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2021/04/06

芥川龍之介書簡抄28 / 大正三(一九一四)年書簡より(六) 井川恭宛短歌二十五首

 

大正三(一九一四)年七月(年月推定)・井川恭宛(転載)

 

麥畑の萠黃天鷲絨芥子の花五月の空にしら雲のわく

うかれ女のうすき紫よりかきつばたうす紫ににほひそめけむ

  京都旅情 三首

春漏の水のひゞきかあるはまた舞姬のうつ遠き皷か

燕の半剝げたる金泥の欄に糞する春の夕ぐれ

四條橋ロマンチツクの少年は千鳥をきゝて淚しにけり

  奈良卽興 二首

春雨の朱雀大路をゆくときはうすむらさきのおほがさもがな

しろがねの目貫の大刀をはきし子の行方しらずも春の雨ふる

  潮來 二首

あそび屋の瓦にふりし屋根の棟たんぽぽさけり春やいづこに

三味線の音こそ流るれ曇り日の廓の裏の玉葱の畑

カンフルのあはきうれひに櫻さく白しまばゆし病室の窓

かはたれの櫻はさびしうす黃なる水藥のめばしらしらとちる

草よ草よすゝびし町の屋の棟に小さく黃いろき花つけにけり

ロザリンの白きジユポンをなつかしむ五月の朝のひなげしの花

空色のうすものしたる洋妾がバルコンにかふ桃色いんこ

  歌舞伎座三月狂言所見 二首

獨吟の春になやめるけはひより舞臺の櫻ちりそめにけむ

ほの赤く岐阜提燈もとぼりけり「吉野靜」の春の夕ぐれ

なやましく春はくれゆく踊子の金紗の裾に春はくれゆく

刈麥のにほひに雲もうす黃なる野薔薇のかげの夏の日の戀

薔薇の風 DURIAN GRAY の頰をふくうらわかき日のかなしみをふく

やわらかくふかむらさきの天鵞絨をなづるこゝちか春のくれゆく

若き日の朽つるにほひかあるはまたさうびの花のしぼむにほひか

紅き薔薇胸にはさめるみやび男が靴をぬらしてはるゝ雨かな

たよりなく日ごとにふるふ春淺き黃水仙(ナツシイアス)の戀ならなくに

白芥子の花もなつかし丈長の髮つやゝかに君のゆふ時

夕つゞや露臺に白き芥子おきて君まつ宵は近づくらしも

 

[やぶちゃん注:これはまず、転載(底本の「後記」によれば、以降の井川からの書簡は一部を除いて、角川書店版「芥川龍之介全集別巻」に拠ったものである旨が記されてある)であることから、書簡本文がカットされている可能性が高いと思われる。また、これは底本に岩波旧全集では、一の宮滞在中の書簡群の間に挿入されてあるのだが、これは七月と推定されたことから、日付確定書簡の最後にこれを配置したに過ぎないと判断され、そもそもこの二十五首の中に、一首たりとも一の宮での詠と思しきものが全く見当たらないことからも、これは一の宮に出発する以前の七月上・中旬或いはそれ以前のものと考えられる。しかも、少なくともこれらの短歌群の作品内時制には激しい時制の隔たりがある。例えば、「京都旅情」「奈良卽興」とあるが、芥川龍之介はこの直近に京都・奈良には旅していない。確認し得るそれは、五年も前の府立三中五年時の明治四二(一九〇九)年七月のことであり、「潮來」とある旅も、明治四十三年三月末の三中卒業直後に三中の友人砂岡豊次郎と遊んだ時のことである(未定稿紀行「潮來行」有り)。則ち、これらは古い手帖に記した初期形はあったのかも知れないが、高い確率で回想吟として詠まれたものと私は考えている。だいたいからして、後で個々に示すが、何よりもこの二十五首の内の七首は既に述べた大正三(一九一四)年五月発行の『心の花』に「柳川隆之介」の署名で掲載された「紫天鵞絨(むらさきびろうど)」十二首の中の相同歌及び改稿された相似歌なのである。

「麥畑の萠黃天鷲絨芥子の花五月の空にしら雲のわく」「やぶちゃん版編年体芥川龍之介歌集 附やぶちゃん注」と対照されたいが、『心の花』の「紫天鵞絨」の、

 麥畑の萌黃天鵞絨芥子(けし)の花五月の空にそよ風のふく

の相似歌。

「うかれ女のうすき紫よりかきつばたうす紫ににほひそめけむ」同じく「紫天鵞絨」の掉尾、

 うかれ女のうすき戀よりかきつばたうす紫に匂ひそめけむ

の表記違いの相同歌。

「春漏の水のひゞきかあるはまた舞姬のうつ遠き皷か」同じく「紫天鵞絨」中の、

 春漏の水のひゞきかあるはまた舞姫のうつとほき鼓か(京都旅情)

