大和本草卷之八 草之四 水草類 烏芋(くろくはい) (クログワイ・シログワイ・オオクログワイ)
烏芋 葧臍トモ云時珍曰一莖直上上無枝葉狀如
龍鬚今按其莖オホ井ニ似テ小也燈心草ニ似テ大
也莖ノ内空シ攝州河州ニ多シ根ハ慈姑ニ似テ黑シ
果トシテ生ニテモ煮テモ食ス救荒本草採根煮熟食
之製作粉食之厚人膓胃不飢トイヘリ三四月苗生
ス舊根カレス慈姑ノ如シ花ナシ食物本草曰又一種野
生者小而香
○やぶちゃんの書き下し文
烏芋(くろくはい) 「葧臍〔(ホツサイ)〕」とも云ふ。時珍曰はく、「一莖直ちに上〔(のぼ)〕る。上に、枝葉、無し。狀、龍鬚〔(りゆうのひげ)〕のごとし。」と。今、按ずるに、其の莖、「おほい」に似て、小なり。燈心草に似て大なり。莖の内、空〔(むな)〕し。攝州・河州に多し。根は慈姑(くはい)に似て、黑し。果として、生〔(なま)〕にても、煮ても、食す。「救荒本草」に、『根を採り、煮熟〔して〕之れを食ふ。製して粉と作〔(な)〕し、之れを食ふ。人の膓胃を厚くす。飢ゑず。』と、いへり。三、四月、苗を生ず。舊根、かれず、慈姑のごとし。花、なし。「食物本草」に曰はく、『又、一種、野生の者〔あり〕、小にして香んばし。』と。
[やぶちゃん注:取り敢えず、
単子葉植物綱イネ目カヤツリグサ科ハリイ属クログワイ Eleocharis kuroguwai
としておくが、「葧臍」は、近縁種の、
ハリイ属シログワイ Eleocharis dulcis
をも指し、さらにウィキの「クログワイ」によれば、『クログワイの名で食用とされているものがあるが、実は近縁な別種であ』り、『中華料理で黒慈姑(くろぐわい)と言われるものは』、
ハリイ属オオクログワイ(シナクログワイ)Eleocharis dulcis var. tuberosa
であって、本邦でも、『九州などに稀に分布するシログワイの栽培品である。台湾、中国南部からインドシナやタイ方面では、その芋を目的に水田で栽培される。野菜(ナシのような食感で缶詰にもされる)、あるいはデンプン源として利用されるほか、漢方薬としては解熱、利尿作用があるとされる』とあるので、この両種を除外することは出来ない(他にもあり、以下で改行して示した)。なお、「おせち料理」で知られる、「慈姑」(くわい)は、
単子葉植物綱オモダカ目オモダカ科オモダカ属オモダカ品種クワイ Sagittaria trifolia 'Caerulea'
であって、全くの別種であるから、注意せねばならない。これは、本巻の「大倭本草巻之五 草之一」の「蔬菜類」に収録されてあり、そこには「山葵(わさび)」もあるので、本「大和本草卷之八 草之四」を終えた後に改めて抽出することとする。
まず、ウィキの「クログワイ」を引く。『。細長い花茎だけを伸ばす植物で、湿地にはえる』。『泥の中に地下茎を長く這わせる。あちこちから』、『それぞれ少数ずつの花茎を出し、それが真っすぐに上に伸びるので、全体としては一面に花茎が立ち並ぶ群落を作る。花茎は高さ』四十~八十センチメートルで、『緑色でつやがあり、断面は円形、先端までほとんど太さは変わらない。花茎の内部は中空になっていて、所々にしきりの壁(隔壁)が入っている。花茎を乾燥させると、それが外側からも見て取れるようになる。葉は根元の鞘として存在するだけで、葉身はない。鞘は赤褐色に色づく』。『小穂は茎の先端に出る。太さは茎と同じで、間がくびれたりしないので、花茎から連続しているように見え、ちょっと見ると』、『あるのが分からないこともある。小穂は多数の花からなり、外側は螺旋に並んだ鱗片に包まれる。鱗片は楕円形で先端が円く、濃い緑色。中には雌しべと雄しべ、それに糸状附属物が並ぶ。果実は熟すると明るい褐色で倒卵形、先端に雌しべ花柱の基部の膨らんだ部分が乗る』。『日本では関東、北陸以西の本州から九州に分布し、海外では朝鮮南部に分布がある。浅い池などに生育するが、水田に生育することも多く、水田雑草としても定着している』。『初夏から秋にかけてよく繁茂し、秋の終わりには匍匐枝の先端に小さな黒っぽい芋(塊茎)をつける』が、本種の和名は、この芋の形が本家のクワイに似ていることに由るものである』。『水田雑草で』、『根も深く』、『塊茎で繁殖するため、難防除雑草として扱われる』。古く「万葉集」に「ゑぐ」の名で現われ(一八三九番と二七六〇番。但し、研究者の中にはこれをクログワイとせず、芹(セリ)の異名ともする。しかしこの「ゑぐ」とは「ゑぐみ」(蘞味・醶味:「えぐい味」「あくが強くて、咽喉や舌がいがらっぽく感じる味」を直ちに連想させ、これは断然、セリではなく、クログワイに繋がるような気がしなくもない)、『沢などに自生する山菜として、多くの古典では食用として収穫されている姿が描かれている』。『救荒植物としての一面を持ち、江戸時代には栽培すらされていた地域もある。水田の近くに自生するのは』嘗て『「植えられていた」名残である可能性もあるが、塊茎は小さく、より大きな栽培品種が存在する現在では』、『単なる雑草』とされてしまっている。『前述の食用とされる種の基本変種はシログワイ(別名イヌクログワイ)『という。クログワイに似るが』、『より大型で』一メートル『を越える。また、穂が白っぽくなる。日本南西部や中国南部から太平洋諸島、オーストラリアまで、またマレーシア、インドを経てアフリカにまで産する。日本では本州南岸の一部から九州、琉球列島に産するが、栽培からの逸出であるとも言われる。栽培種であるオオクログワイは芋が大きくて直径』二~三センチメートルに『達する』。近縁種に、
