大和本草卷之五 草之一 蔬菜類 慈姑(くはい) (クワイ)
慈姑 其子ハ根蔓ノ末ヨリ生ス舊本ハカレテ母子ハ
ノコリテ又來春生ス水田ニ多クウヘテ利トス甚繁生ス
味美シ然トモ塞氣本草生薑ト同ク煮テ佳シト云
如此スレハ不塞氣ヨク煮テ水ヲカヘ再煮或明日再
煮テ尤ヨシヲモタカハ是ト別ナリ水草ニ見ハスヨク似タリ
可分別春月生苗時其苗生スル処根ノ三分一ヲ切テ
水ニ栽レハヨク活生ス三分二ハ食スヘシ○一種スイタ
クハイト云物アリ葉モ根モ慈姑ニ似テ小ナリ花ナ
シ味佳シ慈姑ヨリ味濃ナリ攝州吸田邑ヨリ出タリ
○やぶちゃんの書き下し文
慈姑(くはい) 其の子は、根・蔓の末より、生ず。舊本は、かれて、母子は、のこりて、又、來春、生ず。水田に多くうへて、利とす。甚だ繁生す。味、美〔よ〕し。然れども、氣を塞ぐ。「本草」、『生薑と同じく〔して〕煮て佳し』と云ふ。此くのごとくすれば、氣を塞がず。よく煮て、水をかへ、再び煮、或いは、明日、再び煮て、尤もよし。「をもだか」は、是れと別なり。「水草」に見(あら)はす。よく似たり。分別すべし。春月、苗を生ずる時、其の苗、生ずる処、根の三分〔の〕一を切りて、水に栽ゑれば、よく活生す。三分〔の〕二は食すべし。
○一種、「すいたくはい」と云ふ物あり。葉も根も慈姑に似て、小なり。花、なし。味、佳し。慈姑より、味、濃なり。攝州吸田邑より出でたり。
[やぶちゃん注:オモダカの栽培品種である、
単子葉植物綱オモダカ目オモダカ科オモダカ属オモダカ品種クワイ Sagittaria trifolia 'Caerulea'
である。当該ウィキによれば、『別名田草、燕尾草、クワエともいう。歴史が古いことや葉の形から、地方では様々な呼び方がされている』。『日本などで食用にされる』。『クワイの語源は、収穫した外観が農機具の鍬(クワ)に似ていることから「鍬芋」(くわいも)と呼ばれたのが、転訛してクワイになったという説』『や、河芋(かわいも)が変化したという説やクワイグリ』(「グリ」は栗であろう。「くわい」は以下のヴェトナム語(旧安南語)が中国を経由して齎された説を私はとる)『から転じた等の伝承がある』。『大陸から伝わった根菜の一つで、ベトナム語では根菜を一般にkhoai』『と表記し、語感的には「くわい」と聞き取れる事から、そのままその呼び名が日本に入って来たと考えられる』。『日本へは平安初期に中国から伝来したという説がある』。『アジアをはじめ、ヨーロッパ、アメリカの温帯から熱帯に広く分布する』。『野生種は東南アジア原産とされているが、栽培品種は中国で作られた』。『クワイの栽培品種は青藍色の青クワイ、淡青色の白クワイ、小粒の吹田クワイの』三『種類があり、いずれも水田で栽培される。葉は矢尻形をしており、原種のオモダカ』(単子葉植物綱オモダカ目オモダカ科オモダカ属オモダカ Sagittaria trifolia 。「大和本草卷之八 草之四 水草類 澤瀉(をもだか) (オモダカ)」を見よ)『に比べ、塊茎の大きさが大きくなる。 吹田クワイは最も野生種に近く、牧野富太郎は渡来系とは別に日本で栽培品種化されたオモダカの変種として学名を与えている』。『日本での主流は青クワイで、ほくほくとした食感が特徴である。白クワイは中国での主流であり、シャリシャリとした食感が特徴』で、『デンプン質が豊富で栄養価が高く』、百『グラムあたりのカロリーは』百二十六『キロカロリーとサツマイモに近い。炭水化物の他にカリウム、葉酸、カテキンなどを含む』。『欧米では観賞用が主である。日本と中国では塊茎を食用とし、特に日本では「芽が出る」縁起の良い食物と評され、煮物にしておせち料理で食べられる習慣があるため、世界でも日本で最も普及している』。