大和本草卷之五 草之一 蔬菜類 山葵(わさび) (ワサビ) / 幻の「ワサビ」の漢語「山萮菜」の古記載を発見した!
【和品】
山葵 順和名抄云養生祕要云山葵補益ノ食ナリ
トイヘリ又曰和名和佐美漢語抄用山薑二字○
今按辛温發散ノ性アリ補益スヘカラス其葉賀茂葵
ニ似其根形味生薑ニ似タリ故山葵山薑ノ名アリ中
夏ノ書ニテ未見之故漢名未知高山寒キ所ニ宐シ
里ニウフ圡宜ニヨルヘシ或曰陰地ノ岸ノカタハラニ植ヘシ
日ヲ畏ル味辛ク美ナリ食氣ヲメクラシ中ヲ溫メ
魚毒ヲ殺シ性温ニ乄猛カラス佳品ナリ無山薑則
芥薑相和者亦氣味相似
○やぶちゃんの書き下し文
【和品】
山葵(わさび) 順が「和名抄」に云はく、『「養生祕要」に云はく、山葵、補益の食なり』と、いへり。又、曰はく、『和名、「和佐美」。「漢語抄」に「山薑」の二字を用ゆ』〔と〕。
○今、按ずるに、辛、温〔にして〕、發散の性あり。補益すべからず。其の葉、賀茂葵〔(かもあふひ)〕に似たり。其の根、形・味、生薑〔(しやうが)〕に似たり。故に「山葵」「山薑」の名あり。中夏の書にて、未だ之れを見ず。故に漢名、未だ知らず。高山〔の〕寒き所に宐〔(よろ)〕し。里に、うふ。圡宜〔(とぎ)〕によるべし。或いは曰はく、「陰地の岸のかたはらに植ふべし」〔と〕。日を畏〔(おそ)〕る。味、辛く、美なり。食氣をめぐらし、中〔(ちゆう)〕を溫め、魚毒を殺し、性、温にして、猛〔(たけ)〕からず。佳品なり。山薑、無〔くんば〕、則ち、芥〔(からし)〕・薑〔(しやうが)を〕相ひ和する者も亦、氣味、相ひ似たり。
[やぶちゃん注:既に述べた通り、「大和本草卷之五 草之一 蔬菜類」の中に、私の基準では広義の「水族」に入れてよかろうと思われる「山葵」・「慈姑」(クワイ)・「芹」(セリ)・「水萵苣」(カワチシャ)の四項を以下に電子化注する。底本は従来通り、「学校法人中村学園図書館」公式サイト内にある宝永六(一七〇九)年版の貝原益軒「大和本草」PDF版の「大和本草附錄卷之五 草之一」(PDF)を用いる。本「山葵」は14コマ目である。日本固有種(DNA分析によって日本で独自に進化を遂げて栽培されるようになったことが証明された。時間を巻き戻すなら、恐らくは日本列島が大陸と陸続きであった時期に北方からワサビの祖先に相当する植物が日本列島内に入り、強い辛み成分を獲得するなどして固有の種となったと推定されている。サイト「食の研究所」内の漆原次郎氏の書かれた『「ワサビ属ワサビ」に危機が迫る』の「日本人が守るべきわさび(後篇)」のこちらを参照した)である、
双子葉植物綱ビワモドキ亜綱フウチョウソウ目アブラナ科ワサビ属ワサビ Eutrema japonicum
である。当該ウィキによれば、『漢字で「山葵」と書くが由来は諸説あり、一説には深山に生え、ゼニアオイ(銭葵)』(アオイ目アオイ科 Malvoideae 亜科ゼニアオイ属ゼニアオイ Malva mauritiana :但し、本種は江戸時代に花の鑑賞目的で渡来した帰化植物である)『の葉に似ているからといわれている』。『ワサビの語源については、平安時代中期の』「本草和名」(ほんぞうわみょう:深根輔仁(ふかねのすけひと)の撰になる日本現存最古の本草書。醍醐天皇に侍医権医博士として仕えた深根により、延喜一八(九一八)年頃に編纂された)には、『「山葵」の和名を和佐比と記している。同じく平安時代の』源順の「和名類聚抄」にも『和佐比と記されている。悪(わる)・障(さわる)・疼(ひびく)の組み合わせという説があるが、詳細は不明である』。『本種の学名 Wasabia japonica (Miq.) Matsum. とされることが多いが、現在では Wasabia 属は独立した属とはみなされていないので、Eutrema japonicum (Miq.) Koidz. が正しい学名である』。『ワサビの名が付く近縁な植物としてセイヨウワサビ(ホース・ラディッシュ)』(horseradish:アブラナ科セイヨウワサビ属セイヨウワサビ Armoracia rusticana )『があるが、加工品の粉ワサビやチューブ入り練りワサビなどでは、原材料にセイヨウワサビのみを使用したり、両方を使っていたりするため、日本原産のワサビを本わさびと呼び、これを使ったものを高級品として区別していることが多い』。