大和本草卷之八 草之四 水草類 石龍芻 (ネビキグサ)
石龍芻 燈心草ニ似テ短シ一名龍鬚燈心草ヨリ緊
小ニ乄瓤實ス燈心草ハ粗ク乄瓤虛白ナリ同類異物ナリ
○やぶちゃんの書き下し文
石龍芻〔(セキリユウシユ)〕 燈心草に似て短し。一名「龍鬚〔(りゆうのひげ)〕」。燈心草より緊〔(しま)りて〕小にして、瓤(なかご)、實〔(じつ)〕す。燈心草は粗くして、瓤、虛白なり。同類異物なり。
[やぶちゃん注:一部で「アンペライ」の名で知られ、それを和名と思い込んでいる人の多い、
単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ科ネビキグサ属ネビキグサ Machaerina rubiginosa
であるが、私は以下から、「アンペライ」と呼ぶべきではないと考える(記載によっては属名さえ「アンペライ属Machaerina」とする)。何故なら、「アンペライ」は「アンペラ藺」で、明らかに「莚」を意味する「アンペラ」由来で、それはポルトガル語の“ampero”或いはマレー語の“ampela”が語源であって、漢名は「筕篖」、近世以降、近現代まで、広く、砂糖などを入れる袋や莚及び多様な「覆い」の呼称として定着したそれと同義で、その「アンペラ」の材料が「アンペラ藺(い)」であるのだが、これは熱帯地方原産で、中国南部などで栽培し、近世以前の旧日本には自生しない(現在でも西表島のみ)、「ネビクグサ」とは全くの別種の一属一種である、
単子葉植物植物綱イネ目カヤツリグサ科レピロニア属 Lepironia articulata
のことを指すからである。私は「アンペライ」はこの Lepironia articulata の和名とすべきであると考えるからである。ウィキの「ネビキグサ」を引く。『ネビキグサは湿地に生え、その葉は円柱形で直立し、先端は鈍く尖っている。つまり泥の中から多数の長大な針が立ち並んだ姿の植物である。このようなものは』イネ目『イグサ科』Juncaceae『のイグサ』(イグサ属イグサ Juncus decipiens )『やホソイ』(イグサ属ホソイ Juncus setchuensis var. effusoides )、『カヤツリグサ科』Cyperaceae『のフトイ』(フトイ属フトイ Schoenoplectus tabernaemontani )、『ホタルイ』(ホソガタホタルイ属ホタルイ Schoenoplectiella hotarui )、『カンガレイ』(「寒枯れ藺」か。ホソガタホタルイ属カンガレイ Schoenoplectiella triangulates )『など非常に多くの例があるが、それらの場合、多くは針状に突き立つのは茎であり、真の葉は鞘状に退化している。あるいは途中に花序が出るものではそれ以下が花茎で、それより上に続く部分は苞が変化したものである。それに対して、本種では針状に突き立つのはすべて真の葉であり、茎ではない。花茎はあるが、この種の場合には葉と見間違うような姿は取っていない。日本では南部地域に生じるが、どこでも普通に見られるものではない。名称等には混乱が見られる。本種は時に泥炭湿地を形成し、浮島を作ることがある』。『常緑性の多年生草本』で、『草丈は』六十センチメートルから一メートル、『花茎が葉よりやや高くなる』。『根茎から多数の根出葉を立てる。地下には横に走る長い匍匐茎があり、その表面は鱗片状の鞘に覆われる。葉はほとんどが根出葉で、束になって出て、円柱形から多少左右に扁平となっており、葉幅は』三~四ミリメートルで、『表面は滑らかで光沢があり、先端は鈍く尖っている』。『葉の基部には鞘があり、その先端は斜めに切られたような形になっている。また花茎の途中にも茎葉が』一『つあり、これは基部の鞘の部分が長く、先端は斜めに切れたようになっている』。『花期は』七~十月で、『花茎は葉の束の中から出る』。『花序は全体としては円錐花序をなし、花茎の上半部に』三~五『個の分花序が着く。それぞれの分花序の基部には苞があり、茎葉のようで葉身は刺状になっている。個々の分花序は』五~六『個の小穂からなっており、その長さは』一~一・五センチメートル『ある』。『分花序の柄は扁平になっている』。『小穂は赤褐色で鱗片が約』十『枚折り重なっており、そこに花が』六~七『個含まれている。鱗片は卵形で長さ』五~六ミリメートルで、『繊維状の毛が多い。特に縁に毛が多く、先端は鋭く尖る』。