大和本草卷之五 草之一 蔬菜類 芹(せり) (セリ)
芹 圃中ノ陸ニ生シタルハ水ニ生スルニマサレリ本草ニシ
ルセリ然レ𪜈泥中ニ生シテ白根長キヲヨシトス水中
ニ生スルハ三月以後不可食蛭ノ遺子アルヲヲソル凡
芹は性味ヨシ野菜ノ内ニテ上品ナリ糞ヲ忌米泔ヲ
畏ル一種柳芹ト云アリ味ヨシ葉ノ形モ常ノ芹ヨリ
ウルハシ○紅毛芹アリ根似羊蹄根其色亦黃○山
芹山谷ニ生ス形水芹ニ似タリ葉長ク厚ク堅シ傍ニ
小刻アリイラアリ根長白シ香味ハ常ノ芹ニ似タリ大ナリ
○やぶちゃんの書き下し文
芹 圃中の陸〔(くが)〕に生じたるは、水に生ずるに、まされり。「本草」にしるせり。然れども、泥中に生じて、白き根〔の〕、長きを、よしとす。水中に生ずるは、三月以後、食ふべからず。蛭〔(ひる)〕の遺子〔(のこしご)〕あるを、をそる。凡そ、芹は、性・味、よし。野菜の内にて、上品なり。糞を忌み、米〔の〕泔〔(ゆする)〕を畏る。一種、柳芹〔(やなぎぜり)〕と云ふあり。味、よし。葉の形も、常の芹より、うるはし。
○紅毛芹(ヲランダ〔ぜり〕)あり。根、羊の蹄〔(ひづめ)〕に似て、根、其の色〔も〕亦、黃〔なり〕。
○山芹、山谷に生ず。形、水芹に似たり。葉、長く、厚く、堅し。傍〔(かたはら)〕に小〔さき〕刻〔み〕あり、いら、あり。根、長〔く〕、白し。香味は常の芹に似たり。大なり。
[やぶちゃん注:日本原産の双子葉植物綱セリ目セリ科セリ属セリ Oenanthe javanica 。私は小学生の頃、初春、亡き母と一緒に裏山の用水池の周辺の湿地で野生のセリを摘むのが好きだった。一九六八年に富山に移るまで、春の母とのセリ摘みは続いた。今はもう、その池も、その下方に広がっていた藤沢の田圃も、文字通り、藤蔓だらけの渓谷も、これ、総て、住宅地となって消えてしまった……あそこにはモッゴや田螺や天然の鰻さえもいた。頸を捩じり殺した鷄を二羽ぶら下げて農道を行く農夫の後ろを二匹の野良犬がつけていた。桑の実や木苺や木通(あけび)も食い放題だった。山芋掘りの穴が山の斜面によく空いていた……。結婚してから、鍋の具にセリを金を出して買った時、何か、ひどく淋しい気持ちになった。私の失われた少年期の記憶とセリはかくも連動している……。当該ウィキより引く。『和名セリの語源は、若葉の成長が競り合うように背丈を伸ばし』、『群生して見えることから、「競り(セリ)」とよばれるようになったと言われている』。『別名、シロネグサ(白根草)』。『中国植物名(漢名)は、水芹(スイキン)』『という』。『食用とする際の観点から、田のあぜなどに自生する野生のセリを「山ぜり」あるいは「野ぜり」、水田で栽培されているものを「田ぜり」、畑で栽培されるものを「畑ぜり」と称している』。『日本原産で』、『東アジア、インドなどの北半球一帯と、オーストラリア大陸に広く分布する』。『日本では北海道・本州・四国・九州の各地に分布する』。『湿地やあぜ道、水田』『や休耕田など土壌水分の多い場所や、細い流れがある水辺に群生する湿地性植物である』。『若葉は春の七草で、水田で野菜としても栽培される』。『常緑の多年草で、秋から冬にかけて日が短い低温期は、多数の根生葉を叢生し、春から夏にかけての日が長い時期では、泥の中や表面を』、『横に這うように』、『根元から』、『白く長い匍匐枝(ほふくし)を伸ばして、秋にその枝の節から』、『新しい苗ができて盛んに成長する』。『高さは』二十~八十センチメートル『程度』で、『茎や葉など全草に芳香があり』、『長い柄のある葉を盛んに出す』。『葉は根際に集まってつく根生葉と、茎に互生してつく葉に分けられ』、『小葉は卵形で鋸歯がある』。『根生葉は長い葉柄がつき、茎につく互生葉の柄は上部になるほど短い』。『葉柄はいずれもさや状になる』。