ハリイ属ミスミイEleocharis fistulosa
があり、以上の種に『似て、水中の泥に匍匐枝を伸ばし、花茎を多数立てる植物で、小穂が花茎の先端に、滑らかにつながって生じる点もよく似ている。はっきりと異なるのは、花茎の断面が三角形をしていることである。また、花茎は中空でない。本州では日本南西部、中国から、インド、オーストラリアにまで分布し』、『特に日本では愛知県と紀伊半島の一部、それ以南、九州から琉球列島に分布する。本土ではごく珍しいものである』とある。ハリイ属オオヌマハリ(ヌマハリイ)Eleocharis mamillata などの類も、『これらと同様に、水中の泥に匍匐枝を伸ばし、花茎を多数立て、一面に花茎の並んだ群落を作る。花茎の先端の小穂の基部がはっきりとくびれて、小穂は楕円形で花茎よりはっきりと太い点が異なる』とするが、調べたところ、これらの類は芋がごく小さく、食用にはなりそうもなく思われたので、特に掲げないこととした。
次にウィキの「シログワイ」を引く(以上と重複する部分もあるが、ほぼそのまま採った)。シログワイは別名をイヌクログワイ(犬黒慈姑)とも呼ぶことからも、ここで黒と言っているから、白はおかしいとして除外出来ない別な証左ともなると言えよう。『根茎には、レンコンに似た食感と味がある』。『インド原産の、多年生、水性の草本で、日本に広く分布するクログワイに似るが、より大型で、高さ』一メートル『を越える。また、穂が白っぽくなる。日本の正月などに食べるオモダカ科のクワイとは別科の植物で、根茎の食感も大きく異なる』。『日本南西部や中国南部から太平洋諸島、オーストラリアまで、またマレーシア、インドを経てアフリカにまで分布する。日本では本州南岸の一部から九州、琉球列島に産するが、栽培からの逸出であるとも言われる。栽培種であるオオクログワイは芋が大きくて直径』二~三センチメートルに『達する。寒冷には弱い』。『中国名は荸薺(ビーチ、ピンイン:bíqi)。中国の別名に、馬蹄、地栗、水芋、芍、鳧茈、鳧茨、烏芋』(☜)、『烏茨、菩薺、苾薺、葧臍』(☜)、『馬薯、黒山棱などがある』。『栗のような形で水中にできるため、英語では、ウォーターチェスナッツ(英: water chestnuts)と呼ばれる』。『中華料理で俗に黒慈姑(くろぐわい)と言われるものは、和名をオオクログワイ』又はシナクログワイ『といい、シログワイの栽培品である。台湾、中国南部からタイなどのインドシナ方面で、根茎(芋)を目的に水田で栽培される。中国の主産地は、江蘇省、安徽省、浙江省、広東省など、長江、珠江のような大河の下流域の低湿地。春から初夏にかけて根茎で栽培をし、冬に収穫する』。『野菜、あるいはデンプン源として利用される。根茎の食感はさっと加熱したレンコンのようにシャキシャキしており、少し甘味がある。ナシにした食味のものもあり、果物のように生食もされる。根茎の水分は』七十『%程度、デンプンは』二十『%程度、タンパク質を』二『%強含む。食物繊維も多いため、整腸作用がある』。『中華料理では、根茎の皮をむいて炒め物にするほか、つぶして、米の粉などと合わせて、揚げ団子を作ったり、細かく刻んで、シロップ煮にしたり、「馬蹄爽」などと呼ばれる清涼飲料水の材料にもする。デンプンは、砂糖を加えて、湯で練って蒸し、広東料理で「馬蹄糕」と呼ばれる餅状の点心などに加工される。「馬蹄糕」はそのまま食べるほか、鉄板焼きにされることも多い』。『日本には水煮の缶詰の形で輸入されており、中華料理店の業務用などに使われているが、日本でも古くから食用としていた形跡があり、青森県亀岡の縄文遺跡から出土している』(☜)。『漢方薬としては根茎が利用される。汁に解熱、利尿、去痰作用があるとされる。性は甘、寒。特有成分としてプチイン(Puchiin)を含み、抗菌作用があるが、熱には弱い』とある。
「葧臍〔(ホツサイ)〕」「葧」は第一義はキク亜綱キク目キク科ヨモギ属シロヨモギ Artemisia stelleriana を指すが、植物などが「盛んに茂る」の意があり、本種群の田圃の困った生い茂る雑草に通じ、それに「臍」は、クログワイやシログワイの根芋の形のシンボライズとしてピンとくるものである。
