大和本草附錄巻之二 魚類 かはごふぐ (イトマキフグ或いはハコフグ)
カハゴフグ 形如河魨魚長サ口ヨリ尾マデ八寸五分バカ
リ目ヨリ尾サキマテ左右ニカド有故ニ背ハ平ナリ其
形方也口ノ下ノヒレキハニイキ出シ左右ニアリ遍身
褐色有花紋花紋ノ色白シ腹ハ淡白ニシテ花紋ア
リ口小ナリ腹ノ内膓少クシテ空虛ナリスベテ肉ナク
骨ナシ尾ノミ有肉尾ハ別物ヲツギテ挾メルカ如シ
後門ハ甚小也針ヲ入ルホドアリ是スヾメブク[やぶちゃん注:ママ。]ノ類異
魚ナリ圖ハ別ニ載タリ
○やぶちゃんの書き下し文
かはごふぐ 形、河魨魚〔(ふぐ)〕のごとく、長さ、口(くち)より尾まで、八寸五分ばかり。目より尾さきまで、左右に「かど」有り。故に背は平〔(ひらた)〕なり。其の形、方なり。口の下のひれぎはに「いき出し」、左、右にあり。遍身、褐色。花紋有り。花紋の色、白し。腹は淡白にして花紋あり。口、小なり。腹の内、膓、少(すくな)くして、空虛なり。すべて、肉、なく、骨、なし。尾のみ、肉、有り。尾は、別物をつぎて挾(はさ)めるがごとし。後門は甚だ小なり。針を入〔(いる)〕るほど、あり。是れ、「すゞめぶく」の類〔にて〕、異魚なり。圖は別に載せたり。
[やぶちゃん注:サイズが「八寸五分」=二十五・七センチメートルとデカ過ぎるのがかなり気になるが、叙述内容はちょっと見には概ね、
フグ目フグ亜目イトマキフグ(糸巻河豚)科イトマキフグ属イトマキフグ Kentrocapros aculeatus
に同定出来るとも言えなくはない。当該ウィキによれば、『相模湾以南から東シナ海にかけて分布する。ハワイからも報告がある』。『砂泥の海底付近を遊泳して生活する底生魚で、分布水深は100-200mとやや深い』。『体は六角形の断面をもち、体長13-15cmほどに成長する。体は硬い甲板で被われる。尾鰭の主鰭条が11本であること(ハコフグ科は10本)、臀鰭の軟条数が10-11本であること(ハコフグ科は8-9本)、背鰭と臀鰭の後方には甲板が達しないことなどから、ハコフグ科と鑑別される。肉は無毒であるが、食用として利用されることはない』とある。
食用にされないというのは、あらゆるネット記載で一致しており、そのためであろう、皮の毒性への言及はない。しかし、形の似ているフグ目モンガラカワハギ亜目ハコフグ上科ハコフグ科 Ostraciidae は一般的にフグ毒として知られているテトロドトキシン(tetrodotoxin)は持たない代わりに、皮に溶血性の神経毒パフトキシン(Pahutoxin)を持ち、個体によっては内臓に海産毒として悪名高い猛毒パリトキシン(palytoxin)に似たものを蓄積している。イトマキフグの皮にバフトキシンがないとは言えず、フグ類に共通する摂餌生物由来の毒がイトマキフグの内臓にないとも断言は出来ないので、一応、注意喚起はしておく。
しかし、ここからがまた、問題なのだ。何故わざわざ、かく書いたというと、やはり大きさが不審だからである。ハコフグ類は辞書によって大きさがまちまちで、最大で四十センチメートル内外(「ブリタニカ国際大百科事典」)、最小で十五センチメートル内外(平凡社「百科事典マイペディア」)、小学館「日本大百科全書」で中をとって三十センチメートルに達するとあり、益軒のサイズに相応しい。さらに言えば、私の『毛利梅園「梅園魚譜」 ハコフグ』では、『皮籠海豚(カハゴフグ)』を標題とし、異名で『ハコフグ』を挙げており、絵を見れば一目瞭然、それは、
フグ目ハコフグ上科ハコフグ科ハコフグ属ハコフグ Ostracion immaculatus
以外の何者でもないのである。そして、ハコフグ派に寄って立って改めて益軒の叙述を見ると、「花紋」というのは、寧ろ、ハコフグ科 Ostraciidae の方に遙かに分(ぶ)がある(華麗な「花紋」という意味に於いて)叙述として見えてくるのである。
しかし、だ。ハコフグだったら、食えるし、内臓はからっぽじゃないぞ?! う~ん……悩ましい!
