大和本草附錄巻之二 魚類 ぬめりごち (ネズッポ科或いはヌメリゴチ・ベニテグリ)
ヌメリゴチ 水フキノ兩ワキニ針二アリ○シヽゴチ色赤シ
頭ニイラサ有長四五寸アリ
○やぶちゃんの書き下し文
ぬめりごち 水ふきの兩わきに、針、二つあり。
○しゝごち 色、赤し。頭に「いらさ」有り。長さ四、五寸あり。
[やぶちゃん注:種としてなら、スズキ目ネズッポ亜目ネズッポ科ネズッポ属ヌメリゴチ Repomucenus lunatus を挙げてよい。秋田県以南の日本海側と、福島県から高知県に至る太平洋側、及び、朝鮮半島南岸・西岸に分布する。全体に縦扁(特に頭部が上下から潰されたような平らな形を成す)しており、細長い。釣り上げると、体表全面の皮膚から多量の粘液を出し、ヌルヌルしていることから、この和名となった。ネズッポ科 Callionymidae の最大の特徴は、上向に開いた小さな鰓孔の前鰓蓋骨に、大きくて強い棘があることであり、これが相似種の比較同定にも用いられ、ある種では交尾の際に相手を引っ掛ける鉤として使用するものあるという(引っ掛けると結構、痛い。私自身、手の甲を切って出血したことがあるので注意が必要)。♂は第一背鰭の第一棘が糸状に長く伸び、第四鰭膜の後端に半月形の黒斑を有する。尻鰭全体が黒い。成熟した♂には明瞭な生殖突起が確認出来る。♀の第一背鰭はどの棘も伸びず、一様に黒色を呈する。尻鰭の縁辺部が白い。産卵の際には雌雄各一尾で特定の行動をとるとされている。ネズッポ科の共通属性として、小型の甲殻類・多毛類などを摂餌するが、砂中に潜り込む習性はないようである。あまり大きくならず、概ね成体でも二十センチメートルほどの個体が多い。「ネズッポ」とも呼び、それを正式和名として載せる書籍やサイトが多いが、正規の魚類学論文で「ヌメリゴチ」を採用しているものが確認出来た(岩坪洸樹・目黒昌利・本村浩之氏共著「鹿児島湾から得られたネズッポ科魚類 2 種チビヌメリ Paradiplogrammus curvispinnis とヌメリゴチ Repomucenus lunatus の南限記録」(PDF・Nature of Kagoshima Vol. 39, Mar. 2013)ので「ヌメリゴチ」を採る。広く「ネズッポ」はネズッポ科の海産魚の総称、或いは、同科の複数種の地方名として汎用されてはいる(同科の種は世界で百八十種以上、本邦だけでも三十八種が分布する。多くの種は沿岸の海域に見られるが、一部に淡水や汽水域を棲息域とする種もある)。さても。本種は私はキス釣りの外道としてよく知っている。ヌメリと臭みが仕掛けに附着するので嫌う釣り人が多いが、私は天ぷらや味噌汁にしたら、シロギスなどより遙かに美味いと感ずる好きな魚である。そうしたある程度まで共通した属性生態と奇顔とでよく知られているためか、ネズッポ科の総称には地方名・異名が非常に多い。鹿児島で「ゴツババ」「シックイ」、福岡で「メゴチ」(これと「ネズミゴチ」は他の地方でも広く用いられているが、これはネズッポ類で最も高価に取引されるネズッポ属ネズミゴチ Repomucenus curvicornis がいること、さらに「メゴチ」は全く無縁――「形状がちょっと似ている」と言う人もいるが、全然、違う――のスズキ目カサゴ亜目コチ亜目コチ科メゴチ属メゴチ Suggrundus meerdervoortii が正式和名としているので注意)、高知・大阪で「ノドクサリ」、浜名湖で「ネバリゴチ」、富山県新湊で「ベトゴチ」、小名浜で「ニガジロ」など、あまり彼らにとっては有り難くない名が多く、少し可哀そう。
「しゝごち」「色、赤し」とあるところからは、やや深海性のネズッポ科ベニテグリ属ベニテグリ Foetorepus altivelis に比定してよかろう。「WEB魚図鑑」の同種を見られたい。そこに『体長17cmに達する』とあり、「長さ四、五寸あり」を体長ととれば、概ね一致をみる。「ししごち」とは「獅子鯒」で、異形の頭部と真っ赤なそれで甚だ腑に落ちるが、この異名は現在は確認出来ない。
「いらさ」「鹿児島弁ネット辞典」のこちらに、「いらさ」は原義は「枝のついた竹」の意とし、『「棘笹(いらささ)」の転訛です。「棘(いら)」とは、古語で「棘(とげ)」のことです』とある。前記「WEB魚図鑑」のリンク先に、本種は第一背鰭の第一棘が『雌雄ともに長く伸びている』とある。]
« 芥川龍之介書簡抄40 / 大正四(一九一五)年書簡より(六) 井川恭宛 | トップページ | 大和本草附錄巻之二 魚類 かはごふぐ (イトマキフグ或いはハコフグ) »