『塊茎は皮をむいて水にさらし、アクを抜いてから調理する。シュウ酸を含むので、茹でこぼすのがよい。ユリ根に似たほろ苦さがあり、煮物ではほっくりとした食感が楽しめる』とある。原種であるオモダカとの関係については、「花の縁 03-02-13」というヘッダーを持つ「13)クワイとオモダカ=慈姑と沢瀉」(PDF)が詳しいので参照されたいが、そこでは和名の由来の一つとして、『葉がイ』(単子葉植物綱イネ目イグサ科イグサ属イ Juncus decipiens 。「大和本草卷之八 草之四 水草類 藺・燈心草 (イ=イグサ)」を見よ)『に似ており』、『食用になるため』という一説が示されてあり、オモダカの学名の『属名』agittaria 『は「矢」に由来し、種小辞』trifolia 『は「三葉の」という意味で葉の形状に因む。イギリスでも『chinese arrowhead』で、葉の形から名付けられており、別称として『swanp potato』ともいわれ、こちらの方は「沼地のジャガイモ」という意味である。中国では『慈姑』であるが、これは根茎の増えかたが、慈母が子に乳を与える様子に似ていることによるためだという』とあって、漢名がやっと腑に落ちた。
「舊本」草体叢の最初の根茎のことであろう。
『「本草」、『生薑と同じく〔して〕煮て佳し』と云ふ。』「生姜と一緒に煮ると良い」の意。「本草綱目」の巻三十三の「果之五」の「蓏類」の「慈姑」の項に、「根」の「氣味」に(囲み字を太字に代えた)、
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苦、甘。微寒。毒、無し。【大明曰はく、「冷にして、毒、有り。多く食するときは、虛熱及び腸風・痔漏・崩中・帶下・瘡癤を發す。生姜を以つて、同じくして煮て、佳し。懷孕〔(くわいよう)〕の人、食ふべからず。」と。詵曰はく、「吳人(ごひと)、常に之れを食ふ。人をして發脚氣・癱緩風を發し、齒を損じ、顏色を失し、皮肉をして乾燥せしむ。卒(つひ)に之れを食ひて、人をして乾嘔せしむるなり。」と。】。
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とあって、実は諸症状を呈するとして、食用を勧めない記載の方が、断然、多い。益軒は本邦での食習慣から、かく誤魔化したものと思われる。
『「水草」に見(あら)はす』。「大和本草卷之八 草之四 水草類 澤瀉(をもだか) (オモダカ)」を見よ、の意。
「すいたくはい」「吹田くはゐ」が正しい表記である。益軒の「攝州吸田邑」は誤字で、古代は「次田邑」(すいたむら)と称した。現在の大阪府吹田市(グーグル・マップ・データ)に相当する。「吹田くわい」については、『「日本植物分類学会」第十一回大阪大会公開シンポジウム講演記録』の北村栄一氏のレジュメ「市民とともに 〜地域の植物研究での連携と成果〜」の「吹田くわいの歴史と文化」(PDF)に非常に詳しい。それによれば、「吹田くわい」の名が文献上に見出せるのは今から約三百年前の江戸中期からで、岡田渓志著の「攝陽郡談」(元禄一四(一七〇一)年成立)の巻十六「名物十産ノ部」に、『吹田田鳥子(くわい)は嶋下郡吹田村の水田で作り』、『市場に出している』。『形は小さいが』、『味はたいへん良いので』、『これを知る人はよく買っている』とあって、以下に益軒の本篇を記す。
「花、なし」誤り。白い小さな花を咲かせる。]
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