大和本草卷十四 陸蟲 蟾蜍(ひきがへる) (ヒキガエル)
蟾蜍 順和名比木州ニヨリテ其名カハル京畿ニテヒキカ
ヘルト云他土ニスツレハ必カヘル故名ツクカイルト云ハ非也
溼地ニ多シ卵ハ水中ニ生ス其精液ツヽキテ帶ノ如シ初
生乄魚ノ如ク尾アリ河豚魚ニ似タリコレヲ蝌斗ト云漸
長スレハ尾ナク乄足生ス西土ニテハ俗名ワクヒキト云平
安城ニハマレナリ
○やぶちゃんの書き下し文
蟾蜍(ひきがへる) 順が「和名」、『比木』〔と〕。州(くに)によりて、其の名、かはる。京畿にて「ひきがへる」と云ふ。他土に、すつれば、必ず、かへる。故に名づく。「かいる」と云ふは非なり。溼地〔(しつち)〕に多し。卵は水中に生ず。其の精液、つゞきて、帶のごとし。初生して、魚のごとく、尾、あり。河豚魚〔(ふぐ)〕に似たり。これを「蝌斗〔カト/おたまじやくし〕〕」と云ふ。漸〔(やうやう)〕長ずれば、尾、なくして、足、生ず。西土にては、俗名「わくひき」と云ふ。平安城には、まれなり。
[やぶちゃん注:これは、
両生綱無尾目アマガエル上科ヒキガエル科ヒキガエル属ニホンヒキガエル亜種ニホンヒキガエル Bufo japonicus japonicus (本邦の鈴鹿山脈以西の近畿地方南部から山陽地方・四国・九州・屋久島に自然分布する。体長は七~十七・六センチメートル。鼓膜は小型で、眼と鼓膜間の距離は鼓膜の直径とほぼ同じ)
及び、
亜種アズマヒキガエル Bufo japonicus ormosus (本邦の東北地方から近畿地方・島根県東部までの山陰地方北部に自然分布する。体長六~十八センチメートル。鼓膜は大型で、眼と鼓膜間の距離よりも鼓膜の直径の方が大きい)
である。詳しくは私の「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蟾蜍(ひきがへる)」の注を参照されたい。
「順が「和名」、『比木』〔と〕」巻十九の「虫豸(ちゆうち)部第三十一」「虫豸類第二百四十」だが、これはカエル類を並べた、一番、最後である。以下に総て示しておく。
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蝦蟇(かへる)【「蝌斗」、附けたり。】 「唐韻」に云はく。『蛙【「鳥」・「蝸」の反。古文に「鼃」に作る。和名「賀閉流」。】蝦蟇なり。』と。「兼名苑」に云はく、『蝦蟇【「遐麻」の二音。】一名は「螻蟈」【「婁膕」の二音。】』と。「唐韻」云はく、『蛞𧓕【「活東」の二音。】は蝌斗なり、』と。蝌蚪【「科斗」の二音。】は「蝦蟇」の子なり。
青蝦蟇(あをかへる) 陶隱居が「本草注」に云はく、『蝦蟇、大にして、青き脊。之れを「土鴨(とあふ[やぶちゃん注:現代仮名遣「とおう」。「土から生まれたカモ」という比喩名である。])」と謂ふ。』と【和名「阿乎加閉流」。】。
黒蝦蟇(つちかへる) 陶隱居が「本草注」に云はく、『蝦蟇の黒色なる、之れを「蛤子」と謂ふ。』と。【和名「豆知加閉流」。】
蛙黽(あまかへる) 「本草」に云はく、『蛙黽は【「莫」・「耿」の反。和名「阿末加閉流」。】、形、小さく、蝦蟇のごとくにして、青色なる者なり。』と。
蟾蜍(ひき) 「兼名苑注」に云はく、『蟾蜍【「占徐」二音。「蜍」或いは「蠩」に作る。一音余り。和名「比木」。】は、蝦蟇に似て、大陸に居る者なり。』と。
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「陶隱居」は「本草綱目」もよく引用する梁の道士にして本草家の陶弘景(四五六年~五三六年)。特に薬物学に精通した。
「他土に、すつれば、必ず、かへる」その個体がいた地区の外に持って行って放つ捨てても、必ず、同じ場所に帰ってくる。
「溼地〔(しつち)〕」「溼」は「濕」の異体字。
「西土」益軒が言う時は特に九州を指すことが多い。
「わくひき」小野蘭山述の「重訂本草綱目啓蒙」の巻之三十八の「蟲之四」の「濕生類」の冒頭の「蟾蜍」の冒頭の異名に(国立国会図書館デジタルコレクションの弘化四(一八四七)年版の当該画像)『ワコヒキ ワクドウ ワクヒキ』を挙げて、『筑前豊後』とある。「ワコ」「ワク」の意は不明。しかし、熊本弁で蛙や大きな蛙を「ワクド」と呼ぶので、「ワク」自体が「蛙」の意で「ヒキガエル」の転倒形なのかも知れない。
「平安城」京都。しかし、江戸期の本草書や怪談でも、こんな古めかしい言い方、聴かんけどなあ?]
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