大和本草卷十四 陸蟲 海蛆(ふなむし) (フナムシ)
【外】
海蛆 海邊ニ生ス舟ニモ多キユヘニ名ツク長二三寸足
多クシテ速ニ走ル本草原始海馬ノ圖ノ下ニ出タリ綱
目等ニハ不載之舩ヲクフ船虫ハ別ナリ
○やぶちゃんの書き下し文
【外】
海蛆(ふなむし) 海邊に生ず。舟にも多きゆへに、名づく。長さ、二、三寸。足、多くして、速かに走る。「本草原始」、「海馬」の圖の下に出でたり。「綱目」等には之れを載せず。舩をくふ「船虫」は別なり。
[やぶちゃん注:【何度言ったか判らぬベンベンベンベンベベンのベンの弁解口上】東西東~西~ ここにてまたまた本巻の挿入抽出を差し入れ致しまする 先般 またしても 本巻中の一部の水生生物の落ちて御座ったことに気づいたからにて御座りまする これ それらの含まれおりまする部立の外題の「陸蟲」であったことによる抽き出し漏れにて御座いました 底本は また 従来通り 「学校法人中村学園図書館」公式サイト内の宝永六(一七〇九)年版なる貝原益軒「大和本草」の同巻(PDF)にて御座る 悩ましきは 幼虫の折り 水中にて過ごすホタル(16コマ目「螢火」)やら トンボやら(17コマ目「蜻蜓(トンハウ/カゲロフ)」)にて御座るが そこまで「水族」として広げんとせば これ 始末に終えずなりまするによって 御無礼御免 悪しからず 実を申せば 拙者 抽き出し漏れに気づかなんだは 同じい「大和本草卷之十四」の「水蟲 蟲之上」に立項されてありますところの「龍盤魚(イモリ)」を これ 既に電子化注して御座った故にて御座る(7コマ目) 因みに 陸生爬虫類のヤモリは この18コマ目にて 益軒先生 「守宮(イモリ/ヤモリ)」と標題の いかにもかにも ややこしや になっておりまするものの 当該項をお読み戴ければ あくまで 先生は これ ヤモリは陸のそれ イモリは水中のそれ と 分けて認識しておられます されば それを見て 一度はほっと胸を撫で下ろしましたところが その次を見て これ 吃驚仰天 あらまっちゃん出臍の宙返り! なんとまあ! 海産甲殻類のフナムシ殿が「守宮」殿の殿(しんがり)控えて御座ったでは あ~りませんか! されば また ここから始めて その後に出で来たる両生類の蛙連衆(れんじゅ)も まんず 抽き出しせずんばなるまい と 考えております次第 御後がよろしいようで――
閑話休題。
節足動物門甲殻綱等脚(ワラジムシ)目ワラジムシ亜目フナムシ科フナムシ属フナムシ Ligia exotica
である。属名はギリシア神話に登場する海の女性妖怪で、海の岩礁から美しい歌声で漁夫を惑わして難破させるセイレーンの一人「リゲイア」(「金切り声」の意)の名に因む。当該ウィキによれば、フナムシ科 Ligiidae『代表種として知られ、日本を含む熱帯から温帯の海岸に広く分布する代表的な海岸動物である』。『体長は最大』五センチメートル『ほどで、等脚類の中でも大型である。体は上から押しつぶされたように平たく、多くの節にわかれ』、七『対の歩脚がある。頭部には長い触角と大きな複眼があり、尾部には』二『つに枝分かれした尾脚が』一『対ある。背中側の体色は鈍い光沢のある黒色で、淡黄色のまだら模様があるものや、褐色の広い縁取りがあるものなどがいる。また、夜は昼に比べて体色が淡く、褐色がかった色をしている』。『動きはきわめて敏捷で、大きな動物が現れると一目散に岩石の陰に逃げ込むため、捕獲はなかなか難しい。また、通常は海に入ることはないが、誤って海に落ちた時は素早く体を波打たせて泳ぐこともできる』。但し、『遠距離を泳ぐことはできず、水中に長い時間いると』、『溺れてしまう』。『食性は雑食性で、藻類や生物の死骸などさまざまなものを食し、海岸の「掃除役」をこなしている。人間も例外ではなく、岩礁海岸に寝転がっていると噛まれてチクリと痛みを感じることがある。天敵はイワガニやアカテガニ、イソヒヨドリ、シギ、チドリ類などで、海に落ちた個体は魚類にも捕食される』。『メスの腹部には卵を抱える保育嚢があり、ここで卵を保護する。卵は』、『初めは透き通った橙色をしているが、やがて黒ずんでくる。孵化する幼体は小さいながらも』、『すでに親と同じ体型をしており、孵化後もしばらくはメスの保育嚢に』つかまって『生活する。そのため、この時期のメスを捕獲すると、保育嚢の中から幼体がゾロゾロと飛び出てくる』。『どこの海岸にもいるうえに手頃な大きさでもあるので、釣りの餌としてよく利用される』。『が、容姿や素早い動きがゴキブリ』(昆虫綱ゴキブリ目 Blattodea)『に似ているため、嫌う人も多い。近縁種の Ligia oceanica とともに、英名で "wharf roach" (埠頭のゴキブリ)と呼ばれている。ゴキブリとフナムシを同じ方言で呼ぶ地域もあり、たとえば長崎県長崎市周辺では両方とも「アマメ」である』。『アマメ(長崎県長崎市周辺、鹿児島県)、アモメ(長崎県魚目地方)、ウミムシなど』(「アマメ」は学名よろしく「海女」かと思ったが、「ウミアマメ」(北薩摩)や「イソアマメ」(南薩摩)という呼称もあり、どうもゴキブリの方言が転用した可能性が高い。とすれば、ゴキブリの飴色或いは亜麻色の体色がもとで、広く動物を指す接尾語「奴(め)」がついたものではあるまいか?)。『エビやカニやフジツボなどと似た系統の美味が想像されるが、強い苦みと腐敗臭があり、非常にまずいという報告』『がある。しかしながら、臭いの原因は食性に由来するものという考えもあり、脚の付け根のわずかな筋肉には、わずかに甲殻類系の風味が感じられる』とある。私はゴカイは食べたことがあるが(生カキのように美味い)、フナムシはない。海産の非食用生物の試食本を複数持っているが、どれも超弩級に不味い(食えない)ものに挙げてある。
