大和本草附錄巻之二 魚類 吹鯋 (「ゴリ」類或いはカジカ・ウツセミカジカ等)
吹鯋 別是一種山谿小魚也大如指狹圓而長身
有黑㸃嘗張口吹沙其味美故魚麗之詩稱馬鱨
鯊コレ也ゴリ。ウロヽコ。ハゼ。ドンホ。カジカノ類也
○やぶちゃんの書き下し文
吹鯋 別に是れ、一種、山谿〔(さんけい)〕の小魚なり。大〔いさ〕、指のごとく、狹く、圓〔まる〕くして、長し。身に黑㸃有り。嘗つて、口を張りて沙を吹く。其の味、美〔(よ)〕し。故、「魚麗」の「詩」に稱す「馬鱨鯊」、これなり。「ごり」「うろゝこ」「はぜ」「どんほ」。「かじか」の類なり。
[やぶちゃん注:渓谷に棲息する淡水魚で、食用とされ、しかも味がよく、円(頭部)くて長く、黒点を有し、異名に「ごり」「うろゝこ」となると、これは「大和本草卷之十三 魚之上 ゴリ」の注で示した、広義の「ゴリ」類(多数の縁遠い種群を多数含む)或いは、そこで限定同定候補とした、所謂、金沢料理の至宝「ゴリ料理」の材料となる、
条鰭綱カサゴ目カジカ科カジカ属カジカ Cottus pollux (日本固有種。体長は15~17cm前後。北海道南部以南の日本各地に分布。「ドンコ」の異名でも知られ、ここに出る「杜父魚」(とふぎょ)も現行ではこのカジカの異名とされることが多い。「大和本草卷之十三 魚之下 杜父魚 (カジカ類)」も参照されたい)
カジカ属ウツセミカジカ Cottus reinii (日本固有種。体長は10~17cm程度。北海道南部・本州・四国・九州西部の分布(主に太平洋側とも)。嘗ては琵琶湖固有種とされたが、全国的に広がっている小卵型の個体群と琵琶湖産のそれは遺伝的な差が僅かにしかないことが判明している)
カジカ属アユカケ Cottus kazika (日本固有種。体長は5~30cm程度で上記二種よりも大型個体が出現する。「カマキリ」は異名。胸鰭は吸盤状ではなく、分離している。鰓蓋には一対の大きい棘と、その下部に三対の小さい棘を持ち、和名は、この棘に餌となる鮎を引っ掛けるとした古い伝承に由来する)
等が挙げられる。私は富山に六年間居住していた関係上、三種孰れも食したことがあるが、孰れも美味い。特に正月の甘露煮でアユカケ(頭部が非常に巨大であった)を食べた時のそれは忘れられない。現在はどれも個体数が激減し、「ゴリ料理」は幻しの域に入りつつある。先の本巻分では、かなり細かく考証したので、詳しくはリンク先を見られたい。
「吹鯋」原本の国立国会図書館デジタルコレクションの当該部の画像を視認しても判るが、この二字の右手には熟語を示す「-」が引かれてある。しかも当て訓がないとなれば、これは「スイサ」と音読みするべきであろうか。或いは訓じて「すなふき」でもよいか。「鯋」は「鯊」(はぜ)と同字であるから、「川床の砂を吹くハゼ様(よう)の魚」の意である。但し、彼らは純然たるベントス食ではなく、摂餌対象は底生生物の他に水棲昆虫や小魚である。
「嘗つて」意味不詳。或いは、過去の幼魚期に川底の砂を吹いて水棲昆虫の幼体などを食すことを言っているものか? アユカケではそれが確認されていることが、当該ウィキで判る。
『「魚麗」の「詩」に稱す「馬鱨鯊」、これなり』これは「詩経」の「小雅」の「白華之什」の中にある詩「魚麗」篇を指す。
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魚麗
魚麗于罶鱨鯊
君子有酒旨且多
魚麗于罶魴鱧
君子有酒多且旨
魚麗于罶鰋鯉
君子有酒旨且有
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魚麗
魚麗(うをやな)に罶(か)かるは 鱨(ぎばち)に鯊(すなふき)
君子に酒有り 旨(うま)く 且つ 多し
魚麗に罶かるは 魴(おしきうを)に鱧(やつめうなぎ)
君子に酒有り 多く 且つ 旨し
魚麗に罶かるは 鰋(なまづ)に鯉
君子に酒有り 旨く 且つ 有り
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訓読は田中和夫氏の論文「『毛詩正義』小雅「魚麗」篇譯注稿――毛詩注疏 巻第九 九之四 魚麗」――」(二〇一一年十二月宮城学院女子大学発行『日本文学ノート』所収。こちらからPDFをダウン・ロード出来る)を参考にした。通釈と解説は個人ブログ「温故知新 故きを温め新しきを知る」の「魚麗(ぎょろ) 詩経」が明治書院「詩経」からで、手っ取り早いかとは思われる。「魚麗」は魚を捕るための仕掛けである竹で編んだ籠状の梁(やな)。「罶」は本来は梁を指すが、それを動詞化した。「鱨(ぎぎ)」は訓からナマズ目ギギ科ギバチ属 Tachysurus の類であろう(毒針を有する)。「魴(おしきうを)」条鰭綱コイ目コイ科コイ亜科 Megalobrama 属ダントウボウ Megalobrama amblycephala 。中国名は「武昌魚」。中国では属名はまさに「魴属」である。なお、本種は霞ケ浦に中国から移植されている。「鯊(すなふき)」は、しかし、カジカとは異なる。何故なら、カジカ類はそもそもが、日本固有種だからである。中国の淡水産のそれを同定することは私には出来ない。悪しからず。ともかくも、益軒が鬼の首捕ったようにブチ挙げているのは、誤りであるとはっきり言える。というより、もうお判りかと思うが、益軒は本詩篇をちゃんと読めてないのである。彼は「罶鱨鯊」を三文字で、魚の名前とやらかして(稱」が確信的な証拠)、しかも「罶」を馬と誤読するという致命的な多重の誤りをやらかしてしまっているのである。完全な外れとは言えないものの、はっきり言うと、書かない方がよかった部類だと私は思う。前の二字をないものとしてあげたい気持ちが強く働く。
『「ごり」・「うろゝこ」・「はぜ」・「どんほ」。「かじか」の類なり』「どんほ」は恐らく「杜父(とほ)魚」の訛りであろう。「大和本草卷之十三 魚之下 杜父魚 (カジカ類)」で広義の「かじか」類の、益軒の挙げている異名を列挙した。
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「川(カハ)ヲコゼ」・「石(イシ)モチ」・「チンコ」・「子(ネ)マル」・「ドンホ」・「杜父(トホ)」・「道滿(ダウマン)」・「河鹿(カジカ)」・「ゴリ」・「ダンギボフズ」
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で、さらに標題の「杜父魚」がある。しかし実はそれ以外にも、「石伏(イシブシ)」・「石斑魚(イシブシ)」・「霰魚(アラレウオ)」・「川鰍(カワカジカ)」・「グズ」・「川虎魚(カワオコゼ)」など多彩である。川魚は内陸性であるから、地方名が相互に関わりを持つことが海水魚に比べて非常に低い(閉鎖的命名)とは言えるけれども、かく異名が異常に多いこと自体が「かじか」と呼ばれる魚が実は多岐の種に及んでいることの一つの証左ともなると私は考えている。]
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