大和本草諸品圖下 海ホウザイ・クズマ・ヨメノ笠・辛螺 (ウミニナ或いはホソウミニナ・クロフジツボ・ウノアシ・レイシガイの一種か)
[やぶちゃん注:国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングした。]
海ホウザイ
其形河卷子(ニナ)[やぶちゃん注:三字へのルビ。]ノ如シ
河ニアルヲホウザイト云
○やぶちゃんの書き下し文
海ほうざい
其の形、「河卷子(にな)」のごとし。河にあるを、「ほうざい」と云ふ。
――――――――――――――――――
クズマ
仰ケル圖殻アツシ肉小也
俯圖
仰圖
――――――――――――――――――
ヨメノ笠 ヨメノ皿トハ別ナリ
内ニ肉少アリヨメノ皿ト云
物ニ似タ
ヨメノ笠ノ仰圖 リ海邊ノ
岩ニ付ケ
リ
ヨメノ笠ノ俯圖
○やぶちゃんの書き下し文
よめの笠 「よめの皿」とは別なり。内に、肉、少しあり。「よめの皿」と云ふ物に似たり。海邊の岩に付けり。
[やぶちゃん注:以下、キャプション。]
「よめの笠」の仰圖
「よめの笠」の俯圖
――――――――――――――――――
辛螺
[やぶちゃん注:今回は四種とも平凡社刊の下中弘氏編集・発行の「彩色 江戸博物学集成」(一九九四年刊)の「貝原益軒」での波部忠重先生の同定に全面的に拠った。
「海ホウザイ」は、お馴染みのウミニナ(海蜷)で、
腹足綱吸腔目カニモリガイ上科ウミニナ科ウミニナ属ウミニナ Batillaria multiformis
或いは同属の、
ホソウミニナ Batillaria cumingii
で、波部先生は形はホソウミニナ型であると述べておられる。ウィキの「ウミニナ」によれば、『ウミニナよりも貝殻の膨らみが弱く円錐に近いこと、殻口が小さく円形で滑層瘤がないこと、石畳模様のきめが細かいことなどで区別するが、ウミニナと似た個体も多く同定が難しい』とある。流石は波部先生! 「ほうざい」の語源は不詳。但し、この円錐形の形と関係があることは間違いなく、所謂、仏塔(スツゥーパ)を思わせるところから、仏法の宝、「宝財」が元かと思ったりはした。ウィキにはしかし、『人や地域によってはこれらのウミニナ類を食用にする。日本ではこれらが豊富に得られる瀬戸内地方から九州にかけての地域でよく食べられ、例えば佐賀県では「ホウジャ」、長崎県では「ホウジョウミナ」などと総称し』、『塩茹でなどで食べる。食べる際は五円硬貨の穴で殻頂を折り、殻口から身を吸う。また台湾などではこの類を』「燒酒螺」『と総称し、ピリ辛味に調理したものなどが街中でも売られる。食用以外には肥料としてそのまま畑に撒く人もいる』とあり、これだと、「豊穣」「豊饒」辺りの転訛とも思われる。因みに、ヤドカリを備前や久留米で「ほうざいがに」と呼んでいるが、これは背負った貝殻を主体とした異名と思われ、もう少し調べてみる価値がありそうだ。『河にあるを「ほうざい」と云ふ』は、軟体動物門腹足綱吸腔目カニモリガイ上科カワニナ科カワニナ属カワニナ Semisulcospira libertina などのこと。「大和本草卷之十四 水蟲 介類 河貝子」を参照。
「クズマ」は、波部先生がズバリ、
節足動物門汎甲殻亜門マルチクラスタケア上綱 Multicrustacea 六齢ノープリウス綱鞘甲(フジツボ)亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸上目無柄(フジツボ)目フジツボ亜目クロフジツボ上科クロフジツボ科クロフジツボ属クロフジツボ Tetraclita japonica
に同定されておられる。高さ四センチメートルで、底面の直径五センチメートルに達するフジツボでも大形種で、岩礁の潮間帯上部に群れをなして附着し、クロフジツボ層を形成する。本州北部より九州南端まで分布する。急な円錐形で、厚い四枚の周殻から成るが、境界がはっきりしないことが多い。殻口は円形で、小形個体では小さいが、老成すると、大きくなる。殻の内部には多数の管状の穴があり、温度調節に役だっていると考えられる。地方によっては軟体部をみそ汁の実にする(小学館「日本大百科全書」の武田正倫先生の解説に拠った。武田先生は十脚甲殻類を中心とした動物分類系統学が御専門で、その著作を私は非常に多く所持しており、よくお世話になる)。私は函館で食べたが、えも言われぬ旨さであった。なお、今回の学名はしばしば参考にさせて戴いている鈴木雅大氏の優れた学術サイト「生きもの好きの語る自然誌」の同種のページのもの(生態写真が六枚有る)を使用させて貰った。「クズマ」という異名の語源は不詳。調べてみたが、ネット上にはこの呼称は見当たらない。
