大和本草附錄巻之二 介類 馬刀(みそがい) (×オオミゾガイ→×ミゾガイ→○マテガイ)
馬刀 入門曰形如斬馬刀有毒多食發疾本草ニモ
亦言有毒然レ𪜈今村民多食之
○やぶちゃんの書き下し文
馬刀(みそがい) 「入門」に曰はく、『形、馬を斬る刀のごとし。毒、有り』〔と〕。多く食へば、疾〔(やまひ)〕を發す。「本草」にも亦、『毒、有り』と言〔へり〕、然れども、今、村民、多く、之れを食ふ。
[やぶちゃん注:既に「大和本草卷之十四 水蟲 介類 蟶(マテ)マテガイ」が出ているが、どうも、この「みそがい」という名は、斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ目マテガイ超科マテガイ科マテガイ属マテガイ Solen strictus ではなく、ユキノアシタガイ科ミゾガイ(溝貝)属オオミゾガイ Siliqua alta のように感ぜられる。しかし、オオミゾガイは殻長は十四センチメートルほどになるものの、ずんぐりむっくりの寸詰まりで逆立ちしても「斬馬刀」(後述)には見えない。「斬馬刀」に見えるのは、どう見てもマテガイ及びその近縁種である(オオミゾガイはマテガイと色は似ているが(褐色)、薄くて割れやすい。嘗てはマテガイ科 Solenidae に入れられてあったものの、現在は科のレベルで全くの別種に分類改編がなされている。実際、現物を見ると、素人でも「凡そマテガイじゃあない」と判る形状であるから、「×」!)。なお、「マテ」という名は、殻の前後から斧足と水管を出している(本文の「兩巾」)姿が左右の手を出しているように見えることから「真手」(両手)の意とも、また、中国の軍用刀である「斬馬刀(ざんばとう)」、「馬刀(mǎ dāo:マータオ)」に似ているからなどともいう。当該ウィキの、その刀(よく中国の歴史映画や京劇の活劇シーンに出る奴である)の画像をリンクさせておく。因みに「蟶」は呉音で「チヤウ(チョウ)」、漢音で「テイ」。現代中国語では「chēng」(チョン)と発音する。
「みそがい」マテガイの異名に、形状から「カミソリ(ガイ)」(剃刀(貝))・「ソリガイ」(前の縮約か或いは「反り貝」か)がある。なお、実は標準和名にミゾガイ属ミゾガイSiliqua pulchella がいるのだが、前後端が開いてマテガイ様ではあるものの、これは殻長約三・五センチメートルと小さく、殻も極めて薄くて膨らみも弱い。殻の表面は綺麗な紫褐色を呈し、内面は紅色である。本州中部以南部の潮線下に棲息する。しかし、これは凡そ叙述から大きく隔たっているとしか私には思われない。紫色というのは貝類では珍しい部類に属すから、それを益軒が語らないことはあり得ないからである。死貝で経年しても、この色は脱色しない。但し、紫色がごく薄い個体もあることはある。ともかくもミゾガイも「×」!
「入門」明の李橚(しゅく。但し、李梃(てい)ともする)「醫學入門」。一五七五年成立。中国古今の医説の要説を述べ、経絡から臓腑の解説、諸科の診断と治療法、本草の性質概説、歴代医学者の名まで網羅する。全七巻。「内集」の巻二「本草分類」内に、
*
馬刀 在處有之。長三四寸、闊五六分、頭小、銳、形如斬馬刀、多在沙泥中、卽蚌之類也。味辛、微寒、有毒。破石淋、主漏下赤白寒熱、殺禽獸賊鼠、除五髒間熱、肌中鼠、止煩滿、補中、去厥痺、利機關。
*
『「本草」にも亦、『毒、有り』と言〔へり〕』「本草綱目」の巻四十六「介之二」の「馬刀」だが、「釋名」から「集解」に至るまでに「有毒」とする記載はない。出現するのは(囲み字を太字に代えた)、
*
殼【煉粉用。】氣味辛微寒有毒得水爛人腸又曰得水良恭曰得火良時珍曰按吳普云神農岐伯桐君鹹有毒扁鵲小寒大毒○藏器曰遠志蠟皆畏齊蛤。
*
殼【煉りて粉にして用ふ。】氣味辛、微寒。毒、有り。水を得て、人の腸を爛らす。又、曰はく、水を得て、良なりと【恭曰はく、「火を得て、良なり。」と。時珍曰はく、「按ずるに、吳普が云はく、『神農・岐伯・桐君、「鹹。毒、有り。」と。扁鵲、「小寒にして大毒あり。」と。藏器曰、『「遠志」蠟、皆、齊蛤を畏る。』と。】。
*
何だか言っていることがかなり矛盾しているようだが、ともかくも、「馬刀」の「殻」の粉末に瀉下剤としての効果(毒性)があるらしいのであって、肉が有毒とは書いてない。因みに、最後の「肉」の項には一言、『蚌に同じ』(「蚌」はドブガイ・カラスガイ)とあるきりで、前の「蚌」の「肉」のパートには『無毒』と明記してあるわけよ。益軒先生、毒性を記す時はよっぽど注意しなくちゃ、いけませんぜ!
「然れども、今、村民、多く、之れを食ふ」当然ですよ、マテガイは美味いし(私は上海で初めて食って実に美味いもんだと甚だ感心した)、毒なんか、ないもん。]
« 大和本草附錄巻之二 介類 蠣 (大型のマカキ・イワガキ) | トップページ | 大和本草附錄巻之二 介類 玉珧 (タイラギ或いはカガミガイ) »