『花は両性花で雄しべが』三『本あり、雌しべの先端は』三『つに裂けている。花被片やそれに由来する刺毛などはない。痩果は倒卵形で長さ』三ミリメートルで、『断面は鈍い』三『稜形で光沢があり、花柱の基部は僅かに盛り上がるが』、『ほぼ平坦で、そこに毛が密生しており、この部分は花後も残る』。『ただ、これらの記述に関して、出典の間に様々な違いがあり、記載が一定していない。例えば』、『葉の見てくれについて』、『星野他』(二〇〇一年)は『「光沢があり、平滑」とあるのに対して』、『大橋他』(二〇一五年)は『「平滑、粉白緑色で光沢がない」と平滑以外はずいぶん異なったことが書いてある。遡ると『粉白緑で光沢なし』は佐竹他編』(一九八二年)から『引き継いでいるらしい。また』、『葉先の形については星野他』『も大橋他』『も記述がなく、この点も奇妙であるが、北村他』(一九九八年)は『上記の葉質の問題には触れない一方で』、『葉先は「鈍い」とある』。『これに対して角野』(一九九四年)は『「先端が鋭頭」と鋭く尖る風に記してあり』、『これまた』、『咬み合わない。こんな風に書籍ごとに各所で記載が咬み合わない、それも表現の違い以上の点で食い違う例は珍しいと思われる。本記事の記載はそのような咬み合わない部分をある程度避けてまとめたものである』(☜:私は植物に冥いが、確かにこれは生態学的記載として異様である)。次に「名称」の項。『従来から用いられた名はアンペライであったらしい。この名は別属のアンペラ Lepironia articulata にちなんだもので、日本では普通に見られるものではない』(注に『日本では西表島にのみ産する』とある)『が、砂糖を入れるアンペラ袋として用いられた』り、『粗い菰を作って使用されたりしたことから名が知られていたようである』。『これに対してネビキグサが後に作られ、その名の意味は『長い根茎を引く草』とのことである』。『この名は牧野富太郎によるもののようで、牧野の昭和』一五(一九三〇)『年の版には『ねびきぐさ』を標準に、別名には『あんぺらゐ、ひらすげ』を示しており、従来の名は『あんぺらうゐ』なのだが』、『形も違う別種であるアンペラと紛らわしいので『ねびきぐさ』を採るとしてあり、名の意味として『株ヲ引ケバ長キ横走匍匐枝出ヅ』ることから、としている』。『さらにヒラスゲの名は偏スゲで、葉鞘部が扁平であることによるという。小山』(一九九七年)では『『アンペラ属と混同しやすいので』と牧野がつけた旨が明記されている』。『なお、このどちらを標準和名とするかに関しても問題があるようで、星野他』『はアンペライを、大橋他』『はネビキグサの方を採用しており、ついでに属名もそれぞれ種名に合わせている。さかのぼると佐竹他』(一九八二年)、『初島』(一九七五年)『はアンペライ、北村他』(一九九八年)、『小山』(一九七七年)、『角野』(一九九四年)は『ネビキグサを、という風でかなり伯仲している。大橋他』(二〇一五年)は『佐竹他』『の後継書であるが、先代がアンペライを採っているのに対して』、『ネビキグサを選んでおり、先代の判断から寝返ったらしい』。『本記事ではYList』(「植物和名―学名インデックス YList」(略称:YList)。「施設に保存されている研究用植物のデータベース」(BG Plants)で用いられる植物名、特に、日本産植物の和名と学名に関する詳細情報の整備を目的として、二〇〇三年に米倉浩司らを中心に作成されたもの。もとの正式名称は「BG Plants 和名−学名インデックス」であるが、基本データ蓄積と入力が主に米倉によって行われたため、通称で「YList」(ワイリスト)と呼ばれている)『に合わせて頭記の名を取った』。但し、『YListでは同属の M. glomerata の和名をヒラアンペライとしており、この種には他に異名はないようなので、統一性という意味では少々変である』(☜:「YList」の「ネビキグサ」、及び「ヒラアンペライ」をリンクさせておく。因みに私も激しくそう思う。これは属名和名を「ネビキグサ」として改名すべきであろう)。『日本では本州の東海地方から南西に琉球列島までと小笠原諸島に産し、さらに国外ではインド、スリランカ、インドネシア、オーストラリアまで分布する』。『日当たりのよい海岸の湿地に生える』。『分布域はそれなりに広いが、どこにでもあるというものではなく、角野』(一九九四年)は『「全般に稀な植物」であるが、地域によっては多く、時に大群落を作る、としている』。