『日本の特産で、北海道・本州・四国・九州に分布し』、『深山の渓谷、渓流に自生する』。『野生のものは珍しく、主に静岡県や長野県の清流や涼しい畑で栽培されている』(私は最初に教員となった学校のワンダーフォーゲル部の春合宿で谷川に登って土樽へ下る途中、友人であったOBが、天然山葵を見つけ、食べたことがある。辛みは穏やかだったが、香りがよかったのを覚えている)。『澄んだ水の冷涼な土地で生育する』。『多年草。根茎は太い円錐形で横筋があり、細根を出す』。『根生葉は束になって生え、長さ』十~二十センチメートル『の長い葉柄があり、葉身は径』五~十三センチメートルの『大型で』、『円形に近い心形』を成し、『光沢があり、葉縁に不揃いな鋸歯と波状の凹凸がある』。『花期は春』(三~五月)『で、根茎の頂から長さ』三十センチメートルほどの『茎が立ち、茎頂や上部の葉腋に、白色の十字型で花径』三ミリメートル『ほどの小さな』四『弁花を総状につける』。『日本の主要な産地は静岡県、長野県、東京都(奥多摩)、島根県、山梨県、岩手県、奈良県等である』。『このほか』、『日本国外では台湾南部、ニュージーランド、中国雲南省、韓国江原道鉄原郡』『などでも栽培されている』。『栽培の歴史は江戸時代の頃から本格的に行われ、静岡県有東木において、江戸時代初期にこの地域に自生していたワサビを移植し、栽培を始めたのがワサビ栽培の始まりとされている。寿司の流行により』、『急激に広まったと言われている』。『冷涼なところを好む性質で、栽培方法を大別すると、水栽培で渓流や湧水で育てられる通称水ワサビ(谷ワサビ、沢ワサビ)と、畑栽培で育てられる通称畑ワサビ(陸ワサビ)がある』。『水栽培は、山間部の北斜面で、水が濁らない湧水地がよいとされる』。『また、畑栽培は落葉樹下の夏は日陰で、冬は日が当たる場所が選ばれる』。『増殖は、種子を莢のまま』、『砂に埋めておいて』、『秋に播く』。『春に芽が揃ったら』、『定植する』とある(以下「歴史」(箇条書き)などが続くが、省略する)。
『順が「和名抄」に云はく、『「養生祕要」に云はく、山葵、補益の食なり』と、いへり。又、曰はく、『和名、「和佐美」。「漢語抄」に「山薑」の二字を用ゆ』〔と〕』「和名類聚抄」の巻十六の「飮食部第二十四」の「鹽梅(あんばい)類第二百十四」に(草類部ではないので注意)、
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山葵 「養生秘要」云はく、『山葵【和名「和佐比」。「漢語抄」に「山薑」の二字を用ゆ。今、案ずるに、出づる所、未だ詳かならず。】』と。補益の食なり。
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とある。「養生秘要」は既に注した日本現存最古の「本草和名」の作者として知られる深根輔仁(ふかねのすけひと)の撰になる延喜二一(九二一)年成立の著書。「漢語抄」は「楊氏漢語抄」で奈良時代(八世紀)の成立とされる辞書であるが、佚文のみで、原本は伝わらない。
「發散の性」「宣發」「宣散」などとも言う漢方用語。気・血・津液(しんえき:血の構成成分の一つ或いは血液以外の正常な体液成分の総称)を全身の隅々まで廻らせたり、発汗させたり、呼吸運動を起させることを指す。漢方の「肺」の主機能を指す。
「補益すべからず」補益(不足を補って益を与えること)をするわけではない。
「賀茂葵」、正式には)は、京都の賀茂御祖(かもみおや)神社(下鴨神社)と賀茂別雷(わけいかづち)神社(上賀茂神社)の賀茂祭(通称「葵祭」(あおいまつり))にデコレートされる賀茂神社の神紋「二葉葵」を「賀茂葵」と呼ぶ。同図案の元は双子葉植物綱ウマノスズクサ目ウマノスズクサ科カンアオイ属フタバアオイ Asarum caulescens の葉である。
『故に「山葵」「山薑」の名あり』と言っても、老婆心乍ら、これらは当て訓で「わさび」と読む。
「中夏」「中華」に同じ。
