大和本草卷之八 草之四 水草類 蒲 (ガマ)
蒲 葉ハ莞ニ似テヒラシ有背而柔ナリ苗ヲ食スル法本
草ニアリ夏莖ヲ生シ穗ヲ生ス穗ハ蠟燭ノ形ニ似タリソレニ
付タル金粉ハ花ナリ是卽蒲黃ナリ八九月ニ葉ヲカリテ
席トスル凡蒲黃ハ血症ノ諸病ヲ治ス本草可考
○やぶちゃんの書き下し文
蒲〔(がま)〕 葉は莞〔(ふとゐ)〕に似て、ひらし。背、有りて、柔かなり。苗を食する法、「本草」にあり。夏、莖を生じ、穗を生ず。穗は蠟燭の形に似たり。それに付きたる金粉は花なり。是れ、卽ち、「蒲黃〔(ほわう)〕」なり。八、九月に、葉を、かりて、席〔(むしろ)〕とする。凡そ、「蒲黃」は血症の諸病を治す。「本草」を考ふべし。
[やぶちゃん注:その穂でよく知られた多年草の抽水植物で、本邦で主に見られるのは、
単子葉植物綱イネ目ガマ科ガマ属ガマ Typha latifolia
ガマ属ヒメガマ Typha domingensis
ガマ属コガマ Typha orientalis
の三種である。当該ウィキによれば、『別名、ミズクサともいい、古くはカマとも呼ばれていた』。『円柱状の穂は蒲の穂と呼ばれる。花粉は蒲黄(ほおう)とよばれ、薬用にされる』。『和名のガマは、葉を編んで』莚(むしろ)『や敷物を作ったことから、朝鮮語の』「カム」(材料)に『由来するとする説がある』。『ガマは漢字で「蒲」と書き、水辺に生える草という意味がある』。「甫」は「田圃に草が生えている様子」を表わし、それに「氵」をつけた「浦」は「水辺」を『表していて、これに』「草かんむり」を附したものである。別名の『ミズクサ』は「水草」とも思われるが、清音の『ミスクサ・ミスグサ』もあり、これは明らかにそれを材料とした「御簾草」で、他に『キツネノロウソク(狐の蝋燭)と』いう別名もある。『北半球の温帯から熱帯の温暖な地域や』、『オーストラリアの広範囲に分布』し、『日本では北海道・本州・四国・九州に分布する』。『池や沼、川の岸辺などの浅い水辺に自生』し、『浅い水底の泥の中の根茎から茎が直立する』。『横に走る地下茎によって群生する』。『草丈は』一~二メートルで、『水中の泥の中に地下茎をのばす』。『葉は線形で厚く、下部は鞘状に茎を抱く』。『葉の断面は三日月形で、内部はスポンジ状』を呈する。『花期は夏の』六~八月で、『葉よりも高く茎を伸ばし、頂に円柱形の花穂をつけ、上部は黄色い花粉をまき散らす雄花穂、下部の緑色部は雌花穂であり、雌雄花穂はつながってつく』。『穂の上半分の雄花群は細く、長さ』七~十二センチメートルになり、『開花時には黄色い葯が一面に出る風媒花である。花穂の下部の雌花群は、長さ』十~十二センチメートル、直径は約六ミリメートルで、『雄花も雌花も花びらなどはなく、ごく単純な構造になっている』。『花が終わると、雄花は散って』、『軸だけが穂の上に立ち、雌花穂は茶褐色になって太さも』一・五~二センチメートルと『太くなり』、『ソーセージに形が似た』、所謂、『「ガマの穂」になる』。『雌花は結実後は』、綿屑の『ような冠毛を持つ微小な果実になる』。『この果実は、長い果柄の基部に穂綿となる白い毛がつき、先端の花柱が色づく』。『晩秋になると、ガマの穂がほぐれて風によって飛散し』、『水面に落ちると』、『速やかに種子が実から放出されて水底に沈み、そこで発芽する。また、強い衝撃によって、種が飛び散ることもある』。『メイガ科』Pyraloidea(或いはツトガ科 Crambidae)のツトガ亜科ニカメイガ属ニカメイガ Chilo suppressalis や、ヤガ上科ヤガ科ヨトウガ亜科 Nonagria 属オオチャバネヨトウ Nonagria puengeleri 『などの幼虫の食草である』ほか、水面下の草体は『魚類などの産卵場所や避難場所として利用され、栄養塩類の除去などの水質浄化に役立っている』。『昔から、若葉を食用、花粉を傷薬、葉や茎はむしろや簾の材料として使われてきた』。『雌花の熟したものは綿状(毛の密生した棒様のブラシ状)になり、これを穂綿と呼ぶ。火打ち石で火を付けていた時代には、穂綿に硝石をまぜて』、「火口(ほくち)」として『用いることがあった』。『蒲の穂を乾燥させて、蚊取り線香の代用として使われる』こともあるという。茎・『葉は、樽作りで、樽材の隙間に噛ませ、気密性の向上に利用される』こともあり、『かつてアイヌは茎を編んでゴザにした』。『ガマの雄化穂から出る花粉は、同属のコガマ、ヒメガマとともに、集めて陰干ししたものが生薬となり、蒲黄(ほおう)と呼ばれ薬用にする』。『漢方では、蒲灰散(ほかいさん)、蒲黄散などに蒲黄が処方され、内服すると』、『利尿作用、通経作用があるとされる』。