の表記違いの相同歌。

「カンフル」kamfer(オランダ語)・Kampfer(ドイツ語)。樟脳の医薬名。中枢神経興奮薬。局所刺激作用を持ち、強心・血圧上昇・呼吸増大をきたす。嘗ては衰弱時の興奮剤としてカンフル注射液はよく用いられたが、作用が不確実なことから、現在では殆んど用いられない。なお、カンフル自体はそのままでは心拍運動への抑制作用を有するが、体内で酸化されると、逆に強い強心作用を呈するものである。なお、この一首と次の一首は、病床のそれで、特に次のものは、描写は龍之介自身のように読める。但し、これ以前、春の桜時節に彼が病臥・入院した記録は年譜上は見出せない。

「ロザリン」ウィリアム・シェイクスピア作の喜劇「お気に召すまま」(As You Like It :初演一六〇〇年頃)の主人公で前公爵の娘ロザリンド(Rosalind)。

「ジユポン」ズボン。フランス語の jupon(ジュポン)が語源。但し、jupon は女性がスカートの内側に履くペチコートのことであり、男性が身に纏うゆったりとした衣服を言うアラビア語の「djubba」が語源。但し、ここは男性用のぴっちりしたズボン(今で言う気持ちの悪い発音の「パンツ(↗)」である)のことである。同戯曲でロザリンドは男装する。当該英文ウィキのこの画像を参照。

『ほの赤く岐阜提燈もとぼりけり「吉野靜」の春の夕ぐれ』同じく「紫天鵞絨」中に、

 ほの赤く岐阜提燈もともりけり「二つ巴」の春の夕ぐれ(明治座三月狂言)

という

確信犯の改変相似歌がある。そこで注したが、「紫天鵞絨」の方に出る「二つ巴」は歌舞伎の外題で、木村円次作「増補双級巴」(ぞうほふたつどもえ)のことで、幾つかのピカレスク石川五右衛門を扱った作品の名場面を繋ぎ合わせた狂言である。岩波版新全集第一巻の清水康次氏の注解に、昭和三(一九二八)年歌舞伎出版部刊の木村錦花「明治座物語」によれば、当時、日本橋久松町にあった明治座では大正三(一九一四)年三月に「増補双級巴」他を公演しているとある。但し、こちらは「歌舞伎座三月狂言所見」とあって、劇場が異なる。「吉野靜」とは、義経と別れた後の静の物語を描いた能を元にした歌舞伎狂言かと思われるが、私は文楽好きの歌舞伎嫌いなのでよく判らない。能の「吉野靜」も桜が絡むものだから、問題はないが、こういうゲスな改変は詩歌として品位が著しく下がるもので、やるべきではない。しかも、一回、公にした短歌を、である。ちょっと失望した。

「なやましく春はくれゆく踊子の金紗の裾に春はくれゆく」同じく「紫天鵞絨」中に、

 なやましく春は暮れゆく踊り子の金紗の裾に春は暮れゆく

とあるものの相同歌。」「やぶちゃん版編年体芥川龍之介歌集 附やぶちゃん注」で私はこの歌に注して、

   *

底本後記によれば、掲載された『心の花』では、

なやましく春は暮れゆく踊り子の金紗の裾に春は暮れにけり

となっているとあり、『小型版全集に據り改む。』とあるのであるが、そう改めた根拠が全く示されていない。これはおかしな校訂である。短歌の苦手な私でさえ初読時――「暮れゆく……暮れゆく」とは拙いな――と感じた。字余りであっても断然、「暮れにけり」の方がいい。私はこちらを芥川の真作と採るものである。

   *

としたが、あくまでここで龍之介が『心の花』掲載形に反してこう書くということは、この原歌はやはりこの「春は暮れゆく」のリフレインだったらしい。これはしかし、短歌と言うよりは、定型詩の印象だが、しかし、まさにそこが龍之介の新短歌の確信犯だったものらしい。

「刈麥のにほひに雲もうす黃なる野薔薇のかげの夏の日の戀」同じく「紫天鵞絨」中の、

 刈麥のにほひに雲もうす黄なる野薔薇のかげの夏の日の戀

の完全相同歌。

「DURIAN GRAY」オスカー・ワイルド(Oscar Wilde 一八五四年~一九〇〇年)唯一の長編幻想小説にして私の好きな「ドリアン・グレイの肖像」(The Picture of Dorian Gray :一八九〇年刊)の主人公。

「やわらかくふかむらさきの天鵞絨をなづるこゝちか春のくれゆく」「やわらかく」はママ。同じく「紫天鵞絨」の巻頭を飾る、

 やはらかく深紫の天鵞絨をなづる心地か春の暮れゆく

表記違いの相同歌。

「若き日の朽つるにほひかあるはまたさうびの花のしぼむにほひか」私の号「心朽窩主人」は偏愛する中唐の詩人李賀の「贈陳商」の冒頭の一節「二十心已朽」(二十にして 心 已に朽ちたり)に拠るものだ。私の「心朽窩主人印 謝李賀」を見られたい。

「たよりなく日ごとにふるふ春淺き黃水仙(ナツシイアス)の戀ならなくに」「ナツシイアス」のルビはママ(判読の誤りが疑われる)。これは、こちらの大正二(一九一三)年三月二十六日附山本喜誉司宛書簡に、

 たよりなく日ごとにふるふ春淺き黃水仙(ナツシイサス)の戀ならなくに

として既に出現している。]

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