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2021/04/18

芥川龍之介書簡抄39 / 大正四(一九一五)年書簡より(五) 山本喜譽司宛短歌三十首

 

大正四(一九一五)年・六月頃(年月推定)・山本喜譽司宛・(封筒欠)

ひたぶるに文かきつゞけ憂き事を忘れむとするわが身かなしも

ひたぶるにかくは何文(なにぶみ)鷄(くだかけ)のなくをもしらずかくは何文

文かけどかなしさ去らず灰皿のチユリツプの花見守(みも)りけるはや

夜もすがら露西亞煙艸をすひすひてあが泣き居れば口腫れにけり

ものなべてわれにつらかり消えのこる雪の光もわれにつらかり

かくばかり思ひなやむを誰か知るあが戀ふ人の目見しほりすと

ありし日の印度更紗の帶もなほあが眼にありにつげやらましを

あぶらびの光ほそけみあが見守(みも)る寫眞も今はせんなきものを

すべしらにあが戀ひ居ればしぬのめの光ひそかにふるへそめけり

ほのぼのといきづく春の水光(みづびかり)あが思ふ子ははろかなるかも

あさあけの麥の畑にほそぼそと鳥はなけどもなぐさめられず

どうにでもなれどうにでもなれとつぶやきて柳の花をむしりけるかも

ねころびてあが思(も)ひ居ればみだらなる女(をみな)のにほひしぬび來にけり

眼つぶれど肌のぬくもりかなしくもあにこそ通へいらがなしくも

ひとりゆく韮畑(かみらばたけ)の夕あかり韮(かみら)かなしもあがひとりゆく

鳥羽玉の夜さりくればかなしげに額(ぬか)をふせつゝ下泣ける子も

あが友は賢(さか)しかるかもわれを見てますらさびねと云ひにけるかも

垂乳根の母はいとしもあが戀を知らなくたゞに「な泣きそ」と云ふ

夜をこめてわがかく文の拙さにあが下泣けば鷄(くだかけ)もなく

わするべきたどきも知らず夜をこめてひそかに啜るベルモツトはや

せんすべもなければ君ゆおくり來し寫眞をみつゝ時かぞへけり

この寫眞かはゆかるかも木の下に童(わらべ)女童(めわらべ)笑みつどひけり

「夏なれば木の下の人一やうに團扇をもてり」とつぶやきしかも

忘れましさにこの女童を戀ひむとぞいく度ひとりつぶやきにけむ

みづからの頭(かうべ)をうちていらゝかに「しつかりしろ」と云ひにけらずや

折ふしは「世間しらず」をよみさしてさしぐむ我となりにけるはや

しかはあれどトルストイをよむ折ふしは淚はらひてますらをさぶれ

かにかくに心荒びぬあたゝかくこの心にもふりね春雨

この心よみがへるべきすべもがなあを戀ひぬべき淸(すが)し女(め)もがな

翠鳥(そにどり)のあをき帶してあに來けむ少女(むすめ)かなしもかなし少女も

  いい加減にずんずんかいた歌ばかり

  この次の水曜にドイツ語の試驗 あとはやすみ

  この手紙よみ次第やぶく事     龍

 

[やぶちゃん注:最後の書信は全体が二字下げでベタ表記二行であるが、字空け位置で分割した。

「鷄(くだかけ)」古式は清音で「くたかけ」。朝早くからやかましく鳴く鷄(にわとり)を罵って言った古い蔑称。語源は、「御伽比丘尼卷四 ㊄不思議は妙妙は不思議付百物語の注で私が引用した南方熊楠の話が面白い。

「ものなべてわれにつらかり消えのこる雪の光もわれにつらかり」この年(推定が正しければ)の年初の歌稿或いは追想吟。以下も初夏に至るまでのそれらは、そう捉えてよい。

「見しほりす」「見し欲りす」。「し」は文節強調の副助詞であろう。

「ありし日の印度更紗の帶もなほあが眼にありにつげやらましを」「ありに」はママ。「あるに」の意のつもりであろう。

「ほそけみ」「み」は原因・理由を添える接尾語。以下の係助詞「も」と対応する。

「すべしらに」「術知らに」。どうしようということも判らずに。

「しぬのめ」「東雲(しののめ)」に同じ。

「ねころびてあが思(も)ひ居ればみだらなる女(をみな)のにほひしぬび來にけり」北原白秋の明治四四(一九一一)年刊の第二詩集「おもひで」に載る、私の偏愛する「接吻」を想起させる(リンク先は私の「北原白秋 抒情小曲集 おもひで (初版原拠版)」のそれ)が、この前後三句は「柳」に「みだらなる女」――而して――「あに」(あそこに)「こそ通」ふのだ、「いらがなしくも」(苛立つような激しい哀しみ故に)――とくると、先に注で示した、吉田弥生との失恋の『破恋の痛手から逃れるため』に龍之介が頻繁に『吉原遊郭通い』をしたとする関口安義氏の見解が真実味を帯びてくる。

「韮(かみら)」「香(か)」おりの強いニラ(単子葉植物綱キジカクシ目ヒガンバナ科ネギ属ニラ Allium tuberosum )の古名「みら」で、「匂いの強い韮」の意。既に「古事記の「中つ巻」の歌謡に出る。半球形の散形花序で白い小さな花を多く咲かせるが、花期は八~九月でここでは花は咲いていないので想起映像に注意。

「下泣ける子」「人知れず、忍び泣く子」で龍之介の心象風景である。

「ますらさびね」「益荒(ますら)さびね」。「雄々しく立派であれ!」。

「母」養母芥川儔(とも)。

「たどき」「方便(たどき)」。「たづき」の上代の表現。手だて。

「ベルモツト」vermouth。フランス語。リキュールの一種。ワインにブランデーや糖分を加え、それに苦蓬(キク亜綱キク目キク科キク亜科ヨモギ属ニガヨモギ Artemisia absinthium )・りんどう・しょうぶ根などの香料や薬草によって香味をつけた混成ワイン。食前酒に用いられる。呼称自体はドイツ語のニガヨモギを指す“wermut”(ヴェーァモート)に由来する。

「君ゆ」君から。あなたより。

『「夏なれば木の下の人一やうに團扇を應てり」とつぶやきしかも』以下の二首とともに、所謂、ニューロシスな独語傾向が窺える。

「世間しらず」武者小路実篤が大正元(一九一二)年に洛陽堂から刊行した書き下ろしの恋愛小説「世間知らず」。私は読んだことがないが、楊琇媚氏の論文「武者小路実篤『世間知らず』論――主人公の自己成長に着目して(PDF・『日本研究』二〇〇八年三月発行)で梗概が判る。

「トルストイをよむ」直近では、既出の通り、「イワン・イリイチの死」を含む小説集を二月から三月にかけて読んでいる。

「さぶれ」そのものらしく振る舞う。已然形終止なのは、確定条件の逆接を示すためのもの。

「翠鳥(そにどり)」「翡翠(かわせみ)」の古名。ブッポウソウ目カワセミ科カワセミ亜科カワセミ属カワセミ亜種カワセミ Alcedo atthis bengalensis が本邦種。博物誌は和漢三才圖會第四十一 水禽類 鴗(かはせび)〔カワセミ〕」を見られたいが、注には芥川龍之介に絡んだ、これから後の書簡に関わる添え書きとリンクをしてある。]

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