大和本草附錄巻之二 魚類 穴きすご (トラギス或いはシロギスの大型個体)
穴キスゴ 既ニ本編ニ記セリ常ノキスゴヨリ甚大ナリ
凡キスゴ漢名未詳以膾殘魚キスゴトスベカラス
○やぶちゃんの書き下し文
穴きすご 既に本編に記せり。常の「きすご」より、甚〔だ〕大なり。凡そ、「きすご」、漢名、未だ詳らかならず。「膾殘魚」を以つて「きすご」とすべからず。
[やぶちゃん注:益軒の言っているのは、「大和本草卷之十三 魚之下 きすご (シロギス・アオギス・クラカケトラギス・トラギス)」のこと。詳しくは、そちらの本文と私の注を見られたいが、そこで私は最終的にそこに出る「穴きすご」をスズキ目ワニギス亜目トラギス科トラギス属トラギス Parapercis pulchella に比定した。しかし、ここでは『常の「きすご」より、甚〔だ〕大なり』とのみ言っているだけで、リンク先のようには、体色が赤いことを言っていないのである。そうなると、ちょっと問題が違ってくる。益軒が『常の「きすご」』と言った場合、それはスズキ目キス科キス属シロギス Sillago japonica 或いは アオギス Sillago parvisquamis ということになる。そのデカい奴はトラギスではない。想像するにシロギスの大型個体である。さて、「アナキスゴ」で検索を掛けてみた。すると、グーグルブックスで小田淳著「『何羨録』を読む―日本最古の釣り専門書」(一九九九年つり人社刊)の「釣り方のこと」の173ページが掛かってきた。そこにキス(これは釣り人の本であるから基本、正統のシロギスをまず比定してよい。ただ、後文ではアオギス或いはトラギスの名も出るには出る)『三歳以上は腹は黄色で赤みがあり、背は黒く目立ち大きいものは鱗が荒く、大サイ(ニゴイ)』(コイ目コイ科カマツカ亜科ニゴイ属ニゴイ Hemibarbus barbus )『などのようである』とあって、「大和本草」の「アナキスゴ」とは『これがそうであろう』と述べた上で、『ある人、十一月末の暖かい日に三枚洲(中川「荒川」の南の沖辺り)辺りへカレイ突きに行って、引き潮に舟を流していって、浅場の深さ七、八寸あるところを見ると、大小のキスが数多くいた。川のキスは沖へ出ずに、穴を掘って附して暖かい日にはでるのだろうという』。『根釣りの人がいうのには、柾木(鈴ヶ森の沖辺り)で水が澄んでいる時、水底を見ると、ことごとく穴があり、その穴からキス、ハゼなどが頭を出し』ていたとある。これで「穴」の意が判った。されば、二種を比定しておくこととした。
『凡そ、「きすご」、漢名、未だ詳らかならず』シロギスは中国東部の海辺にも分布しているから、漢籍に載らないというのはおかしい。当該種の中文ウィキを見ると、「青沙鮻」「沙腸仔」の別名を見るが、古い本草書では今のところ見当たらない。発見したら、追記する。なお、中国でも「キス科キス属」を「鱚科鱚属」とするが、この「鱚」は日本からの逆輸入の和製漢字であるから、これで漢籍を調べるのは徒労である。
『「膾殘魚」を以つて「きすご」とすべからず』益軒先生の指摘は正解。では、「膾殘魚」とは何か? それはまた、迂遠な説明が必要なのだ。私の「大和本草卷之十三 魚之上 鱠殘魚(しろうを) (シラウオ)」の「鱠殘魚(しろうを)」の私の注を参照されたい。]