『全体的に柔らかく黄緑色であるが、冬には赤っぽく色づくこともある』。『花期は』七~八月で、『やや高く直立して花茎を伸ばし、その先端に枝分かれした複数の傘状花序をつけて、白い花を咲かせる』。『花柄の長さは揃っているので、花序はまとまっている』。『個々の花は小さく、花弁は』五『個で』、沢山、咲く。『果実は楕円形で、長い花柱を持っている』。『野生種から選抜したものが栽培されていて、品種分化は少ない』。『栽培時期は春に苗の植え付けを行って』、『秋に収穫し、栽培適温は』十~二十五『度とされている』。『水田栽培の「田ぜり」と畑栽培の「畑ぜり」の二つの栽培方法で行われていて、水田栽培は清水があるところに早春越株を植え付けが行われ、畑栽培では匍匐枝(ランナー)を取って植え付け、たびたび灌水して育成する』。『栽培方法は各地で確立されてい』るが、『畑ぜりの栽培はごくわずかで』、『一般には秋早くに親株が水田に植えられて、冬の収穫期に緑の若葉が茂る』。『栽培品は軟白栽培されたものが主流で、野生のセリに比べて香りが穏やかで食べやすくなっている』。『市場には自生品が出回ることもあるが、最近では養液栽培も盛んである。野草としての性質が強く』、『種子の発芽率が低いため、計画的な生産には発芽率の改善が不可欠である。産地にもよるが、栽培ものと野生のものに、比較的差が少ない種である。観賞用の斑入りの品種もある』。『日本におけるせりの生産量は、平成』三〇(二〇一八)『年産では宮城県が最も多く全国の』四『割を占めており、次いで茨城県、大分県、秋田県が多い』。『数少ない日本原産の野菜のひとつで、春の七草として古くから親しまれ、七草粥にも使われている。香草であり、緑黄色野菜でもある。鍋物や油炒め、和え物などにして食べられる。独特の強い香りには健胃、食欲増進、解熱といった薬効がある』。『若いときの茎と葉を収穫して、古くから薬効のある冬の野菜として親しまれている』。『野菜としては緑黄色野菜に分類されている』。『東洋では』二千『年ほど前から食用に利用されてきているが、西洋では食べる習慣はない』。『寒冷地域では、冬季の緑色野菜が不足するときに、新鮮な香味野菜として和風料理には欠かせない食材である』。『野菜としての旬は』一『月から』三『月まで』。『秋田県湯沢市三関(みつせき)地区産の「三関せり」のように、気候や土質・水質の良さや江戸時代からの選抜育成によりブランド化した伝統野菜もある』。『なお野生のものを食べる場合は肝蛭』(カンテツ:吸虫綱二生亜綱棘口吸虫目棘口吸虫亜目棘口吸虫上科蛭状吸虫(カンテツ)科蛭状吸虫亜科カンテツ属カンテツFasciola hepatica 。旧称「ジストマ」。吸虫類は肺吸虫症・肝吸虫症などを引き起こす厄介な(感染した場合の完全駆除が難しい)寄生虫である。「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚘(ひとのむし)」の私の注を参照されたいが、益軒の「蛭〔(ひる)〕の遺子〔(のこしご)〕あるを、をそる」を笑った奴は、このカンテツ感染の重大な指摘を計らずも述べている結果となっていることに気づかなくてはならない! この「蛭」はヒル(環形動物門ヒル綱 Hirudinea)の蛭じゃないと読むべきなのだ!)『の感染に注意が必要である。対策としては良く洗うことが挙げられる』。『日本では生薬名は特に持たないが』。『中国薬物名としては』、六~七月頃に『刈り取って乾燥した全草を水芹(すいきん)と称している』。『薬効としては、乾燥させた茎葉を布袋に入れて風呂に入れ浴湯料とすると、精油成分が湯に溶け出して血液循環をよくして、リウマチ、神経痛、血圧降下の効果に良いとされる』。『日本では古くから食用にされており、平安時代には宮中行事にも用いられていた』。