大和本草卷之十六 河童(かはたらう) (水棲妖獣河童)
【和品】
河童 處々大河ニアリ又池中ニアリ五六歲ノ小兒ノ如ク
村民奴僕ノ獨行スル者往々於河邊逢之則精神昏冒
スト云此物好ンテ人ト相抱キテ角力其身涎滑ニ乄捕定
ガタシ腥臭滿鼻短刀ニテ欲刺不中角力人ヲ水中ニ
引入レテ殺スコトアリ人ニ勝コトアタハサレハ沒水而見
ヱス其人忽恍惚ト乄如夢而歸家病コト一月許其症
寒熱頭痛遍身疼痛爪ニテ抓タルアト有之此物人
家ニ往々爲妖種々怪異ヲナシテ人ヲ惱ス叓アリ狐妖
ニ似テ其妖災猶甚シ本艸綱目蟲部濕生類溪鬼蟲
ノ附錄ニ水虎アリ與此相似テ不同但同類別種ナルヘ
シ於中夏之書予未見有此物
○やぶちゃんの書き下し文
【和品】
河童(かはたらう) 處々、大河にあり。又、池〔の〕中にあり。五、六歲の小兒のごとく、村民・奴僕の獨行する者、往々、河邊に於いて、之れに逢へば、則ち、精神、昏冒〔(こんぼう)〕すと云ふ。此の物、好んで人と相ひ抱〔(いだ)〕きて、力を角〔(きそ)〕ふ。其の身、涎滑〔(ぜんかつ)〕にして、捕り定めがたし。腥〔(なまぐさ)き〕臭〔ひ〕、鼻に滿つ。「短刀(わきざし)にて刺さん」と欲すれども、中〔(あた)〕らず。力を角ふて、人を水中に引き入れて、殺すこと、あり。人に勝つこと、あたはざれば、水に沒して見ゑず[やぶちゃん注:ママ。]。其の人、忽ち、恍惚として、夢のごとくにして、家に歸り、病むこと、一月〔(ひとつき)〕許り、其の症、寒熱・頭痛・遍身〔の〕疼痛〔なり〕。爪にて抓(か)きたるあと、之れ、有り。此の物、人家に、往々、妖を爲す。種々、怪異をなして、人を惱ます事あり。狐妖に似て、其の妖災、猶ほ、甚だし。「本艸綱目」〔の〕「蟲部・濕生類」〔の〕「溪鬼蟲」の「附錄」に、「水虎」あり、此れと相ひ似て、同じからず。但〔(ただ)〕、同類・別種なるべし。中夏の書に於いて、予、未だ、此の物、有るを見ず。
[やぶちゃん注:私は想像上の幻獣・妖怪であっても、水族として採用する。特に河童は私は本邦のオリジナルな特異水獣(妖怪)として採り上げぬ訳にはゆかぬ。その点で、益軒の「和品」とし、最後の謂いも完全に賛同するものである。私の河童に対する博物学的認識は、最近の電子化になる「怪談老の杖卷之一 水虎かしらぬ」の注で、やや詳しく注しているので、そちらを是非、参照されたい。
「昏冒」漢方では、完全な失神ではなく、重い眩暈(めまい)や立ち眩みを指すようである。
「角〔(きそ)〕ふ」当初は「くらぶ」と訓じてみたが、直後のそれでは、そうは読めないと感じたので、かく訓じておいた。
「涎滑」河童定番の生態であるが、涎(よだれ)のような粘液で全身が覆われており、それがべたつき、ぬるぬるするために、相撲をとっても、或いは捕獲しようとしてしても、上手く摑めないことを意味している。
『「本艸綱目」〔の〕「蟲部・濕生類」〔の〕「溪鬼蟲」の「附錄」に、「水虎」あり』「怪談老の杖卷之一 水虎かしらぬ」の私の注を参照。
「中夏」「中華」に同じい。漢籍。
これを以って巻之十六のピック・アップを終わり、やっと本来の「附錄」に戻る。]
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