「本草原始」十二巻。明末の医家李中立が一六一二年に撰した「本草綱目」の要点を整理した本草書。生薬の図にオリジナリティがあるという。「中國哲學書電子化計劃」の影印本を見たところ、「海馬」の図はタツノオトシゴではあるが、この解説の一行目で、『狀如馬。故名。似る海馬而小者。名海蛆。又名海蠍子。亦呼小海馬』とはある。但し、これ、別名が「海の蠍(さそり)の子」とある以上、フナムシではなく、やはりタツノオトシゴ類の小型種か、幼体を指しているとすべきであろう。「小海馬」の図も、まさにそれだもの。
『「綱目」等には之れを載せず』確かに明の李時珍の本邦本草書のバイブルたる「本草綱目」には「海蛆」はない。試みに、「漢籍リポジトリ」で「海蛆」で検索をかけたところ、僅かに(同サイトで四種の書物しかヒットしないというのは、一般的な清以前の漢籍内に於いて絶対的に特異的に極めて使用例が少ない熟語であることを意味している)、宋の周密「癸辛雜識」、明の陳耀文「天中記」、清の張英「淵鑑類函」、清の陳元龍「格致鏡原」が掛かってきただけで、しかも、管見した限りでは、どれも、これが「船の板を蝕む」、或いは「ごく細い虫である」とあり、これはフナムシではなく、次の注の二枚貝類の一種である船食虫(フナクイムシ)であることは明白である。中文で学名を検索すると、現代中国語ではフナムシは一般には「海蟑螂」である。但し、別名で「海岸水虱」とともに「海蛆」はあった。但し、この「海蛆」はゴカイ類或いは広く環形動物の別名としての方がよく使われているようで、中文の画像検索ではフナムシ類の画像も出るが一割ほどで、あとは蠕虫類がワンサカ出てくる(リンクは自己責任で。ニョロニョロがダメな人はクリックはやめた方が無難である)。他に船食虫の生態模式図さえあった。
『舩をくふ「船虫」は別なり』斧足綱異歯亜綱ニオガイ上科フナクイムシ科 Teredinidae のフナクイムシ類、代表種の一種はテレド属フナクイムシ Teredo navalis japonica 。ラテン語で属名 Teredo は「穴をあけるもの」、種小名のnavalis は「船舶の」の意である。他にも一般的なものに四種がいる。当該ウィキによれば、『水管が細長く発達しているため、蠕虫(ぜんちゅう)状の姿をしているが』、二『枚の貝殻が体の前面にある。貝殻は木に穴を空けるために使われ、独特の形状になっている』。『海水生の生態は独特で、海中の木材を食べて穴を空けてしまう。この習性から「海のシロアリ」とも呼ばれる』。『木材の穴を空けた部分には薄い石灰質の膜を張りつけ、巣穴にする。巣穴は外界に通じる開口部を持ち、ここから水管を出して水の出し入れをする。危険を感じたときは』、『水管を引っ込めて尾栓で蓋をすることにより、何日も生きのびられる』。彼らは『体内の特殊な器官「デエー腺」(gland of Deshayes)内に共生するバクテリアから分泌される酵素により、木のセルロースを消化できる』。よく見られる『Teredo navalis の場合、暖海では大きい物になると』、実に体長約五十センチメートルの『ものも記録されており、バルト海では』三十センチメートルの『ものが最長である。前面貝殻は長くて』二センチメートル『ほど、トンネルは直径』一センチメートルほどであるが、長さは六十センチメートルから一ℳメートルにも及ぶ。摂氏〇・七度から三十度ほどの環境温度で生きられるが、二十五度を超えると成長が止まってしまい、逆に十一~十五度の間の環境で生殖が可能となる。寿命は一年~三年である。『フィリピンではマングローブから採取したものをタミロック(tamilok)と呼び、珍味として酢などを付けて食す』。『また、タミロックが穿孔する樹種の成分に応じて、人々はタミロックの風味を楽しむ。例えば、ヤエヤマヒルギ』(双子葉植物綱キントラノオ目ヒルギ科ヤエヤマヒルギ属ヤエヤマヒルギ Rhizophora mucronate :「ヒルギ」には「蛭木」(幼根のミミクリー説)「漂木」(果実が漂着して根付くことから)の漢字が当てられる)『に穿孔したタミロックは「甘い」、ホウガンヒルギ』(双子葉植物綱ムクロジ目センダン科ホウガンヒルギ属ホウガンヒルギ Sonneratia caseolars :「ホウガン」は実が砲丸に似ていることに由来)『に穿孔したものは「苦い」などと評される』。『このタミロックの味の表現には、タミロックが穿孔するマングローブ樹種のタンニン含有量などが関係していると考えられる。しかし、今日、薪炭材の利用や養殖池の開発などマングローブ林の破壊によって、タミロックを採集する余地は狭まり、その食文化もまた減少している』とある。これは是非とも食ってみたい。因みに私の古い電子化注「生物學講話 丘淺次郎 第五章 食はれぬ法 (二)隠れること~(3)フナクイムシ」もフナクイムシの図もあります。是非、どうぞ!]
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