『セリは春の七草の一つに数えられ、奈良時代に成立されたとされる『万葉集』にもセリ(芹子/世理)摘みの歌がいくつか知られている』。また。「万葉集」巻第十には、『「君のため山田の沢にえぐつむと 雪消の水に裳(も)の裾ぬれぬ」と詠まれた歌があり、ここで詠まれた「えぐ」はクログワイ』(単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ科ハリイ属クログワイ Eleocharis kuroguwai :「大和本草卷之八 草之四 水草類 烏芋(くろくはい) (クログワイ・シログワイ・オオクログワイ)」を参照)『とする説もあるが、植物研究者の細見末雄や深津正はこれを否定し、セリ説を唱えている』。平安時代の「後拾遺和歌集」の『中に曽禰好忠が「根芹つむ春の沢田におり立ちて 衣のすそのぬれぬ日ぞなき」と詠んだ歌があり』、これは前述の「万葉集」の『歌を本歌とした取歌であると』もする。なお、「広辞苑」によれば、『高貴な女性がセリを食べるのを見た身分の低い男が、セリを摘むことで思いを遂げようとしたが徒労に終わったという故事から、恋い慕っても無駄なことや思い通りにいかないことを「芹を摘む」という』とある。以下、類似する毒草につては、太字にする。『自生するセリは、小川のそばや水田周辺の水路沿いなどで見られるが、大型で姿かたちがよく似ている毒草のドクゼリ』(セリ科ドクゼリ属ドクゼリ Cicuta virosa :毒成分はシクトキシン(Cicutoxin)・シクチン(Cicutin)で、中毒症状は痙攣・呼吸困難・嘔吐・下痢・腹痛・眩暈・意識障害などだが、死に至る場合もある。五グラム以上の摂取で致死的中毒の可能性が生ずる)『との区別に配慮が必要である』。『特に春先の若芽はセリと間違いやすい』。『ドクゼリは地下茎が緑色で太くタケノコ状の節があり、横に這わず、セリ独特の芳香がないのに対し、セリは白いひげ根があるで区別できる』。『キツネノボタン』(双子葉植物綱キンポウゲ目キンポウゲ科キンポウゲ属キツネノボタン Ranunculus silerifolius :毒成分はラヌンクリン(ranunculin)で誤食すると、口腔内や消化器に炎症を起こす。茎葉の汁が皮膚につくだけでかぶれる)『もセリと同じような場所に生育する毒草である』。『ドクニンジン』(セリ科ドクニンジン属ドクニンジン Conium chaerophylloides :各種の有毒物質を含むが、特に神経毒コニイン(Coniine)が猛毒で、ソクラテスの処刑に用いられたことでも知られる。コニインは、最初、中枢神経興奮麻作用を示した後、逆の中枢神経抑制作用を示し、次いで、運動神経の末梢から麻痺が進んでいく。悪心・嘔吐・口渇・瞳孔散大・手足末端の麻痺(脚部→腕部→表情筋の順)・痙攣・呼吸筋麻痺による呼吸障害へと順に進行する。意識は最期まで正常に保たれたままで死に至るとされる猛毒である)『は、ニンジンにも似たヨーロッパ原産のセリ科有毒植物で、日本には関東地方から中国地方の範囲に帰化しており、草原に生えて』おり、『個々の小葉だけを取ると』、セリに『似ているので間違えるおそれがある』とある。
『圃中の陸〔(くが)〕に生じたるは、水に生ずるに、まされり。「本草」にしるせり』「本草綱目」巻二十六の「菜之一」の「葷辛類」下に「芒斳」として立項され、「釋名」に「芹菜」「水英」「楚葵」の別名を載せ、「集解」に至って「恭曰はく、水斳、卽ち芹菜なり」と出、さらに見て行くと。「詵曰はく『水芹、黒滑地に生じ、之れを食ふ。高田の者は如かず』とあるのがそれであろう。
「然れども、泥中に生じて、白き根〔の〕、長きを、よしとす」益軒先生、ご名答! 日本固有種のセリはそれです!
