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2021/05/17

芥川龍之介書簡抄60 / 大正五(一九一六)年書簡より(七) 井川恭宛二通(一通目は短歌二十四首/後者は旧全集・新全集ともに大正三年の誤認)

 

大正五(一九一六)年八月十七日・島根縣隱岐島菱浦竹中旅館内 井川恭樣 直被・十七日 東京市外田端四三五 芥川龍之介

 

  Fragment de la vie

    I

夜をあさみかなしかる子はおち方の空をながむと花火見にけり

風かよふ明石ちゞみのすゞしさに灯しもけさばやと云ふは誰が子ぞ

つとひらくふところ鏡空のむた花火をうつすふところ鏡

ぬばたまの夜空もとほくかつきゆる花火を見るとかなしきものか

とく帶の絽はうすけれどこの情うすしとばかり思ひたまひそ

夏ながら翡翠もさむしさりなげに眉ひそめつつ鬢をかくとき

つりしのぶ二上りなしてふる雨の中にいささか靑めるあはれ

きこゆるは人の歔欷(さぐり)か夜をこめて秋づくままになけるみみずか

かざす袖の絽こそうすけれ空のむたちりちり落つる花火透き見ゆ

わが戀もかかれと見守(みも)る遠花火しかすがかなし暗にちるとき

きりぎりすなくや夜ふかくものうげにこのたをやめのかごとするとき

口づさむ竹枝の歌のあはれさにみづから泣くと云ひにけらずや

ふためかす蝙蝠の羽のくろぐろと絽の羽織するわれを思ひれ

見まじきは蝙蝠安の頰つぺたと夕まつ宅にとべる物の怪

うたひやむ新橋(しんきやう)竹枝みづからを吉井勇に擬すと哂ひそ

    Ⅱ

みつみつし久米はしなしな夏蟬の紗の羽織着てゆきにけるかも

醉ひぬれば節(せつ)を拍(う)ちつつ淚して李白をうたふわれをこそ見め

夏まひる菊池は今かひたすらに虱ひねりて綺語を書くらむ

越の海岸の松ふく濱風の光りを戀ふと行けり松岡

浪枕旅にしあれば成瀨はも思出(もひづ)とすらむ日本の女

    Ⅲ

蚊をはらひ又蚊をはらひわがペンの音ききすます夜ふかみかも

黃色(わうじき)の灯もこそゆらげ蚊をはらふわが手ゆ出でしいささかの風

夜ふかくひとり起き出ててのむ水の音のあはれを知る人もがな

朝づくとあくる雨戶にながれ入る光つめたしわが眼のいたさ

 

○今日から一の宮へゆく 九月上旬までゐるつもり

 以後は千葉縣長生郡一の宮町海岸一宮舘ヘ

○スケツチブツクはすぐ出した 文房堂からとどいたらう

○君はいつごろ上京する

○藤岡君が出雲の方へ行つた

○たつ前で忙しい 昨日までは新小說の原稿をかいてゐた

    十七日            龍

 

[やぶちゃん注:短歌は標題番号も含めて全体が三字下げであるが、引き上げた。この内の幾つかは、前の山本喜誉司宛に載るものと相同・相似なので、同じ注は附さない。さて。宛先を見て貰いたい。「隱岐島菱浦」とある。これは隠岐の中ノ島の菱浦(グーグル・マップ・データ)である。前の書簡を見て貰いたい。本当なら、井川はここに芥川龍之介ともにいたはずなのだ。私には井川の寂しさが判る。そして、何んとも言えず、龍之介が憎くなる。昨年の夏、松江に招待して龍之介の傷心を癒して呉れたのは誰だった? 龍! と――

「空のむた」「むた」は「共・與」で名詞で「~と一緒であること・~とともにいることであるが、名詞又は代名詞に格助詞「の」「が」の付いた語に接続し、全体を副詞的に用いる。「空と一緒に」の意。

「歔欷(さぐり)」「噦(さく)り」。「さくる」は「しゃくりあげて泣く」の意。「歔欷」は

「キョキ」で、「すすり泣くこと・むせび泣き」の意。

「なけるみみず」「鳴ける蚯蚓」。無論、ミミズに発声器官はなく、鳴かないが、中国でも本邦でも、鳴くと考えられてきた。つい、最近まで、老人の中にはそう信じていた人も多かった。寺島良安の「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蚯蚓(みみず)」に出るように、明の「本草綱目」にも「鳴く」と書かれてあり、寺島もそう信じていた。実際には直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科ケラ科 Gryllotalpidae のケラ(螻蛄)類(本邦産のそれはグリルロタルパ(ケラ)属ケラ Gryllotalpa orientalis )の鳴き声の誤認である。ケラは土の中で生活しているため、姿が見えず、そのため、地中のミミズの鳴き声だと誤認されたのである。「和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 螻蛄(ケラ)」も参照されたい。

「しかすが」流石に。

「かごと」「託言」。ここは「恨みごと」の意であろう。

「竹枝の歌」(ちくしのうた)で、男女の交情を詠むことの多い中国の民謡「竹枝詞(ちくしし)」のこと。既出既注

「蝙蝠安」既出既注

「新橋(しんきやう)竹枝みづからを吉井勇に擬すと哂ひそ」「新橋竹枝」は長谷川正直(城山)作の日本漢文の竹枝詞であろう。明治二九(一八九六)年刊。この一首、仮想歌ではあるが、その「新橋竹枝」を歌った「みづから」とは、芥川龍之介自身であり、龍之介は今までの書簡でも複数回言及している通り、吉井勇の歌を非常に好んでいたのである。

