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2021/04/18

大和本草附錄巻之二 魚類 フカノ類 (サメ類)

 

フカノ類スデニ本編ニ載タレ𪜈詳ナル事ヲ又コヽニ記ス

○ヲロカト云。フカアリ○一丁ト云。フカアリ○ウサメ○

白フカ○カセフカ右五種何レモ甚大キ也何モ人ヲ食

人ヲクラフ。フカハ油多シ不可食只油ヲ煎シ取○ツノ

ジハモダマニ似タリ只背スヂニ角ノ如ナル物二三アリ

是モダマニカハレリツノジモ。キモニ油多シ煎ジテ燈油

トス洋海ニアリ○ホウフカ色白シ○ス子ブカ色白し

○オホセ。尾ノキハニ角アリ性ツヨシ切テモ其肉生テ

ウゴク○サヾエワリ橫廣シヒキガヘルノ形ノ如シ○

ツノコ其形オホセニ似タリ腹ニ角アリ○ツマリフカ

頭ノ兩方ニ穴二アリ○カイメト云魚コチノ形ニ似タリ

長一二尺扁クウスシ頭ハスキノサキニ似タリウスシ

故ニ又スキノサキトモ云味ハフカニ似テカロシ生ニテモ

湯ビキテモ酢ミソニテサシ身ニシテ食ス肉白シ皮ニ

近所ハ赤シ口ハ腮ノ下ニアリ頭廣ク身ヨリ大ナリウ

スシ頭ノ兩ノ傍モヒレノ如シ形モ色モコチニヨク似タリ

頭ハコチヨリ廣ク大ニシテウスシ尾モコチノ如クニシテ

岐ナシ右ノフカノ類數品何モ味ハ相似タリ料理モ同シ

○やぶちゃんの書き下し文

「ふか」の類、すでに本編に載せたれども、詳〔か〕なる事を、又、こゝに記す。

○「をろか」と云ふ「ふか」あり。

○「一丁」と云ふ「ふか」あり。

○「うさめ」。

○「白ふか」。

○「かせふか」。

右五種、何れも甚だ大きなり。何れも人を食ふ。人をくらふ「ふか」は、油、多し。食ふべからず。只、油を、煎〔(せん)〕じ取る。

○「つのじ」は「もだま」に似たり。只、背すぢに、角のごとくなる物、二、三あり。是れも「もだま」に、かはれり。「つのじ」も、「きも」に、油、多し。煎じて、燈油とす。洋海(なだ〔うみ〕)にあり。

○「ほうふか」。色、白し。

○「すねぶか」。色、白し。

○「おほせ」。尾のきはに、角、あり。性〔(しやう〕〕、つよし。切りても、其の肉、生きて、うごく。

○「さゞえわり」。橫、廣し。「ひきがへる」の形のごとし。

○「つのこ」。其の形、「おほせ」に似たり。腹に角あり。

○「つまりふか」。頭の兩方に、穴、二〔(ふた)〕つあり。

○「かいめ」と云ふ魚、「こち」の形に似たり。長さ、一、二尺、扁(ひら)く、うすし。頭は、「すき」のさきに似たり。うすし。故に又、「すきのさき」とも云ふ。味は、「ふか」に似て、かろし。生にても、湯びきても、酢みそにて、さし身にして食す。肉、白し。皮に近き所は、赤し。口(くち)は腮〔(えら)〕の下にあり。頭、廣く、身より、大なり。うすし。頭の兩の傍〔(かたはら)〕も、ひれのごとし。形も色も「こち」に、よく似たり。頭は「こち」より廣く、大にして、うすし。尾も「こち」のごとくにして、岐(また)、なし。右の「ふか」の類數品〔(すひん)〕、何〔(いづ)〕れも、味は、相ひ似たり。料理も同じ。

[やぶちゃん注:★最初に注意喚起しておくと、底本としている「学校法人中村学園図書館」公式サイト内にある宝永六(一七〇九)年版の貝原益軒「大和本草」PDF版は、同学園の公式サイトが、先日、完全に大改造したため、リンク先が総て変更されている。私の膨大な過去記事のリンクを総て直すわけには行かないので、よろしくご理解あれ。ただ、旧リンクをクリックすると、同学園のホーム・ページに出るから、「検索」で「貝原益軒アーカイブ」で到達は出来る。★

 さて、益軒の言っている本編のそれは、「大和本草卷之十三 魚之下 フカ (サメ類(一部に誤りを含む))」であるが、それ以外にも、ここの記載と合わせて確認する必要があるものとして、「大和本草卷之十三 魚之下 鱧魚(れいぎよ)・海鰻(はも) (ハモ・ウツボ他/誤認同定多数含む)」がある。後者にはここに出る「つのじ」や「もだま」の名が出現するからである。まずはそちらの二項をお読み戴きたい。