『外傷には傷面を清潔にして花粉そのままつけてもよいとも言われており』、『中国南朝の陶弘景注』の「神農本草経」や、唐代の孫思邈(しばく)著の「備急千金要方」には、『蒲黄が止血や傷損(すり傷)に効くとある』。『黄色い花粉には、フラボノイド』(flavonoid:天然に存在する有機化合物群で植物の二次代謝物の総称。いわゆる「ポリフェノール」(polyphenol)と呼ばれる大きな化合物グループの代表例)『配糖体の』『成分が含まれ』ており、これらには、『細胞組織を引き締める収斂(しゅうれん)作用があり、血管を収縮させて出血を止める作用があると考えられている』。『また、脂肪油が外傷の皮膚面を覆うことにより、外部からの空気に触れないように保護し、自然治癒力を助けていると考えられている』。『ガマ属』『の日本で主に見られる種は、ガマのほか、草丈』一メートル『内外と全体に小型のコガマ、草丈』一・七メートル『ほどと』、『やや小さいヒメガマの』三『種で』、『これらは日本全土の池や沼に分布する多年草で、花期は』『ガマが最も早く、ヒメガマ、コガマと続くとされる。雌花序と雄花序が約』一センチメートル『ほど離れて花茎の軸が見えるのがヒメガマ』で、『雌花序と雄花序が連続しており、雌花序の長さが』十~二十センチメートル『のものがガマ』、六~十センチメートルの『ものがコガマと識別できる』。三『種のなかで果期のガマの穂が一番太いのが』『ガマである』『ガマの花粉を顕微鏡で見ると、花粉』四『個が正方形か』一『列に並んで合着しているのに対し、コガマとヒメガマでは、花粉が』一『個ずつ単独』にある。『種によって酸素漏出速度が異なり、生育している土壌に与える影響が異なる』とある。「古事記」の『中の「因幡の白兎」の挿話で登場することでも有名で』、その『「因幡の白兎」の説話では、毛をむしり取られた兎に、大穴牟遅神(大国主命)が蒲黄を取って敷き散らし、その上に転がるよう教える』。『また、「因幡の白兎」が包まれたのは、ガマの穂綿だという説もある』(私は穂綿と考える)。『「蒲の穂」は』「蒲鉾(かまぼこ)」の『語源で』も『ある。昔のかまぼこは』、『板に盛られた現在の形とは異なり、細い竹にすり身を付けて焼いた食べ物を指していた。これは現在の』「竹輪」に相当する。竹輪と『蒲の穂は』、『色と形が似ていて、矛のように見えるガマの穂先は「がまほこ」と言われて』おり、鰻の「蒲焼(かばや)き」も、『昔はウナギを開かずに、筒切りにして棒に差して焼いていたので、その形がガマの穂に似ていたことから「蒲」の字が当てられて』あるのである。『布団も元来は「蒲団」と書き、江戸時代以前に、スポンジ状の繊維質が入った丈夫で柔らかなガマの葉を使って、円く編んで平らな敷物をつくった』ことに由来する。
「莞〔(ふとゐ)〕」複数回既注のカヤツリグサ科フトイ(太藺)属フトイ Schoenoplectus tabernaemontani 。
『苗を食する法、「本草」にあり』「本草綱目」の巻十九の「草之八」の「香蒲」がガマの項(頭に『香蒲【「本經上品」。】・蒲黃【「本經上品」】』とある)「釋名」に、『春、初生し、白きを取りて、葅(そ)[やぶちゃん注:塩や酢に漬けること。]爲し、亦、蒸し食ふに堪へたり。山南の人、之れを「香蒲」と謂ふ』とあり、また、「集解」にも『時珍曰はく、蒲は叢水際に生ず。莞に似て、褊たり。脊、有りて柔かなり。二、三月に苗(う)ゑ、其の嫩(わか)き根を采り、瀹過(やくくわ)して[やぶちゃん注:全体をしっかりと漬けて。]鮓(すし)に作る。一宿にして[やぶちゃん注:一晩で。]食ふべし。亦、※食・蒸食とすべし。及び、晒し乾して、磨り、粉にして、飮食と作(な)す』(「※」=「火」+「棄」。読みも意味も不明。「よく焼く」ことか)とある。また、「蒲蒻」の条にも『一名「蒲筍」【「食物」。】・「蒲兒根」【「野菜譜」。】』とある(但し、これは漢方薬剤である)。
「席〔(むしろ)〕」「蓆」「莚」「筵」に同じ。
『凡そ、「蒲黃」は血症の諸病を治す。「本草」を考ふべし』この「血症」とは、広義の外傷や諸疾患による体内外の出血から、月経などの異常出血、及び、もっと広義な婦人の「血の道」や血液循環に関わると漢方で考えられた失調や症状の全般を謂うものと判断される。中国版ウィキの「維基文庫」の「本草綱目」の「蒲黃」の「主治」の項を見れば判る通り、「血」の字がダーッと並んでいる。]
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