大和本草附錄巻之二 魚類 ヲコゼ (オニオコゼ)
ヲコゼ 長八九寸アリワカキハ色黑シ老タルハ紅シ口
廣クシテ。メバルノ形ノ如シ又背ハ杜父魚ニ似タリ目ハ
高ク出ツ背高シ背筋ニヒレアリ其ヒレニハリ十六ア
リ皆人ヲサス人ヲサセバ毒アリテクサル他所ニハハリ
ナシ尾ハ杜父魚ニ似タリ海魚ナリ所々ニ小イホアリ
腹ハ土スリノ如クニシテヒロシ
○やぶちゃんの書き下し文
をこぜ 長さ、八、九寸あり。わかきは、色、黑し。老いたるは紅(あか)し、口、廣くして、「めばる」の形のごとし。又、背は杜父魚(かじか)に似たり。目は、高く出づ。背、高し。背筋(せ〔すぢ〕)に、ひれ、あり、其のひれに、はり、十六あり、皆、人を、さす。人をさせば、毒ありて、くさる。他所〔(たしよ)〕には、はり、なし。尾は杜父魚に似たり。海魚なり。所々に小〔(ちさき)〕「いぼ」あり。腹は「土すり」のごとくにして、ひろし。
[やぶちゃん注:当初は新鰭亜綱棘鰭上目カサゴ目カサゴ亜目ハオコゼ科ハオコゼ属ハオコゼ Paracentropogon rubripinnis を考えたが、サイズが大き過ぎる(「八、九寸」は二十四~二十七センチメートルで、ハオコゼは大きくても十センチメートル前後にしかならない。但し、毒は強烈)ので、これは面の醜いことが書かれていないのが気になるが、最大長が三十センチメートルに達する個体もある(実際に私はそのサイズの巨大個体を唐揚げで食べたことがある。私はオニオコゼが大好物である)、
カサゴ亜目フサカサゴ科 (又はオニオコゼ科)オニオコゼ亜科オニオコゼ属オニオコゼ Inimicus japonicus
に同定する。益軒は既に「大和本草卷之十三 魚之下 をこぜ (オニオコゼ)」を出しており、その記載はオニオコゼ以外には考えられないのだが(そこでも益軒は顔が不細工とは言っていないのだが)、本「附錄」は以前から感じているのだが、本巻を書くために認(したた)めた原資料集からの抜粋附録(益軒がやや疑問を持った資料の抄出添付)のように思われ、されば、重複があってもおかしくないと考えている。「WEB魚図鑑」の「オニオコゼ」によれば、『背鰭棘は16-18棘からなり、その鰭膜は棘の半分くらいまでの深さである。胸鰭の軟条のうち、下部の2本は長く、遊離している。体色は黒っぽいもの、灰色っぽいものから鮮やかな黄色、橙色まで様々なものがいる。体長20cmほどに達する』(と小振りに記す)。『青森県~九州までの日本各地沿岸、小笠原諸島』及び『朝鮮半島沿岸、渤海、中国沿岸、台湾』に棲息し、『沿岸の浅い砂泥底に生息する普通種』であり、『温帯性で』、普通に『浅所でみられる。海水浴が行われるようなごく浅い場所』でも見出せるとある。『主に小魚や甲殻類、イカ類などの動物を捕食している』。『見た目はよくないが、肉は白身で美味、現在は高級魚として知られるようになった。また、本種は養殖も盛んに行われている』。『本種の背鰭には大きく長い棘があり、それらには強い毒をもつので、取り扱う際には十分注意する必要がある』とある。なお、背鰭の軟条の形態や鰭膜の切れ込みの形状が異なる、近縁種に、
ヒメオニオコゼ Inimicus didactylus(オニオコゼに比して鰭膜が深く切れ込み、吻がやや長い。分布域も琉球列島以南)
及び、
セトオニオコゼ Inimicus joubini(胸鰭の下から第三と第四軟条間の鰓膜が深く切れ込み、背鰭起部付近で体が著しく盛り上がり、目の前がくぼんでおらず、丸く盛り上がっているといった記載をネット上にはあるものの、採取個体(瀬戸内海)が二体程度しか確認されておらず、オニオコゼと同一種とする見解を示す人もいるようである)
がある。因みに、オニオコゼの刺毒の成分は単離されていないようであるが、猛毒のレベルで、重症になると、刺された部分の壊死の他に嘔吐・下痢・腹痛・神経麻痺・関節痛の全身症状が発症し、呼吸困難・心臓衰弱によって死に至ることもあるとされる。
「杜父魚(かじか)」カサゴ目カサゴ亜目カジカ科カジカ属カジカ Cottus pollux に代表されるカジカ類。種によっては似ていると言えなくもない。「大和本草卷之十三 魚之下 杜父魚 (カジカ類)」を参照。本属は日本固有種で、北海道南部以南の日本各地の主に淡水に棲む(カジカ Cottus pollux は一生を淡水で過ごす)が、両側回遊する種もある。但し、陸封型もあり、さればこそ益軒はこの後に「海魚なり」と言っているものと思われる。
「いぼ」「疣」。
「土すり」「腴(つちすり・つちずり)水底の土を磨(す)る意から、一般に魚の腹の太った部分、「砂摺(すなずり)」を指すが、ここはその部分が有意に広いことを言っている。]