「をろか」「大和本草卷之十三 魚之下 フカ (サメ類(一部に誤りを含む))」に『○「をろか」と云ふ大ぶかあり。人を食す。」あり』と出る(「をろか」の表記はママ)。そこで私は軟骨魚綱板鰓亜綱『メジロザメ目メジロザメ科イタチザメ属イタチザメ Galeocerdo cuvier としたい。「をろか」は不明(「愚か」は歴史的仮名遣では「おろか」で一致しない)』と注した。追加情報はない。

「一丁」同前で、『○「一(いつ)ちやう」と云ふ「ふか」あり。口、廣くして、人を喰〔(くら)〕ふ。甚だたけくして、物をむさぼる』とある。そこで私はかなり長い考証をしたので参照されたい。そこではいろいろ考えた末に、ネズミザメ目ネズミザメ科ホホ(ホオ)ジロザメ属ホホ(ホオ)ジロザメ Carcharodon carcharias を有力候補としたが、それに変更はない。

「うさめ」不詳。

「白ふか」「大和本草卷之十三 魚之下 フカ (サメ類(一部に誤りを含む))」に『「白ふか」、味、尤も美なり』と出、そこで私はメジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属シロザメ Mustelus griseus に比定した。

「かせふか」同前で『○「かせぶか」。其の首、橫に、ひろし。甚だ大なるあり』と出、メジロザメ目シュモクザメ科シュモクザメ属 Sphyrna の別名として同定した。なお、ここでも益軒はシュモクザメが「人を食ふ」と述べているが、同前の「一(いつ)ちやう」の注で示した通り、シュモクザメが人を襲って食べるという実証事例は世界的にも全くと言っていいほどない(その姿の異様さから「人食い鮫」と思い込んでいる人は今も多いが)ことは、再度、言っておきたい。

『人をくらふ「ふか」は、油、多し。食ふべからず』本当にそうかどうかは不詳。そもそも「人食いザメ」はスティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)監督の映画“Jaws”1975年・アメリカ)以来の都市伝説と言ってよい。「講談社」公式サイト内の沼口麻子氏の『「人食いザメ」なんてこの世に存在しない、と断言できる理由 『ジョーズ』で貼られた悲しきレッテル』に、『世間でよく言われる「人食いザメ」とは、わたしたち人間がサメに対して抱いている勝手なイメージです。彼らが好んで人を食べるなんてことはありえません』。『データもそれを物語っています』。『アメリカ人の死因を調べた統計調査によれば、1959年から2010年までの約50年間で、サメに襲われて死亡した人は26人。年間平均で05人ほどです』。『ちなみに、同じ期間に落雷が原因で亡くなった人は1970人、年間平均で379人。サメに襲われて死ぬ確率は、実は雷に撃たれて亡くなるよりもはるかに低いのです』とあるのを読めば、一目瞭然である。既に書いたが、世界に棲息するサメの中で、人を積極的に襲い、捕食することがあることが確実とされている種は、実は、三種しかいない。まず、映画「ジョーズ」で知られる、

ネズミザメ目ネズミザメ科ホホ(ホオ)ジロザメ属ホホ(ホオ)ジロザメ Carcharodon carcharias

それと同様に危険度が高い以下の二種、

メジロザメ目メジロザメ科イタチザメ属イタチザメ Galeocerdo cuvier

メジロザメ目メジロザメ科メジロザメ属オオメジロザメ Carcharhinus leucas

だけであることを認識して戴きたい。また益軒の言う「人食い鮫は油(=脂)が多いので食ってはならない』というのは、本当にそうかどうかは判らぬ(恐らくは他のサメに比べてそんな特異性はない。言っとくが、私は深海底に適応したサメ類の肝臓の肝油のことを言っているのではない。脂が多くて食えないとなら、鯨やマンボウなんぞを食べる文化は日本では生まれるはずもないわ)。しかし少なくとも上記三種の内の前の二種は本邦でも盛んに食用にされている。

