大和本草附錄巻之二 介類 龜の尿を採る法 (カメの尿で磨った墨は石に浸透するとされた)
龜ノ尿ヲ取法本草ニ曰紙燭ヲ以龜ノ尻ニ㸃スレバ
尿出ヤヽヲソシ猪ノ毛又ハ松葉ニテ鼻ヲサセバ尿
出ト云リ時珍曰龜尿ヲ以墨ヲスリ石ニ書ス能入
コト數分ト云日本ニテ昔佛經ヲ石ニカキ其文字
久シク不脫モ此法ナリト云今モ其石アリ
○やぶちゃんの書き下し文
龜の尿を取る法。「本草」に曰はく、『紙燭を以つて、龜の尻に㸃ずれば、尿〔(いばり)〕出づ。やゝ、をそし。猪の毛又は松葉にて鼻をさせば、尿、出づ』と云へり。時珍曰はく、『龜の尿を以つて、墨をすり、石に書す。能く入ること、數分』と云ふ。「日本にて、昔、佛經を石にかき、其の文字、久しく脫(ぬ)けざるも、此法なり」と云ふ。今も其の石あり。
[やぶちゃん注:言っておくと、本書ではこと新しい記事ではない。既に「大和本草卷之十四 水蟲 介類 龜(イシガメ)」でこれが述べられてある。そこでも引いたが、サイト「美味求眞」の河田容英氏の「亀の尿」に、この不思議な力について、非常に詳しい化学的・民俗学的考察が載るので、詳しくはそちらを読まれたいが(今回は以下で少し引用させて戴く)、別に確認したところ、淡水産のカメの尿はさらさらの透明である。而して河田氏によれば、淡水カメの尿は、多量の尿素と馬尿酸(Hippuric acid)を含むという。『この科学的な成分が浸透するので、石碑に書き込むには適している事になる。しかし、亀尿の量は、非常にわずかで希少価値である』。「食物本草」でも、『漆塗りの盆の上に亀を乗せて、盆に写る自分の姿に驚いて尿を出させるという方法で得られると述べている位である。またさらに調べると』、「食物本草」には『亀尿を出させるための別の方法も記してあった。その方法は』、「本草綱目」から『引用した方法のようで「紙燭で亀の尻を点ずれば尿が出る」とある。さらに「猪の毛や松の葉で鼻を刺せば尿が出る」ともある。このように亀に尿を出させるのにも様々な工夫と苦労が必要だったようだ』。しかし、『同じ浸透の為の物質を得る為であれば、亀でなくても、他の動物の尿からも同じものが取れるはずである。馬の尿は大量であるし、鮫は尿素によって浸透圧をコントロールするので、こうした動物から簡単に集められたに違いない。それでも必ず亀の尿が使われたことに何らかの重要な理由があったと考えるべきであろう』とされた上で、中国古来からある「亀卜」(きぼく)を指摘され、『昔から人々は亀には特別な霊力のようなものがあると考えていたのかもしれない。「鶴は千年、亀は万年」というように亀は長寿であると考えられていたが、それも亀の霊力を暗示しているようにも思われる。石碑に文字を残すという行為も、その不偏性』(普遍性・不変性)『を獲得するために、墨には亀の尿が混ぜられる必要があったのではないかと考えられるのである』と述べておられる(さらに多くの石碑の台座に象られるカメ型の想像聖獣「亀趺」(きふ)との関連も述べて擱筆しておられる。全文を読まれたい)。
『「本草」に曰はく……』「本草綱目」の巻四十五の「介之一」の巻首にある「水龜」の中に(囲み字は太字に代えた)、
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溺采取【頌曰按孫光憲北夢𤨏言云龜性妬而與蛇交惟取龜置瓦盆中以鑑照之龜見其影則滛發失尿急以物收取之又法以紙炷火以㸃其尻亦致失尿但差緩耳時珍曰今人惟以猪鬃或松葉刺其鼻即尿出似更簡㨗也】
主治滴耳治聾【藏器】㸃舌下治大人中風舌瘖小兒驚風不語摩胸背治龜胸龜背【時珍】
發明【時珍曰龜尿走竅透骨故能治瘖聾及龜背染鬚髪也按岣嶁神書言龜尿磨瓷器能令軟磨墨書石能入數分卽此可推矣】
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溺(いばり)采取(さいしゆ)【頌曰はく、「按ずるに、孫光憲が「北夢𤨏言(ほくぼうさげん)」に云はく、『龜、性、妬(と)にして蛇と交はる。惟(た)だ、龜を取りて、瓦盆(ぐわぼん)の中に置きて、鑑(かがみ)を以つて、之れを照せば、龜、其の影を見て、則ち、滛發(いんはつ)し[やぶちゃん注:下水(したみず)を刺激し。]、失尿す。急(すぐ)に物を以つて、之れを收め取る。又の法に、紙を以つて、火を炷(とも)し、以つて、其の尻に㸃ず。亦、失尿を致す。但し、差(やや)、緩(ゆる)きのみ。』と。時珍曰、「今の人、惟だ猪(ぶた)の鬃(そう)[やぶちゃん注:背中の長い毛。]を以つて、或いは、松葉を其の鼻を刺せば、即ち、尿(いばり)出づ。更に簡㨗(かんしよう)[やぶちゃん注:非常に簡便であること。]なるに似たり。」と。】
主治耳に滴らせて聾を治す【藏器。】。舌下に㸃じて、大人の中風・舌瘖(ぜついん)[やぶちゃん注:発声不全。]、小兒の驚風・不語を治す。胸・背に摩して[やぶちゃん注:揉み込んで。]、龜胸・龜背を治す【時珍。】[やぶちゃん注:「龜胸・龜背」はよく判らないが、胸骨変形や脊柱奇形を指すか。]。
發明【時珍曰はく、「龜の尿は、竅(つぼ)に走り、骨を透る。故に、能く瘖聾及び龜背を治す。鬚や髪を染むるなり。按ずるに、「岣嶁神書(くらうしんしよ)」[やぶちゃん注:原本は九霞子の撰で仙術書。漢代以前の成立か。]に言はく、『龜の尿、瓷器(しき)[やぶちゃん注:陶器。]に磨(す)りて、能く軟らかにせしめ、墨に磨りて、石に書し、能く入ること、數分(すぶ)、卽ち、此れ、推(お)すべし。』と。】
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「頌」既出既注だが、再掲しておく。宋代の科学者にして博物学者蘇頌(一〇二〇年~一一〇一年)。一〇六二年に刊行された勅撰本草書「図経本草」の作者で、儀象台という時計台兼天体観察装置を作ったことでも知られる。
「孫光憲」(?~九六八年)は五代の後唐・宋の初めの学者・文学者。貴平(四川省)出身。後唐で荊南節度副使を勤め、後に宋に仕えて黄州刺史となった。蔵書多く、博学で、多くの著述があるが、当時の有名人の逸話を記した「北夢瑣言」(この「北夢」は雅号で、彼が夢沢(ぼうたく)という地(湿地帯か)の北に住んでいたことに拠る)が現存する。さても、ここに示された「主治」の内、奇形に対するそれは多分に類感呪術っぽくて信用におけないが、石碑に墨書きして浸透して消えない、というのは古くから中国で行われ、信じられていたことがよく判る。
「佛經を石にかき」経石は多く残っており、確かに鮮やかに残っているものがある。但し、本当にカメの尿が用いられたかどうかはちょっと確認出来ない。識者の御教授を乞う。普通の墨汁でも浸透度は高く、石木、特に木に書かれたそれは消すこと自体が難しく、上塗りするか、削り取るしかないと、最近、聴いた。]
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