『時珍曰はく、「一莖直ちに上〔(のぼ)〕る。上に、枝葉、無し。狀、龍鬚〔(りゆうのひげ)〕のごとし。」と。』「本草綱目」巻三十三の「果之五」の「烏芋」の「集解」中に(太字は囲み字)、
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時珍曰はく、「鳧茈[やぶちゃん注:先のシログワイの異名にある。]、淺き水田の中に生ず。其の苗、三、四月に土より出づ。一莖、直ちに上りて、枝葉、無し。狀(かたち)、『龍の鬚』のごとし。肥えし田に栽うる者は粗く、葱蒲(さうほ)[やぶちゃん注:カヤツリグサ科ホタルイ属 Scirpus 。]に近し。高さ二、三尺。其の根、白蒻(はくじやく)[やぶちゃん注:白い芽。]あり。秋の後、顆を結び、大いさ、山査栗子(さんざりつし)[やぶちゃん注:バラ目バラ科サンザシ属サンザシ Crataegus cuneata の実のことであろう。]のごとくして、臍(へそ)、有り。聚毛、累累として、下に生じて、泥底に入る。野生の者は黑くして小さし。之れを食ふ。滓(かす)多し。種を出だす者は、紫にして、大なり。之れを食ふ。毛、多し。吳人(ごひと)、以つて、田に沃(そそ)ぎて、之れを種(う)う。三月に種を下す。霜の后(のち)に、苗、枯る。冬・春、掘り收めて、果と爲る。生(なま)にて食ひ、煮て食ふ。皆、良し。」と。
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とある。益軒の「上」のダブりは衍字であろう。因みに、同項の「正誤」のパートで、
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時珍曰はく、「『烏芋』と『慈姑』は、原(もと)、是れ、二物なり。慈姑は、葉、有り。其の根、散りて生ず。烏芋は、莖、有るも、葉、無し。其の根、下りて生ず。氣味も同じからず。主治も亦、異りて、「别録」に、誤りて、『藉姑』[やぶちゃん注:ママ。]を以つて『烏芋』と爲す。謂(いはゆ)る、其の葉、芋のごとし。陶・蘇二氏は、『鳧茨』と『慈姑』と、字音、相ひ近きに因りて、遂に混註を致して、諸家の說く者は、之れに因りて、明らかならざりしなり。今、其の誤りを正す。
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現代中国音では「鳧茨」は「フゥーツゥ」、「慈姑」は「ツゥグゥー」。この二種異物とする着眼点、鋭いですぞ! 時珍老爺(ラァォイエ)! なお、「龍鬚〔(りゆうのひげ)〕」は、単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科スズラン亜科 Ophiopogonae 連ジャノヒゲ(蛇の鬚)属ジャノヒゲ Ophiopogon japonicus の異名である。
「おほい」(歴史的仮名遣は「おほゐ」が正しい)イネ目カヤツリグサ科フトイ(太藺)属フトイ Schoenoplectus tabernaemontani の異名(或いは「太」を「大」と読み違えた)であろう。当該ウィキの画像を見られよ。クログワイなどをデカくした感じそのものだ。なお、このフトイ、和名の通り、藺草にひどく似て見えるが、イネ目イグサ科イグサ属イグサ Juncus decipiens とは全く異なる別種なれば、注意されたい。益軒の言っている「燈心草」が本物のイグサのことである。
「救荒本草」明の太祖の第五子周定王朱橚(しゅしゅく 一三六一年~一四二五年)の撰になる本草書。飢饉の際の救荒食物として利用出来る植物を解説している。全二巻、一四〇六年刊で、収載品目は四百余種に及び、その形態を文章と図で示し、簡単な料理法を記しているが、画期的なのは、その総てを実際に園圃に植えて育て、実地に観察して描いている点である。植物図は他の本草書に比べても遙かに正確であり、明代に利用されていた薬草の実態を知る上で重要な文献とされる。一六三九年に出版された徐光啓の「農政全書」の「荒政」の部分は、この「救荒本草」に徐光啓の附語を加筆したものである(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。国立国会図書館デジタルコレクションの原本画像を探したところ、巻十三の「果部」の「鉄葧臍」としてあった(この左がその図の頁で、こちらの次の頁の右が益軒が引用した解説部分)。確かに! 絵が素敵!!!
「膓胃を厚くす」相応に「くちくさせる」の意か。
「食物本草」明の汪穎(おうえい)の撰になる食療食養専門書。]
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