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2021/06/02

芥川龍之介書簡抄77 / 大正六(一九一七)年書簡より(九) 片山廣子宛

 

大正六(一九一七)年七月二十四日・片山廣子宛

 

拜啓

原稿用紙でごめんを蒙ります

False honests は誇張だから、惡くとつちやいけません あなたの事だから true modesty だと確信してゐます

心の花では、あなたの方が先輩です ですからお話しを伺ひに出るのなら、私の方から出ます あなたにあまり謙遜な手紙を頂くと私のやうな野人は 狼狽していけません 將來何等かの意味で、私の手紙が尊大に見えても 氣にかけないで下さい 私はこれを書きながら 田端へ來て頂きたいなどと云つたのが、惡かつたやうな氣がして 少し後悔してゐます

夏疫流行の爲 私も今日東京へかへります

   七月廿四日       芥川龍之介

  片山廣子樣 粧次

 

[やぶちゃん注:サイトの「やぶちゃん編 芥川龍之介片山廣子関連書簡十六通 附やぶちゃん注」で、電子化注済みである。基本的にそこでの注を変更する気はないので、以下、概ねそのまま転写する。さて、これは底本の旧全集一六二五書簡で、旧全集では書簡集最後の「年月未詳」パートに配されているが、新全集では、これを上記の年に同定している。その同定の根拠は恐らく新全集後記にある、本書簡の封筒による確認と思われる(田端文士村記念館蔵。但し、これは封筒のみの所蔵である)。但し、この年推定は既に旧全集後記でも示されていた。そんなことよりも、問題は本書簡の出所である。その旧全集後記によれば、本書簡は前の廣子宛書簡と同じく、昭和四〇(一九六五)年六月の『文學』に吉田精一氏によって発表されたものを転載した旨の注記がある。従って、現物からの活字起こしではない点に注意せねばならぬ。少なくとも――ここに吉田氏の操作が加わっていないとするならば――この文面からは、前の書簡でも述べたように、龍之介と廣子が、この時点では未だ実際に対面した印象はないと私は感触している。

・「False honests」“false”には、①正しくない、誤った、正確でない、狂っている。②いわれのない、見当違いな、適切でない、軽率な。③本物でない、偽の、誤魔化しの。④人工の。⑤人が虚偽を述べる、嘘を言う、虚偽の。⑥不実な、裏切りの。⑦代用の、仮の、一時の。⑧似非の、仮性。といった意味がある。しかし、問題は寧ろ、“honests”という複数形にありはしないか? これは“honest”が名詞であることを意味する。その場合、これは我々の知っている「誠実な、正直な、頼もしい」といった意味ではなく、「信用出来る人物」を意味する口語である。ここでは廣子の来信を読めぬ以上、如何なる意味であるか、同定を避けるが、芥川龍之介は廣子への先の手紙で“False honests”=「信用出来ない人々」という言葉を用いたのだが、その中に廣子が含まれないことを暗に弁解した言葉ではなかったか? と私は考えている。

・「true modesty」“modesty”は謙遜、控えめ、上品、素朴さ、節度といった意味がある。言うなら、「真実(まこと)の慎ましさ」ということになる。廣子への賛辞として、至当と理解出来る。

・「心の花」短歌雑誌。明治三一(一八九八)年に佐佐木信綱の主宰する短歌同人竹柏会機関誌として創刊された、現在も続く日本近現代歌壇中、最古の歴史を持つ短歌雑誌である。信綱の「広く深くおのがじしに」を理念とする。廣子は東洋英和女学校の学生であった十八歳の明治二九(一八九六)年に同級生新見かよ子とともに信綱の門を敲き、『心の花』に先行する信綱主宰の短歌雑誌『いささ川』(明治三一(一八九八)年二月に『心の花』に改題)の第三号(明治三〇(一八九七)年刊)に既に歌を発表しており、非常に早い時期に会員となっている。

・「私も今日東京へかへります」既に述べた通り、龍之介はこの時、鎌倉に下宿しており、大学時代の寮生活と同様、週末には実家に戻っていたが、この時は、海軍機関学校の夏季休暇(八月三十一日まで)が始まったための田端引き上げであって、「夏疫流行の爲」などとあるが、特に体調不良のためなどではない。]

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