大和本草附錄巻之二 介類 鰒(あはび) (「のしあわび」について・アワビの塩辛の製法)
鰒 引鰒ハノシナリ朝鮮人モ如此書ス日本ノ俗ノシヲ
熨斗蚫ト書ハ非也熨斗ハ器ノ名火ノシ也○蚫ノ
麹醢ノ法蚫ノ端ト穢腸トヲ去リ肉トキヨキ腸ト。ツノ
ト云トコロ可用肉ハウスク切腸ト合セ百匁ニ鹽十五
匁暑月ハ鹽二十匁麹二十匁ヲ和シテ壷ニ入口ヲ
封ス十日ヲ歷テ味佳シ歷久益好又諸魚ノ肉モ如
此法シテ可也鰒鰷最美シ
○やぶちゃんの書き下し文
鰒(あはび) 引鰒〔(ひきあはび)〕は「のし」なり。朝鮮人も、此くのごとく、書〔(しよ)〕す。日本の俗、「のし」を「熨斗蚫〔(のしあはび)〕」と書くは、非なり。「熨斗」は器〔(き)〕の名、「火ノシ」なり。
○蚫の麹醢〔(かうじししびしほ)〕の法。蚫の端と穢腸〔(えわた)〕とを去り、肉と、きよき腸〔(わた)〕と、「つの」と云ふところ、用ふべし。肉は、うすく切り、腸と合はせ、百匁に鹽十五匁、暑月は鹽二十匁〔に〕麹二十匁を和して、壷に入れ、口(くち)を封ず。十日を歷〔(へ)〕て、味、佳〔(よ)〕し。久しく歷ちて、益々、好し。又、諸魚の肉も此の法のごとくにして可なり。鰒(あはび)・鰷(あゆ)、最〔も〕美〔(よ)〕し。
[やぶちゃん注:「大和本草卷之十四 水蟲 介類 石決明 (アワビ)」と、「大和本草卷之十三 魚之下 鱁鮧(ちくい なしもの しほから) (塩辛)」の「蚫〔(あはび)〕の肉」の私の注を参照されたい。
「引鰒〔(ひきあはび)〕」腹足部を細く引き切り返して長くして乾燥させたもののことであろう。もっと正確に言うと、所謂、「のしあわび」は、アワビの肉を薄く細く続けて削ぎ、干して琥珀色の生乾きになったのを見計らって、竹筒で押して平たく伸ばし、さらに「水洗い」・「乾燥」・「押し伸ばし」を交互に何度も繰り返すことによって調製したもので、非常な労力がかかった。参照したウィキの「熨斗」によれば、『「のし」は延寿に通じ、アワビは長寿をもたらす食べ物とされたため、古来より』、『縁起物とされ、神饌として用いられてきた』。「肥前国風土記」には『熨斗鮑についての記述が記されている。また、平城宮跡の発掘では安房国』から、実に長さ四尺五寸(凡そ一・五メートル)もの、のした『アワビが献上されたことを示す木簡が出土している(安房国がアワビの産地であったことは』「延喜式』の「主計寮式」にも『記されている)。中世の武家社会においても』、『武運長久に通じるとされ、陣中見舞などに用いられた』。「吾妻鏡」には建久三(一一九一)年、『源頼朝の元に年貢として長い鮑(熨斗鮑)が届けられたという記録がある』。『神饌として伊勢神宮に奉納される他、縁起物として贈答品に添えられてきた』が、『やがて簡略化され、アワビの代わりに黄色い紙が用いられるようになった(折り熨斗)』とある。最後の「吾妻鏡」のそれは建久三年十二月廿日の条で、『前右大將家政所』『運上 相摸國吉田御庄御年貢送文(おくりぶみ)の事』のリストの中に出る。
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例進長鮑千百五十帖(例進(れいしん)の長鮑(ながあはび)千百五十帖)
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「例進」とは直接の年貢とは別の先例である献納品として、の意。
『「熨斗蚫〔(のしあはび)〕」と書くは、非なり』と言っているが、「熨し蚫」なら問題ない。「熨す」は火鏝(ひごて)のみでなく、広義に「広がるように伸ばす」ことを意味するからである。
「麹醢〔(かうじししびしほ)〕」麹と塩を合わせて漬け込んだ塩辛。
「蚫の端」アワビの腹足の辺縁である外套膜のくしゃくしゃした部分。硬くて口当たりを嫌う人が多いが、私は寧ろ、そこを選んで切ってもらう。あそこが私は一番、磯の香りがして美味いと思っている。
「穢腸」中腸部分の附属器官であろう。
「つの」一番奥にある肝臓と生殖腺を指す。私の大好物。「猫にアワビの肝(きも)を食わせると耳が落ちる」という話を知っておられるか? 本当だよ……「大和本草卷之十四 水蟲 介類 鳥貝」の注の最後を読まれたい。
「百匁」三百七十五グラム。
「十五匁」五十六・二五グラム。
「二十匁」七十五グラム。
「鰷(あゆ)」読みはママ。普通はこれで複数種を含む「はや」と読む。アユの塩辛の「ウルカ」だね(私の数少ない苦手な食品である)。]
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