大和本草附錄巻之二 魚類 ヲキメバル (ウスメバル? 同定不能)
ヲキメバル 長不過數寸メバルニ似テ肥厚ナリ味メバル
ヨリ美シ傍ノヒレ色純黑ニシテ長シ不然モ亦アリ目
ハ。メバルヨリ小シ又黑㸃多キ者アリ其形狀ハ頗同シ
テ其色異リ○ヲキメバル二種アリ一種ハ其形モ目ノ
大ナル事モ常ノ目バルノ如シ目ノ緣赤ク背ノ色紅ナ
リ黑キヲキ目バルトハ異なり細鱗ナリ是亦長事
數寸ニ不過
○やぶちゃんの書き下し文
をきめばる 長さ數寸に過ぎず。「めばる」に似て、肥厚なり。味、「めばる」より美〔(よ)〕し。傍〔(かたはら)〕のひれ、色、純黑にして、長し。然ざるも亦、あり。目は、「めばる」より小(ちいさ)し。又、黑㸃多き者あり。其の形狀は、頗る同〔じく〕して、其の色、異〔(ことな)れ〕り。
○「をきめばる」〔は〕、二種あり。一種は、其の形も、目の大なる事も、常の「目ばる」のごとし。目の緣(ふち)赤く、背の色、紅なり。黑き「をき目ばる」とは異〔(こと)〕なり、細鱗なり。是れ亦、長き事、數寸に過ぎず。
[やぶちゃん注:まずは、既に「メバル」類について私が既に概略を注した「大和本草卷之十三 魚之下 目バル (メバル・シロメバル・クロメバル・ウスメバル)」を参照されたい。名称のみから考えると、現在も俗称で「沖メバル」と呼ぶ、
条鰭綱新鰭亜綱棘鰭上目カサゴ目カサゴ亜目フサカサゴ科又はメバル科メバル属ウスメバル Sebastes thompsoni
となるのだが、幾つかの点で激しい疑問がある。益軒の記載の順に挙げると、まず、
✕サイズ
「長さ數寸」は六掛け超でも十センチメートルに足らないが、ウスメバルは外洋性で、所謂、「メバル」類の中でも成魚は最も大型(三十センチメートル)になる。
✕身の厚さ
「肥厚」と言っているが、ウスメバルは側扁して平たい。
✕味
個人差があるが、恐らくは標準的にはメバル一種時代の学名を引き継いだアカメバル(Sebastes inermis )の評価が一番高いと思われる。
✕胸鰭
「色、純黑にして、長し」とし「然ざるも亦、あり」とするものの、前者であれば、胸鰭は明らかに赤或いは赤黄色を帯びており、ウスメバルではない。はっきり言って「純黑」となると、外洋に面した岩礁部に多いクロメバル(Sebastes ventricosus )に限定される。但し、シロメバル(Sebastes cheni )も生時ではやや黒っぽい。
✕眼球の大きさ
「目は、「めばる」より小(ちいさ)」いとするが、同一サイズならば、特に小さいとは言えない。ただ、そもそもが、頭から個体長が短いとしているのだから、相対的に小型個体の目が小さくなるのは当然であり、これは同定属性としては無効と言える。そもそも長くメバルが一種とされてきた経緯には「眼張」という共通性があったからで、小さなものはメバルでさえないのである。
△斑紋
「黑㸃多き者あり」というのを、かなりはっきりした波型の相応に部分的に固まった暗色斑紋の意でとるなら、ウスメバルに合う。ところが、よりそれがウスメバル以上に目立つとなると、今度は新手の、
トゴットメバル Sebastes joyneri
の方が分がよくなるのである。
しかも、益軒は分類を混乱させるように、「をきめばる」には別に「二種あ」るとして、その新たな「一種は、其の形も、目の大なる事も」、『常の「目ばる」のごとく』だが、『目の緣(ふち)赤く、背の色、紅なり』と言いつつ、『黑き「をき目ばる」とは異〔(こと)〕なり、細』い鱗で、しかもまたしても「是れ亦、長き事、數寸に過ぎず」と小型だというのである。前者の眼の縁が赤く、背部が斑点状に紅く、背鰭の中部も赤く見えるというのは、もう「アカメバル」の特徴である。細い鱗というのは私にはよく判らない。個体が小さければ、鱗は相対的に細くなるから、これは識別根拠としてやはり無効ではないか? 万一、有意に細いとなれば、それは「メバル」類とは異なる別な種ではないか? ともかくも、限定出来ると思っていたこれが、意想外の同定不能となってしまった。悔しい。]
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