「みつみつし」氏族の名「久米」の枕詞。語義や掛かる理由ともに不詳(「みつ」は「満つ」であるとも、「御稜威(みいつ)」(=激しい威力)で久米氏の武勇を褒め称える語とする説もあるが、怪しい)であるが、「古事記」の神武天皇の条に出る、非常に古い枕詞である。

「節(せつ)」筑摩全集類聚版脚注に、『楽器の名。ふしをととのえるためにうつもの。ここは手で拍子をとりながらぐらいの意か』とある。

「綺語」美しく飾った言葉。多くは小説・詩文の美辞麗句を謂う。

「越の海岸の松ふく濱風の光りを戀ふと行けり松岡」松岡譲は新潟県古志郡石坂村大字鷺巣(現在の長岡市鷺巣町)出身であった。

「浪枕旅にしあれば成瀨はも思出(もひづ)とすらむ日本の女」成瀬正一が洋行していることは既出既注

「今日から一の宮へゆく 九月上旬までゐるつもり」「以後は千葉縣長生郡一の宮町海岸一宮舘ヘ」この日、千葉県一の宮(ここ。二度目。「芥川龍之介書簡抄27 / 大正三(一九一四)年書簡より(五) 吉田彌生宛ラヴ・レター二通(草稿断片三葉・三種目には七月二十八日のクレジット入り)」を参照)へ久米正雄と避暑に出かけ、九月二日に帰宅している。新全集の宮坂年譜によれば、『滞在中の計画としては、読書や水泳は例年通りのほか、①小説を五つ、六つ書くこと、②髪を毛を伸ばすこと、の二つを挙げている』。『さらに七〇〇枚ほどの翻訳も抱えていたようである。この間、夏目漱石から久米と連名宛を含め』、『四通の書簡』『をもらう』。『のち、この一の宮滞在は鮮やかな思い出として定着した』とある。特にその時の思い出は「海のほとり」(大正一四(一九二五)年九月発行の雑誌『中央公論』に掲載された。リンク先は私の古い電子化)で非常によく描かれてある。

「文房堂」既出既注

「藤岡君」既出既注

「昨日までは新小說の原稿をかいてゐた」「芋粥」のこと。]

 

 

大正五(一九一六)年八月二十一日(年月推定)・千葉縣一の宮発信・井川恭宛(葉書・転載)

 

一の宮へ來てせつせと金儲の飜譯にとりかかつた七百枚と云ふのだから中々捗取りさうもない

しけで食ふ物が何にもないにはよはる 浪は高いが海へはいるには苦にならない もう大分黑くなつた

東京へは九月の初旬にかへる その頃君も出てくるだらう

一の宮の自然は rough な所がいい Dune なんぞアイルランドのものにかいてあるやうなのがある 夕方は殊にいい

   砂にしる目のおとろへや海の秋

   水松つみし馬の尿や砂の秋

   砂遠し穗蓼の上の海の雲

    廿一日            龍

 

[やぶちゃん注:「やぶちゃん版芥川龍之介句集 三 書簡俳句(明治四十三年~大正十一年迄)」で示した通り、これは二〇一〇年刊の岩波文庫「芥川龍之介句集」(加藤郁乎編)で、原本書簡に拠って、年次が大正三年に変更された上、三句の表記の訂正もなされた(新全集も誤っていたのである)。三句目は正しくは、

   砂遠し穗蓼の上に海の雲

である。大正三年の一の宮行は、当地が郷里であった府立三中の龍之介の一年先輩の友人堀内利器(ほりうちりき 明治二四(一八九一)年~昭和一七(一九四二)年:一高を経て、京都帝国大学理科を卒業後、「高砂香料」・「台湾有機合成会社」等を創立した)の誘いによって初めての訪問であった。七月二十日頃から滞在し、凡そ一ヶ月後の八月二十三日に内藤新宿の家に帰宅している。例の吉田彌生へのラヴ・レターを書いた、あの時である。実は私自身、以前から、どうも変な感じを持っていた。何故なら、こうして二書簡を並べて見ると、前の書簡で「九月上旬までゐるつもり」と書いたものを、「東京へは九月の初旬にかへる」とダブって書いているのが、何となく引っ掛かっていたのである。

「砂にしる目のおとろへや海の秋」老婆心乍ら、「砂に」知るのは、「目のおとろへ」ではなく、「海の秋」の気配である。砂への夏から秋へと移らんとする微妙な光の変化をはっと気づいたことを「目の」衰えと挿し挟んだ。

「水松」は「みる」と読み、緑藻植物門アオサ藻綱イワズタ目ミル科ミル属ミル Codium fragile のこと。鮮緑色でフェルトのような手触りの丸紐状を成し、叉状に分岐する。私の「大和本草卷之八 草之四 水松(ミル)」を参照されたい。

「尿」「いばり」と読む。

「穗蓼」(ほたで)はタデの花穂が出たもののこと。タデはナデシコ目タデ科 Persicarieae 連イヌタデ属(サナエタデ(ペルシカリス)節)Persicaria に属するタデ類の総称であるが、狭義にはイヌタデ属ヤナギタデ Persicaria hydropiper を指すことが多い。同種は海岸近くの河原などに群生するから、問題ない。

「金儲」(かねまうけ)「の飜譯にとりかかつた七百枚と云ふのだから中々捗取」(はかど)「りさうもない」この翻訳が何であるかは、不思議と指示している研究者がいない。しかし、「金儲の」とあるのは、明らかに発刊した第四次『新思潮』の刊行維持のためのそれとしか読めないわけで、「七百枚」という膨大な量からみても、既に述べたロマン・ロランの「トルストイ伝」しか考えられない。

「rough」粗野な。素朴な。

「Dune」海浜などにある低い砂丘。]

芋粥」のこと。]

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