「漢名、未だ知らず」「当然です。日本固有種ですから。」と言いたいところだが、いやいや!あるぞ! 現代中国語では日本の山葵に別名で「山萮菜」(「さんゆな」と読んでおく)を挙げてあるのだが(「維基文庫」の「山葵」を参照)、この名前、古い漢籍で見かけたことがあるぞ?! そうだ! 今朝方、「大和本草卷之八 草之四 水草類 牛尾薀 (マツモ類か)」の注で、益軒先生が引用書名を間違ったために無駄に必死にめくって全文を眺めていた、あれだ!!! 例の明の太祖の第五子周定王朱橚(しゅしゅく 一三六一年~一四二五年)の撰になる優れた本草書「救荒本草」の中で確かに! 見たぞ! 探してみた――あった! 以下、国立国会図書館デジタルコレクションの享保元(一七一六)年板行版の当該部分(リンクは左頁の図。次のコマの右側に解説)をトリミングした画像を示して、後に訓読文を示す。訓読も読みも、私が、かなり、勝手に推定したので要注意ではある。
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山萮菜 密縣の山野に中に生ず。苗、初め、地に搨(とう)じて[やぶちゃん注:なすりつくようにの意か。]生ず。其の葉の莖、背、圓(まどか)に、靣(おもて)、窊(くわ)し[やぶちゃん注:音は現代仮名遣「カ」で、「くぼむ」の意。逆ハート形に切れ込んでいることを言っていよう。]、葉は、初めて出づる冬蜀葵(ふゆあふひ)の葉に似たり。稍(わづか)に、五つ、花(はなさ)く。义鋸齒(さきよし)の邊(へん)[やぶちゃん注:葉の辺縁にギザギザがあること。]、又、蔚臭の苗の葉に似て、硬厚にして、頗る大なり。後、莖义(けいさ)を攛(はねい)だし、莖、㴱き紫色なり。稍(ちひ)さき葉、頗る小味にして、微(かすか)に辣(から)し。
救飢 苗葉を採り、煠(ゆで)て、熟し、水を換へ、浸し、淘淨して[やぶちゃん注:水に浮いたものを取り去り。]、油・鹽にて調へ、食ふ。
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この「冬蜀葵」とは双子葉植物綱アオイ目アオイ科ゼニアオイ属フユアオイ Malva verticillata だ! 本邦の山葵の語源とされるゼニアオイ属だぞ! そもそもが、この解説文はどこ一つをとっても、山葵(わさび)の解説に見紛うじゃないか!?! 恐らくは、この「維基文庫」の「山萮菜属」のリストの中に私は古くから中国にある中国産ワサビ種がいると考えている。
「宐〔(よろ)〕し」「宜」の異体字。
「圡宜〔(とぎ)〕」「圡」は「土」の異体字。「土宜」は「その土に宜(よろ)しいもの」の意で、「その土地に適した農作物・その地味に合う作物」「その土地の作物」「その土地でできるもの」「土産(どさん)」の意。
「陰地の岸のかたはらに植ふべし」日の当たらない渓流の岸の傍(そば)に植えるのがよい。「岸」には「崖・斜面」の意もあり、ワサビの植生に関わるから、それらもハイブリッドに採ってよい。
「めぐらし」「𢌞らし」。増進させ。
「中〔(ちゆう)〕」漢方の「中焦」(ちゅうしょう)。消化器系全般を示す脾胃の仮想核心部。
「魚毒を殺し」ワサビには現在までに、未確証乍ら、抗菌効果・抗アレルギー効果・胃癌癌細胞増殖抑制効果・血管拡張効果・骨密度強化効果・認知症予防効果・老化予防効果・疾病予防効果から、神経細胞の再生を促して記憶力や学習能力を改善させる効果、ひいては、全身の細胞の再生促進効果があるとも言われている(ウィキの「ワサビ」の「有効成分」の項に拠ったが、順列を換え、いかにも怪しいと私が思うものを後に回した)。
「芥〔(からし)〕」双子葉植物綱フウチョウソウ目アブラナ科アブラナ属セイヨウカラシナ変種カラシナ Brassica juncea var. cernua 及びその近縁種の種子から作られる香辛料の芥子(からし)。
「薑〔(しやうが)〕」言わずもがな、単子葉植物綱ショウガ目ショウガ科ショウガ属ショウガ Zingiber officinale の根。
「亦、氣味、相ひ似たり」珍しいね、益軒先生が偽物造りを推奨するのは。ちょっと、先生、好きになりました♡]
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