「ヨメノ笠」は流石に私でも図とキャプションから、
冠輪動物上門軟体動物門腹足綱笠型腹足亜綱カサガイ目(Order Patellida)コカモガイ(ユキノカサガイ)上科コカモガイ(ユキノカサガイ)科パテロイダ属ウノアシ Patelloida saccharina lanx
と判った。これも鈴木氏の上記サイトの同種のページの学名を用いた(生態写真が六枚有る。素晴らしい接写だ!)。殻長四センチメートル、殻径三センチメートル、殻高一センチメートルに達する。殻は笠形で、殻頂は少し前方に寄り、そこから通常は七本の強い放射肋が出ており、その先端は突き出て、星形になっている。この形が水鳥のウミウ(鳥綱カツオドリ目ウ科ウ属ウミウ Phalacrocorax capillatus )の蹼(みずかき) に似ていることから、「鵜の足(脚)」の名がある。殻表は黒青色、内面は乳白色で頂部は黒褐色、軟体の足は黄色を帯びる。北海道南部以南に普通に見られ、太平洋・インド洋に広く分布し、潮間帯の岩磯にすむ。一定の場所に棲み、潮が引くと、そこから這い出して餌を漁り、再び元の場所に戻る帰巣性がある(主文は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。酷似した標準和名にキャプションで出てくる「大和本草卷之十四 水蟲 介類 ヨメノサラ(ヨメガカサ)」で既出の「ヨメガカサ」があるが、同じコカモガイ(ユキノカサガイ)上科 Lottioidea ではあるものの、全くの別種なので注意されたい。
「辛螺」は、「にし」或いは「からにし」と読んでいると思うが、波部先生が、
腹足綱 Muricoidea 上科アッキガイ科 Rapaninae 亜科レイシガイ属 Reishia
の『レイシガイの一種か』とされる(代表種はレイシガイ Reishia bronni (レイシア・ブロンニ))。推定同定された波部先生の執筆になる、平凡社「世界大百科事典」の「レイシガイ」の記載を表記の一部を変え、補足データを加えて、引用させて戴く。「茘枝貝」 は殻の高さ六センチメートル、幅四センチメートルに達するが、普通は高さ四センチメートルほどである。灰黄白色で黒斑があり、堅固で太い。巻きは六階で、各層に二本、大きい体層には四本の太い肋を巻くが、肋上に強く大きい瘤状の節がある。その形が植物のレイシ(双子葉植物綱ムクロジ目ムクロジ科レイシ属レイシ Litchi chinensis )の実に似ているので、この名がある。殻口は広く大きく、内側は黄橙色。外縁は殻表の肋に応じて湾曲する。厴(へた)は革質。房総半島と男鹿半島以南、台湾まで分布し、潮間帯から水深二十メートルまでの岩礁に棲む。夏季、岩の下側やくぼみに、多数、集合して産卵する。透明な短い棒状の卵囊を、多数、固めて産みつけるが、卵が黄色なので全体が黄色に見える。肉食性で、岩に付着しているフジツボやカキなどを好んで食べるので、カキ養殖の害貝として嫌われる。肉は食べられるが、辛くて、不味い。外套膜の鰓下腺(さいかせん)の粘液は日光にあてると、紫色になるので、本邦では古くから貝紫(かいし)として知られ、嘗て志摩の海女はこの粘液で手拭いなどを染めたという。近似種で北海道南部以南に分布し、潮間帯の岩礁に棲息するイボニシ R. clavagera はこの種に似るが、殻は黒みが強く、瘤も弱い(ここまでが波部先生の主文。なお、同じく貝紫の原材料として知られたイボニシは、嘗ては別属とされて、ais 属 ais clavigera であったが、一九七一 年に Reishia 属に移されている)。他にクリフレイシ(栗斑茘枝)Reishia luteostoma がいる。]
« 大和本草諸品圖下 ワレカラ・梅花貝・アメ・(標題無し) (ワレカラ類他・ウメノハナガイ・ヒザラガイ類・ミドリイシ類) | トップページ | 大和本草諸品圖下 ヲキニシ・蝦蛄 (オキニシ類・シャコ) / 「大和本草」水族の部――大団円!―― »