現れ、皿を数える声が聞こえてくる様子を描いたもの』、「叢原火・宗源火(そうげんび)」は同じ石燕の「画図百鬼夜行」にある『京都の鬼火』で、『かつて壬生寺地蔵堂で盗みを働いた僧侶が仏罰で鬼火になったものとされ、火の中には僧の苦悶の顔が浮かび上がっている』。『江戸時代の怪談集』「新御伽婢子」にも『この名が』出る。「火魂(ひだま)」は『沖縄県の鬼火。普段は台所の裏の火消壷に住んでいるが、鳥のような姿となって空を飛び回り、物に火をつけるとされる』。「渡柄杓(わたりびしゃく)」は『京都府北桑田郡知井村(のちの美山町、現・南丹市)の鬼火。山村に出没し、ふわふわと宙を漂う青白い火の玉。柄杓のような形と伝えられているが、実際に道具の柄杓に似ているわけではなく、火の玉が細長い尾を引く様子が柄杓に例えられているとされる』。知られた「狐火(きつねび)」は、『様々な伝説を産んできた正体不明の怪光で、狐が咥えた骨が発光しているという説がある。水戸の』茨城町を中心に県内外で活躍した民俗研究家更科公護(きみもり)氏は、『川原付近で起きる光の屈折現象と説明している』。『狐火は、鬼火の一種とされる場合もある』とする。

「㷠」は「燐」の小篆に基づく字体のようである。

『「本綱」に云はく……』良安の評言の前までを総て引用としたが、実際には「本草綱目」の記載はもっと乏しい。巻六の「火部」の内の「陽火隂火」の中の一節「野外之鬼燐」で(「本草綱目」ではこの「火部」は特異的に全体の記載も少ない)、

   *

野外之鬼燐【其火色靑其狀如炬或聚或散俗呼鬼火或云諸血之燐光也】

(野外の鬼燐【其の火の色、靑く、其の狀ち、炬のごとし。或いは聚まり、或いは散ず。俗に「鬼火」と呼ぶ。或いは云ふ、「諸血の燐光なり」と。】)

   *

流石に、良安もあまりにもしょぼくらしいと感じたものか、文字列で中文サイトで調べると、

同じ「本草綱目」の巻八の「金石部」の「馬鐙」の「主治」に、

   *

田野燐火、人血所化、或出或沒、來逼奪人精氣、但以馬鐙相戛作聲卽滅。故張華云「金葉一振、遊光斂色【時珍。】。

(田野の燐火、人血の化する所、或いは出でて、或いは沒し、來たり逼まりて、人の精氣を奪ふに、但だ、馬の鐙を以つて相ひ戛(かつ)して聲を作(な)さば、卽ち、滅す。故に「張華」云はく、「金葉、一たび、振るひて、遊光、色を斂(をさ)む」と【時珍。】。

   *

と相同部分があるのを見つけた。これをカップリングしたのである。

「張華」晋(二六五年~四二〇年)の名臣(呉を伐つに功あって最高職である三公の一つである司空に任ぜられた)で、学者でもあった張華(二三二年~三〇〇年)。彼が撰した博物誌「博物志」は散逸しているものの、「本草綱目」に見るように、多くの本草書に引用されて残っており、これがまた、非常に面白い内容を持つ。

「金葉」古代中国に於ける鐙は専ら馬に乗るためのもので、そこは木の葉のような楕円を成し、当初より金属製であった。

「鼬(いたち)」日本固有種食肉(ネコ)目イヌ亜目イタチ科イタチ亜科イタチ属ニホンイタチ(イタチ)Mustela itatsi は、本邦の民俗社会では、古くから、狐狸同様に人を化かすとされていたので妖火とは親和性が強くイタチの群れは火災を引き起こすとされ、イタチの鳴き声は不吉の前兆ともされてきた。「和漢三才図会巻第三十九 鼠類 鼬(いたち) (イタチ)」の本文と私の注を参照されたい。

「鵁鶄(ごいさぎ)」本来は「五位鷺」であるから、歴史的仮名遣は「ごゐさぎ」が正しい。ペリカン目サギ科サギ亜科ゴイサギ属ゴイサギ Nycticorax nycticorax であるが、彼らが発光するというのは、怪奇談の中では極めてメジャーなもので、疑似怪談も私の蒐集した怪奇談では枚挙に暇がない。私が最初に扱ったものでは、「耳囊 卷之七 幽靈を煮て食し事」である(ここでは眼が光ったのであって、発光の説明はつく)。サギ類は目が光り、また、白色・青白色の翼は他の外光がなくても、闇夜でもぼんやりと見え、それはあやしいもやもやの光りのように感ぜられることはある。それにしても、サギが妖光を放つことは、かなり古くから言い伝えられているから、或いは彼らの摂餌生物に発光性物質を含むものがいるか、胴体への何らかの発光物質(プランクトンやバクテリア)が附着する可能性も範疇に入れておく必要があると私は考えている。但し、私は有意に光る鷺を現認したことはない。「和漢三才圖會第四十一 水禽類 鵁鶄(ごいさぎ)」にも光るとする記載があるので参照されたい。

「蜘蛛」私自身、経験があるが、大型種の場合、真っ暗に見える部屋でも、複数の眼が光ることは確かである。また、クモ類の出す糸には紫外線を反射する性質があり、僅かな可視光線でも夜中でも容易に光る(花弁は紫外線を反射する性質を有し、それを頼りとして多種の昆虫はそこに群がるように仕組んである。ある種のクモ類はこれを逆手にとって、紫外線を反射する糸で、幾何学的で綺麗な模様の巣を作り、それを花と錯覚させて、虫を誘き寄せて捕食している(因みにクモ類の眼もチョウやガなどと同じく紫外線を見ることが出来る)。

「霡霖(こさめふ)り」「霡」は「小雨」、「霖」は本来は「三日以上降り続く長雨」。本来はこの熟語(漢語)も「長雨」を指すが、次義で「小雨」の意もある。

『比叡山、西の麓、毎夏月、闇夜、㷠〔(おにび)〕、多く、南北に飛ぶ。人、以つて「愛執の火」と爲す』この伝承は他に確認出来ない。場所が場所だけに、破戒僧のそれかとも考えてしまう私がいる。

『七条・朱雀の「道元の火」』私の「柴田宵曲 妖異博物館 怪火」を参照。

『河州平岡の「媼(うば)が火」』「河内平岡」は現在の大阪府東大阪市枚岡(ひらおか)地区かと思われる。非常に古くは「平岡」と書いた。私の「諸國里人談卷之三 姥火」を参照。類似の怪火で火の中に老婆の顔があるというキョワい妖火が、同じく「柴田宵曲 妖異博物館 怪火」に出る。

「人口に有り」世間の人が、多く語っており、メジャーであるというのある。

 

 因みに、私のサイトや、このブログの「鬼火」は、私の偏愛するフランスの作家ピエール・ウジェーヌ・ドリュ・ラ・ロシェル(Pierre Eugène Drieu La Rochelle 一八九三年~一九四五年)の‘Le Feu Follet ’(「消えゆく炎」:一九三一年発表)及びそれを原作とした大好きなルイ・マル監督の‘LE FEU FOLLET ’(映画邦訳題「鬼火」)に基づくものであって、何ら、関係は、ない。――私の魂は鬼火にさえならぬ――]

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