芥川龍之介書簡抄51 / 大正四(一九一五)年書簡より(十七) 山本喜誉司宛
大正四(一九一五)年十一月二十一日・牛込區赤城元町竹内樣方 山本喜譽司樣 直披・十一月廿一日夜 芥川龍之介
喜譽司樣
上瀧の妹をもらへない譯――⑴僕に愛のない事 興味さへない事 ある同情だけしかない事 ⑵僕のうちで必反對する事 ある點で上瀧をこの頃 僕のうちで好かない事 ⑶その後 どんどん上瀧の方の緣談が進行してゐる事 ⑷貰ふ事からの幸福の豫感が少い事
僕の手紙をかいた譯――⑴僕のハイラアテンに關するいろいろな事は君に知つて貰ふ必要があると思つた事 云ひかへれば ハイラアテンの問題に關して何にも(今後も)君にかくさないつもりでゐた事 ⑵僕にその時の心理をかく事を强いる半藝術的要求があつた事 ⑶殆 無意志的に 僕の愛を文ちやんに向けるものを要求(特に君からと云ふ譯でなくとも)してゐた事 そして之は その話のあとの寂しさから 生まれた要求だと云ふ事
⑴⑵⑶は原因の大さに比例する番号
追伸一 この事は一切誰にも(おばあさんや姊さんは勿論)云はない事 云ふと間違が起りやすいから さうして存外大きな不幸が生れ得る事だから
龍
追伸二 僕に全然 この前の手紙で implicit に何か云はうとしてゐる氣のない事 さう云ふ事を明に出來なかつたのは 僕の失策だと思つて後悔してゐる事 しかし もし その上にも 僕が何か implicit に云はうと思つてゐると考へる人があつたら その人は僕を侮辱する人だと信ずる事
追伸三 僕の手紙をかいた譯の⑵と⑶とは入れかはつた方がよささうだと思ふ事 もらへない理由の⑴と⑷とはいつか詳しく話したいと思ふ事
追伸四 とにかく 全然 この話は 單なる一事件として 僕に起つた事 さうして それは 僕の生活の進路をかへる 何の力も持つてゐなかつた事
追伸五 この手紙の返事をなる可く早く貰ひたい事(返事と云ふ程の事はなくとも)(來ればなほいゝ 火曜の午後の外は大抵ゐるつもり)それからくれぐも 追伸一に氣をつけてくれる事
龍
[やぶちゃん注:底本は岩波旧全集に戻る。「龍」の署名は実際には前の行の下方にある。
「上瀧」複数回既出既注。
「ハイラアテン」Heiraten。ドイツ語。「ハイラーテン」。「結婚」。
「implicit」英語。「暗に示された・暗黙の」。]
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