「つのじ」「大和本草卷之十三 魚之下 フカ (サメ類(一部に誤りを含む))」に、『○「つのじ」。「ふか」類なり。北土及び因幡・丹後の海にあり。其の皮、鮫のごとくにして、灰色。長さ三、四尺あり。筑紫にて「もだま」と云ふ魚に似たり。肝に、脂、多し。味よからず。賎民は食ふ。其の肝、大なり。肝に、油。多し。北土には是れを以つて燈油とす。西土にて「つの」と云ふも同物なるべし。背に刀のごとくなるひれあり』とあり、また、「大和本草卷之十三 魚之下 鱧魚(れいぎよ)・海鰻(はも) (ハモ・ウツボ他/誤認同定多数含む)」には、『或いは曰く、『丹後の海に「つのじ」と云ふ魚あり。これ、鱧なるべし』と云ふ〔も〕非なり。「つのじ」は「ふか」の類〔にして〕皮に「さめ」あり。筑紫にて「もだま」と云ふ魚に能く相ひ似たり。鱧とは別なり』と記している。それらでさんざん考証したが、「ツノジ」はメジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属ホシザメ Mustelus manazo 或いは、ホシザメ属シロザメ Mustelus griseus の異名としてもあるのであるが、それ以上に実は、「サメ」とは遠い昔に分かれてしまった、現行の生物学上は狭義の「サメ」ではない、軟骨魚綱全頭亜綱ギンザメ目ギンザメ上科ギンザメ科ギンザメ属ギギンザメ類(軟骨魚綱全頭亜綱ギンザメ目 Chimaeriformes 或は代表種ギンザメ目ギンザメ上科ギンザメ科ギンザメ属ギンザメ Chimaera phantasmaの異名として、現在も広汎に見られる呼称である。私の『栗本丹洲 魚譜 異魚「ツノジ」の類 (ギンザメ或いはニジギンザメ)』(丹洲の同「魚譜」には六図に及ぶギンザメ類が描かれている。私のカテゴリ「栗本丹洲」を参照)や、『博物学古記録翻刻訳注 ■17 「蒹葭堂雑録」に表われたるギンザメの記載』を見られたい。ここで益軒が言っている「背すぢに、角のごとくなる物、二、三あり」というのはギンザメの様態記載として肯ずるものである(多くの種で第一背鰭が独立して一棘を成し(強くはないが有毒腺を持つ)、その背後の背鰭が高く突き出る)。ところが、それでは、実は決着しない。益軒の呼称と比定種には、彼自身の中で激しい混乱があって、彼の『「もだま」に似たり』という謂いもそれに拍車をかける。私は「大和本草卷之十三 魚之下 フカ (サメ類(一部に誤りを含む))」で、この「もだま」は当初、メジロザメ目ドチザメ科ホシザメ属ホシザメ Mustelus manazo と断定した(それに至るまでの考証では「1」から「5」までの候補とその理由を挙げたので見られたい)。ところが、他の益軒に記すそれらの属性を並べてみると、これが、ホシザメでもギンザメでもない感じがあるのである。而して私の結論としては、益軒が――「つのじ」や、それが似ている「もだま」――と言う場合、彼は実は、エイのように平たい、

軟骨魚綱板鰓亜綱カスザメ目カスザメ科カスザメ属カスザメ Squatina japonica

或いは、その近縁種の、

カスザメ属コロザメSquatina nebulosa

の類を念頭に置いていたように考えられるのである。

「ほうふか」不詳。

「すねぶか」不詳。

「おほせ」「大和本草卷之十三 魚之下 フカ (サメ類(一部に誤りを含む))」に、『○「をほせ」。其の形、守宮(やもり)に似て、見苦し。又、蟾蜍〔(ひきがへる)〕に似たり。海水を離れて、日久しく、死なず。首の、方大に、尾、小なり。其の肉を片々にきれども、死なず、猶ほ、活動す。味、よし。肉、白し』と出る。板鰓亜綱テンジクザメ目オオセ科オオセ属オオセ Orectolobus japonicus でよい。但し、益軒のその記載は、ここでも同じく、「切りても、其の肉、生きて、うごく」と記し、どうも怪しいものを感じる。そちらで、拘って考証したので、是非、参照されたい。

「さゞえわり」「榮螺割(さざゑわり)」で、ネコザメ目ネコザメ科ネコザメ属ネコザメ Heterodontus japonicus の異名としてよく知られる。「大和本草卷之十三 魚之下 フカ (サメ類(一部に誤りを含む))」で既注。

「つのこ」ウィキの「オオセ」を見ると、日本近海では上記の一科一属一種のみとあるから、近縁種ではない。学名のグーグル画像検索を見て戴くと判るが、口の辺縁には複数の皮弁(ぼよぼよした突起)がかなりあり(七~十本で、先端がこれまた二叉する)、特に大型になるとこれらが腹側に下がって見えるので、それを別種と見たものかも知れない。

「つまりふか」ツノザメ目ツノザメ科ツノザメ属ツマリツノザメ Squalus brevirostris であろう。漢字表記は「詰まり角鮫」かと思われる。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページを参照。但し、「穴、二〔(ふた)〕つあり」は不審。鰓孔が四対しかないサメはいない(サメ類のそれは五~七対)と思うが?

「かいめ」これはその益軒の詳述記載から、間違いなく、前の「大和本草附錄巻之二 魚類 エイノ類 (エイ類)」に出た、「すぶたゑい」(簀蓋鱝)、則ち、サメではなく、エイの一種である、

エイ上目サカタザメ目サカタザメ科サカタザメ属サカタザメ Rhinobatos schlegelii

或いは、同属の、

コモンサカタザメ Rhinobatos hynnicephalus

である。「カイメ」は福岡県の地方名として現在も現役である。語源は判らぬが、或いは、その形から「橈鮫」(かいさめ・かいざめ)が縮約したもののようにも思えた。]

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