大和本草諸品圖中 海松(ウミマツ) (ウミカラマツ類)
海松(ウミマツ)長キハ六七尺餘短キハ
一二尺内黒
色也
枝シ多葉稀ニアリ如二松
葉ノ一牡蠣殼所々ニ附ケ
リ海中ニ自然ニ生ス凡
海中ニ生スル樹極テ稀也
○やぶちゃんの書き下し文
海松(うみまつ)長きは、六、七尺餘。短きは、一、二尺。内、黒色なり。枝、多し。葉、稀にあり。松葉のごとし。牡蠣殼〔の〕所々に附けり。海中に、自然に生ず。凡そ、海中に生ずる樹、極めて稀なり。
[やぶちゃん注:これは、当初、古くから親しまれた「海松」の異名を持つ緑藻植物門アオサ藻綱イワズタ目ミル科ミル属ミル Codium fragile を考えたが(「大和本草卷之八 草之四 水松(ミル)」を参照)、最大長が一・八一~二・一二メートルというのは、ミルではあり得ない(最大でも約四十センチメートル前後)。されば、これは海藻ではなく、サンゴの一種である、
刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱ツノサンゴ(黒珊瑚)目ウミカラマツ科ウミカラマツ属ウミカラマツ Antipathes japonica
や、
ツノサンゴ目ウミカラマツ科 Cirripathes 属ムチカラマツ Cirripathes anguina
が同定候補に挙げられる(「大和本草卷之八 草之四 海藻類 石帆 (×海藻ではない刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱ツノサンゴ(黒珊瑚)目Antipathariaの仲間)」を参照)。牡蠣殻に附着するというのは、水深十メートル以深の、言うなら、深海性の同種などというのは、不審に思われる向きもあろうが、天然物のカキ類は、相当深いところで大きく成長するから、全く問題ない。何より、「海中に生ずる樹、極めて稀なり」とまでぶち上げるのであれば、お馴染みのフニャフニャのミル君では全く以って役不足だからである。そして、この図の中の櫛状葉状体に着目するなら、これは文字通り、鞭状に細いムチカラマツは除外されるので、ウミカラマツとすべきである。小学館「日本大百科全書」の「ウミカラマツ」を引いておく。本州中部以南の太平洋岸に分布し、水深十メートル以深の岩礁に着生する。群体は枝状に発達し、主枝は高さ二~三メートルになるものがあるが、多くは五十センチメートル内外である。各枝は、鳥の羽根のような小枝を多数備えるので、群体は扇形に近い形になる。ポリプ及び共肉は白色乃至淡桃色で、骨軸は角質で黒色、細枝部は赤褐色を帯びる。近縁種で熱帯にすむアンチパセス・アビエスAntipathes abies は、骨軸が硬いので、帯止めなどの装身具に加工される、とある。なお、ウミカラマツは「黒珊瑚」とも呼ばれる。ウミカラマツの学名のグーグル画像検索をリンクさせておく。ただ、右手下方の紡錘形の物体はちょっと気になるが、思うに、骨格部に侵入して寄生する貝類や蟹類などによる、陸生植物に見られるような虫瘤のような変形か、或いは、欠損した部分が通常とは異なった増殖をして、このようになったものかも知れない。なお、私の「博物学古記録翻刻訳注 ■17 橘崑崙「北越奇談」の「卷之三」に現われたる珊瑚及び擬珊瑚状生物」も是非、参照されたい。図がこんなものより、遙かに素敵である。そうそう、その「図版Ⅲ」の右手にある「海松」(正しくウミカラマツである)の左手下方には、やはり円球状の突起部分が確認出来るのである。]
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