「かはごふぐ」最後に「圖は別に載せたり」とある通り、「附錄卷」の図があるが(国立国会図書館デジタルコレクションの当該画像。右頁下段。この巻は後に画像を添えて電子化する)、そこの標題に「皮籠海豚(カハゴフク)」(「海豚」はママ)とある。「皮籠」は革籠とも書き、竹や籐などで編んだ上に動物の皮革を張った蓋附きの籠(かご)を指す。後には紙張りした箱や行季(こうり)なども指した。小学館「日本国語大辞典」にも『「いとまきふぐ(糸巻河豚)」の異名』として載る。しかし、おかしい。そこで例として引用するのは、本書の後代の小野蘭山の「本草綱目啓蒙」の記載で(執筆動機の一つは本「大和本草」の誤りが多いことを指弾するだめとも言われている)、同四十八巻本の第四十巻「無鱗魚」の「河豚」はここからなのだが(国立国会図書館デジタルコレクション)、この箇所の左頁八行目から載るものの、そこで小野は、『一種カハゴフグ、一名ハコフグ 海スヾメ【阿州】 サメブクトウ【土州】』(以下略)とやらかしていて、どこにも「イトマキフグ」とは言っていなのだ。以下の記載はイトマキフグともハコフグともとれる内容であり、後者ならば、明らかな誤りである。私は天下の「日本国語大辞典」の載せる例としては、甚だ不適切であると思うのである。さて。よくその絵を見てみよう。
この附録の絵は「イトマキフグ」と「ハコフグ」と、どっちに、似ているか?
参考にするために、グーグル画像検索の「Kentrocapros aculeatus 」と、「Ostracion immaculatus 」をリンクさせておく。イトマキフグは生体時は体躯の前後がハコフグに比して遙かに寸詰まっている。ここでも「ハコフグ」に分があるのである。
「河魨魚〔(ふぐ)〕」中国語。現在も同じ。「維基文庫」のこちらを参照。
「其の形、方なり」これは寸詰まっているだけ、今度は「イトマキフグ」に分がある。
『口の下のひれぎはに「いき出し」、左、右にあり』「ひれぎは」は「鰭際」。「いき出し」は鰓孔のこと。「口の下」に胸鰭が近く、その前方に鰓孔があるという謂い方は、同前で、「イトマキフグ」に分がある。
「花紋の色、白し」これは孰れも当たらない不審の特異点。
「腹は淡白にして花紋あり」これはハコフグに超有利。イトマキフグの背甲殼様部分は背鰭の起部後端辺りまでしか覆われていないで腹は真っ白で模様はないの対し、ハコフグ類は背鰭よりも後ろまで覆われているからである。
「尾は、別物をつぎて」(接ぎて)「挾(はさ)めるがごとし」これは観察者の印象によって異なる。「人工的にくっ付けたようだ」というと、ハコフグの方がそれらしく見えるが、しっかり寸詰まっている体に「チョコン!」出ているイトマキフグの尾もそう見えてくる。
「後門」肛門。
「すゞめぶく」現行では「スズメフグ」はフグ目フグ亜目フグ科トラフグ属ショウサイフグTakifugu snyderi の異名としてあるが、私は直ちに、ハコフグ科コンゴウフグ属ウミスズメ Lactoria diaphana を想起する。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページをリンクさせておく。但し、だからと言ってハコフグに有利とは言えない。これは「箱みたようなフグ」のことに違いなく、ならば、寧ろ、よりキューヴィクなイトマキフグの方がそれらしいからである。]
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