大和本草附錄巻之二 介類 玉珧 (タイラギ或いはカガミガイ)
玉珧 臨海異物志曰王珧厥甲美如珧玉○晉南
異物名記曰肉柱膚寸美如珧玉卽江瑤也如蚌
而稍大中肉腥而※1※2不中口僅四肉牙佳耳是
タイラギニ似タリタイラギハ只肉牙一柱耳
[やぶちゃん注:「※1」=「月」+「忍」。「※2」=「章」+「刀」。]
○やぶちゃんの書き下し文
玉珧〔(ぎよくてう)〕 「臨海異物志」に曰はく、『玉珧、厥〔(そ)〕の甲、美しきこと、珧玉のごとし。』と。
○「晉南異物名記」に曰はく、『肉の柱、膚寸〔(ふすん)にして〕、美しきこと、珧玉のごとし。卽ち、江瑤〔(かうえう)〕なり。蚌〔(ぼう)〕のごとくにして、稍〔(やや)〕、大〔なり〕。中の肉、腥〔(なまぐさ)〕くして※1※2。口に中〔(あた)〕らず、僅かに四つの肉牙〔(にくが)〕佳〔(よ)〕きのみ。』と。是れ、「たいらぎ」に似たり。「たいらぎ」は、只だ、肉牙、一柱のみ。
[やぶちゃん注:「※1」=「月」+「忍」。「※2」=「章」+「刀」。読み・意味不明。]
[やぶちゃん注:「玉珧」(「珧」自体が既にして「タイラギ」を指し、そこから、淡い真珠光沢を持つ同種その他の貝類を加工した螺鈿細工の刀や弓の装飾材となる貝に転じており、ここで漢籍が「珧玉のごとし」と言っているのは私は本末転倒と断ずるものである)は現在、「櫛玉珧」と中国語で書き、斧足綱翼形亜綱イガイ目ハボウキガイ科クロタイラギ属タイラギのことであるが、本種は、長くタイラギ Atrina pectinata Linnaeus, 1758 を原種とし、本邦に棲息する殻表面に細かい鱗片状突起のある「有鱗型」と、鱗片状突起がなく、殻表面の平滑な「無鱗型」を、生息環境の違いによる形態変異としたり、それぞれを Atrina pectinata の亜種として扱ったりしてきたが、一九九六年、アイソザイム分析の結果、「有鱗型」と「無鱗型」は全くの別種であることが明らかとなった(現在、前者は一応 Atrina lischkeana Clessin, 1891に同定されているが、確定的ではない)。加えて、これら二種間の雑種も自然界には十%以上は存在することも明らかとなっている(ウィキの「タイラギ」を参照されたい)ため、日本産タイラギ数種の学名は早急な修正が迫られている。「大和本草卷之十四 水蟲 介類 タイラギ」をまず読まれたい。
「臨海異物志」三国時代の呉の武将沈瑩(しんえい ?~二八〇年)が著した浙江臨海郡の地方地誌「臨海水土異物志」のこと。世界で初めて台湾の歴史・社会・住民状況を記載していることで知られる。
「厥〔(そ)〕の甲」かく訓じたが、或いは「厥〔(まが)れる〕甲」の意かも知れない。
「晉南異物名記」ここに書かれてあるものと同じ文字列を、後の清の李調元撰の「南越筆記」(「南越」は現在のヴェトナム)の中に見出せ(「中國哲學書電子化計劃」の影印本。「江瑤柱」と標題する)、そこには「安南異物名記」(「安南」も同前)とある。但し、私の力ではここまでで、「安南異物名記」なる書物を確認することは出来なかった。
「肉の柱」貝柱のこと。通常、タイラギは貝柱しか食べないが、私は以前、よく行った金沢文庫の寿司屋で採れたての内臓を焼いて食べさせて貰ったことがあったが、非常に美味かった。
「膚寸」「膚」は「指を四本をならべた長さ」の意。通常は「ほんのわずかな大きさ」の意であるが、ここは貝柱が七・五センチメートル(私の左手で計測)ほどもあるというのだから、本来の意味でよい。
「江瑤」「大和本草卷之十四 水蟲 介類 タイラギ」で注しておいた。結論に至る過程はそちらを見られたいが、私は斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ(ハマグリ)目マルスダレガイ上科マルスダレガイ科カガミガイ Phacosoma japonicum を同定候補としている。貝類蒐集家ならばピンとくる美しい類円形のフォルムを持つ種だが、御存じない方はウィキの「カガミガイ」を見られたい。
「蚌」ドブガイ・カラスガイのこと。形が違い過ぎる。
「※1※2」先の「中國哲學書電子化計劃」の影印本では「※2」の文字が存在しない。
「四つの肉牙〔(にくが)〕」四つも貝柱がある貝なんて、いませんッツ!!! はいはい、無論、判っておりますよ、貝を開いちまった結果として、四つでしょ。タイラギには勿論、二基の「貝柱」=閉殻筋はあるんです。ただ、前閉殻筋の方は殻頂付近にあって、ごく小さいのに対して、後閉殻筋は殻の中央部にデンとあり、大型個体では直径五センチメートル以上に達するんです。]
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