私の中の図書館が消えた…………
凡そ二十年に亙って構築した約180ギガバイトの電子データ・ベースを入れた外附けディスクが、昨夜、突然、壊れた。今日、ネット上の修復ソフトなどでも試みたが、だめで、電気店にも行き、そこで示された販売会社のサイトも見たが、最悪、復元には想像を絶する費用(30万以上)がかかることが判った。2010年までのごく一部は、それ以前の古い外附けディスクに僅か五分の一の37ギガバイト生き残っていたが(本体を本棚に差し込んでとっくに忘れていたもので、コード類を探すのに往生した)、その後の十一年分、ほぼ毎日欠かさず定期巡回をして蒐集し続けたもの、及び、電子化した自身のワード原稿や画像など一切が消失した。総て分野別にフォルダを作り、その中でも細かく分類した、一種の私の築いた一人きりの空想図書館であったのだ。既に消失した優れた宮沢賢治のサイトの全データや、私的に頂戴した原本画像や絵画画像などもそこに、皆、入れてあり、なんとも悔やまれる。――カチ、カチ、カチ、カチ――という音が夕刻に、ディスクから、微かに四度、聴こえた。あの、ノックが永遠の、別れだった…………
正直言うと、「物理的喪失」という感じはそれほど強くない。
……これは、前の十年間で得たデータが生き残っていたことが先程判ったからで、今の私の日本文学の電子テクスト作成の強い味方(加工用データ)になっているのは半分ぐらいが、その頃の蒐集データ群にあるからである。この中には、当時、高校教師ということで、ダウン・ロードが許可された「国文学資料館」の幾つかの「岩波古典文学大系」の電子データが含まれている。
……ここで言っておくと――在野人となってしまうと、教育機関・研究機関所属の者だけに閲覧が許されているデータが実は非常に多いのに憤慨している。
……例えば、慶應の雑誌『三田文学』のバック・ナンバーがそうだ。原民喜の電子データでは、まず私のブログのそれは「そんじょそこらのものとは違うぞ」と、質・量ともに自負するものであるが、初出(民喜は戦後も漢字で旧字を使っていた可能性が頗る高い。原稿画像から起こしたテクスト作成の際、それを強く感じたのである)を見る権利がそんな私にはないのが、如何にも理不尽で堪らないのである。
……しかし……今までの十年の巡回蒐集が……一瞬に消え去ってしまったことで……「私の十年が無駄であった」という如何にもなメランコリックな精神的喪失感の虚脱が……夕べから……ずっと……襲っているのである…………
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