『なお、海岸性ではあるが、これは干潟や砂浜ではなく、淡水がその主たる生育環境である。角野』『は「湖沼やため池」と』、『その生育環境を記している』。『抽水性から湿性の植物』『で、つまり水中の底に根を下ろして茎や葉を水面から抜き出すか、あるいは湿った地面に生える』。『ニューギニアでは標高』千メートルら三千メートルまでの『地域に泥炭湿地を含む森林や草原が成立しているが、そのような場所の草原には幾つかのタイプがあり、背の高いイネ科草原おいては』ヨシ属セイタカヨシ Phragmites karka が(種小名の綴りが違っていた。「YList」の記載や海外サイトを勘案して採った)、『その中心となり、本種はそこに付随してみられる重要な要素の一つとなっている。またカヤツリグサ科』Cyperaceaeの『草原にも幾つか型があるが、本種はそのどれにおいても重要な構成要素となる』。『鹿児島県の藺牟田池』(いむたいけ:薩摩川内(さつませんだい)市祁答院町(けどういんちょう)藺牟田にある。ここ。グーグル・マップ・データ。「藺牟田池の泥炭形成植物群落」の名称で国の天然記念物。ラムサール条約指定湿地)『では温暖な地域であるにもかかわらず』、『浮島が形成されているが、この浮島を形成しているのがヨシ』(イネ科ダンチク亜科ヨシ属ヨシ Phragmites australis )『やフトイと共に本種が多く関与している。本種が浮島や泥炭を形成しうることを示す点でも重要なものとされている』。『本種の属するネビキグサ属には日本にもう』二『種が記録されている。その』一『つ、小笠原産のムニンアンペライ M. nipponensis は本種よりやや小柄であるだけで』、『それ以外はほぼ変わらない』。『この種に関しては大橋他』(二〇一五年)『は取り上げておらず、YListもこの名を本種のシノニムとして扱っている。つまり分ける必要は無いとの判断である』。『もう』一『種は』、『やはり小笠原諸島産のヒラアンペライ M. glomerata で、この種は多数の葉が重なり合って出て、それが左右から扁平となっている点で本種とは全く異なる』。『また』、『この種は湿地ではなく、乾燥した林内に生える』。『イグサ科やカヤツリグサ科には』、『緑』色で『針状の構造を』『湿地』で『林立させる』種が『多く、イグサやホタルイはそれがいずれも円柱状である点で本種と同様である。しかしこれらは、例えばイグサやホタルイは先の尖った円柱の構造の、上の方の途中から横向けに花序をつけるものだが、つまり』、『花序が着くからにはそれは茎である。花序より上は一見では』、『それより下から滑らかに続いているが、実は花序の基部の総苞が茎の延長に見える形になっているものである。その点、本種の場合には』、『緑の針状の構造は根出葉であり、花茎は別に出る。日本ではこのようなものは他になく、その点を確認すれば』、『本種と判断できる』とある。以上の記載は私には非常に面白く読めた。最後にウィキの「ネビキグサ」にある、「ネビキグサ」の画像と、私が拘った別種「アンペライ」の画像をリンクさせておく。
「石龍芻〔(セキリユウシユ)〕」中国語の「維基百科」「石龙刍」(石龍芻の簡体字表記)を見られよ。言わんこっちゃない! Lepironia articulata だ! アンペライの方に同定されている。
「燈心草」イネ目イグサ科イグサ属イグサ Juncus decipiens のこと。
「龍鬚〔(りゆうのひげ)〕」「龍鬚」は単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科スズラン亜科 Ophiopogonae 連ジャノヒゲ(蛇の鬚)属ジャノヒゲ Ophiopogon japonicus の異名でもあるので注意。
「瓤(なかご)、實〔(じつ)〕す」この観察は鋭い。これはまさに上記引用に見られる『緑の針状の構造は根出葉』で、維管束をしっかり持っているため、内が「實」(充実)しているという意であろう。イグサの茎は直立し、円筒形で中空である。イネ科Poaceaeの茎は殆んどが節部分以外は中空(「稈」と呼ぶ)。葉鞘とも重なり少ない質量で花序をしっかりと支えることができる優れた構造である。但し、イネ科でも、サトウキビ・ダンチク・トウモロコシなどは例外で、柔らかい組織が詰まっていて、中実である。「イグサ」は次に出る。]
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