「糞を忌み」これはセリが香りを持つ草であるから、糞臭を嫌うのというのは、腑には落ちるが、多分に臭気という類感的呪術的な忌避であろうと読む。
「米〔の〕泔〔(ゆする)〕を畏る」「泔」は米の研ぎ汁である。ある種のえぐみのある植物や腥い魚類などの臭みを抑えたり、除去するのに、米の研ぎ汁はしばしば用いられるから、これは一種の相殺するという効果からの類感的呪術のようなニュアンスかと私は想像した。
「柳芹〔(やなぎぜり)〕」「味、よし。葉の形も、常の芹より、うるはし」と言っているからには、別種ではありえない。セリが清浄な好条件下で、ストレスが加わらず、最大伸長しているものであろう(私は母と摘んだセリよりも美味いセリに出逢ったことは嘗てない)。柳の枝のようにしなやかで、且つ、歯応えや香りもよいものは、いかにもこう呼びたくなる気はする。
「紅毛芹(ヲランダ〔ぜり〕)」セリ科オランダゼリ属(又はオランダミツバ属)オランダゼリ Petroselinum crispum 。そう、parsley、パセリのことである。ウィキの「パセリ」によれば、『南イタリアおよびアルジェリアが原産と』され、『古代ローマ時代から』、『料理に用いられており、世界で最も使われているハーブの』一『つでもある』。『地質や気候への適応性に優れ、栽培が容易なため世界各地で栽培されているが、乾燥には弱い。なお』、『葉が縮れているものは人間の品種改良によって生み出されたものであり、自然界では不利になる形質である』。『日本には』十八『世紀末にオランダ人によって長崎に初めて持ち込まれたとされ、長崎で栽培されていた』。『このため、「オランダゼリ」「洋ゼリ」などの名でよばれていた』。但し、『本格的に日本で栽培が始められたのは明治初年以降である』とある。福岡藩の益軒にはこの情報はごく近距離のものである。
あり。根、羊の蹄〔(ひづめ)〕に似て、根、其の色〔も〕亦、黃〔なり〕。
「山芹」セリ科ヤマゼリ属ヤマゼリ Ostericum sieboldii であろう。当該ウィキによれば、『高さは』五十~一メートルと葉が「長く」、『小葉』『の縁に粗い鋸歯がある』とあるのが、よく一致する。本邦では『本州、四国、九州に分布し、山地の林下や渓谷の縁などに生育する。世界では、朝鮮半島、中国大陸(東北地方の南部)に分布する』とあるので、私の広義の「水族」に入れてよかろう。本種については、Windborne氏(植物生態学者の橋本郁三氏か?)のブログ「食べられる野生植物の写真と,秘密の料理」で食用を確認した。他にもブログ「山野草を育てる」にも「ヤマゼリ(山芹)とドクゼリ(毒芹)の比較」があった(但し、食用とする記載はない)。]
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