大和本草諸品圖下 馬ヌス人・赤(アカ)魚・寶藏鯛・久鯛 (チカメキントキ・カサゴ・クロホシフエダイ・イシダイ)
[やぶちゃん注:国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングした。]
馬ヌス人
本書緋魚ノ條下ニ載ㇾ之可ㇾ考
紅色細鱗
䰇尾似二
紅鬃(タイ)
魚ニ一口
向ㇾ上ニ
味亦
似ㇾ鯛ニ
○やぶちゃんの書き下し文
馬ぬす人
本書、緋魚の條下に之れを載す。考ふべし。紅色。細鱗。䰇〔(ひれ)〕・尾、紅鬃魚(たい)に似、口、上に向く。味、亦、鯛に似る。
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赤(アカ)魚 又モウヲト云
在二海中ニ一長サ尺餘其色紅多ク
白少シ口※ク目大ニ乄而高シ首大
[やぶちゃん注:「※」=「氵」+「闊」。]
未小シナリ肉軟ニ
脂少シ味美シ
病人可 是亦本
啖フ無ㇾ毒 書緋魚ノ
俗赤魚ヲ 下ニノス
略シテ 身半以
アコト云 下小シ
○やぶちゃんの書き下し文
赤(あか)魚 又、「もうを」と云ふ。
海中に在り、長さ尺餘り。其の色、紅、多く、白、少なし。口、※〔(ひろ)〕[やぶちゃん注:「※」=「氵」+「闊」。]く、目、大にして、高し。首、大〔なるも〕、未[やぶちゃん注:「末」(すゑ)の誤記か。]小〔(ちいさ)〕しなり。肉、軟かに、脂、少し。味、美〔(よ)〕し。病人、啖〔(く)〕ふべし。毒、無し。俗、「赤魚」を略して、「あこ」と云ふ。是れ亦、本書「緋魚」の下に、のす。身〔の〕半〔(なか)ば〕以下〔は〕小さし。
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寶藏鯛 海魚ナリ
其ノ口囊ノ口ヲ括ル
ガ如シ偏鄙ノ人帶ル
ㇾ腰ニ火打囊ヲ寚
藏ト云此魚ノ
口似タリㇾ之ニ形與二
紅鬃魚(タイ)一相似タリ
遍身淡白色
○やぶちゃんの書き下し文
寶藏鯛 海魚なり。其の口、囊の口を括〔(くく)〕るが如し。偏鄙の人、腰に帶〔(おぶ)〕る「火打囊〔(ひうちぶくろ)〕」を「寚藏〔(ほうざう)〕」と云ふ。此の魚の口、之れに似たり。形、紅鬃魚(たい)と相ひ似たり。遍身、淡白色。
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久鯛
爲二海魚一其ノ形
如二紅鬃魚ノ一
多二黒㸃〔一〕淡
色與二海
鯽不二相
似一味美ナルヿ
如二紅鬃
魚ノ一或斜ニ有二
紋三四條ノ者
○やぶちゃんの書き下し文
久鯛
海魚と爲す。其の形、紅鬃魚〔(たひ)〕のごとし。黒㸃、多し。淡色。海鯽〔(ちぬ)〕に相ひ似ず。味、美なること、紅鬃魚のごとし、或いは、斜めに、紋、三、四條の者、有り。
[やぶちゃん注:まず、最初に底本としている中村学園大学図書館蔵本目次ページの同定比定を見ると、それぞれ、『○馬ヌス人(ちかめきんときだい)』、『○赤魚(モウオ、かさご)』、『○宝蔵鯛(ころだい)』、『○久鯛(ひげだい)』となっている。確かに、最初の「馬ヌス人」は「紅色」『口、上に向く。味、亦、鯛に似る」とする部分が、特に、この種の口が有意に上を向いているという点で、しかも全身が紅色であったとなら(正直、図は無視して、である)、
スズキ亜目キントキダイ科チカメキントキ属チカメキントキ Cookeolus japonicus (一属一種)
だ! と思うわず、膝を叩いたのであった! 「緋魚の條下に之れを載す。考ふべし」という語が、しみじみ、聴こえたものであった。私は「大和本草卷之十三 魚之下 緋魚 (最終同定比定判断はカサゴ・アコウダイ・アカメバル)」で、かなり、同定比定に手間取った。しかもそこには、本文で『筑紫の方言に「馬ぬす人」と云ふ魚あり』と出、そこで私は、
*
サイト「みんなの知識 ちょっと便利帳」の「魚(魚介類)の名前と漢字表記」のこちらに、「アコウダイ」の項に『ウマヌスビト、アコウ、アコ』とある。また、ネット検索で見出した「Ⅲ 魚等にかかわる漢字」(PDF)の表中に『アカウオ 馬盗人(ウマヌスビト)』とある。この「アカウオ」とは、カサゴ亜目メバル科メバル属アラスカメヌケ Sebastes alutus を指すから、何ら問題はない。但し、同種はオホーツク海から太平洋沿岸、青森県から宮城県の太平洋沿岸でしか捕獲されない。しかし、「アカウオ」は近代以前は「アコウダイ」の異名としても少しもおかしくない。いや! ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」の「アコウダイ」異名に、東京都などで「アカウオ」「赤魚」が載り、『赤いメバル類の総称。後にアラスカメヌケや輸入ものの赤いメバル類の呼び名に変わる』とある。則ち、赤いメバル類或いは、もっと広くカサゴ類の赤みの強い種群はやはり嘗て「アカウオ」と普通に市場で呼ばれていたのである。
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として、『「馬盗人」という命名への由来への根拠はひどく気にはなる。由来を探し得なかったのが気に懸かる。識者の御教授を乞うものである』としつつも、考察を終えてしまったのである。しかし、今、改めて上記のアコウダイの画像を見ると、「緋」と呼ぶには赤みが薄いし、何より、ここで言っている、「口が有意に上を向いている」と言うには、下顎がつき出したシャクレになってはいても、「上を向いている」とは絶対に言えない。合致度はやはり、チカメキントキである。而して、群馬県前橋市岩神町の鮮魚店「養田鮮魚ブログ」の「チカメキントキ鯛」の投稿に、『金目鯛に似ていますが、違います。金時鯛です。金時鯛だけじゃないですが、地方でも色々な呼び名がありまして』、『神奈川県三崎でキンメ、和歌山県でキントキ、高知県でキントウジまたはカネヒラ』、『福岡県でウマヌスット、鹿児島県でセマツダイと呼ばれる』。『福岡のウマヌスットて馬盗人てこと?なんで?(笑)』(とあるので、この方も語源はお判りならないらしい)。『実はこの魚本種の金時鯛ではなくて、正式名称は「近眼金時鯛」といいます』とあった。
「紅鬃魚(たい)」この「鬃」は「馬の鬣(たてがみ)」を意味する語で、背鰭の派手な棘鰭を指して広義の「タイ」類を、ここでは、指している。但し、益軒は本文の別なところで、しばしばカサゴ類をも、この名で呼んでおり、次の項と濃厚に繋がってくるのである。
次に「赤(アカ)魚」「もうを」だが、この異名も多くの種に当てられていて、なかなか名前からは厳しい。ただ、「目、大にして、高し。首、大〔なるも〕、未[やぶちゃん注:「末」(すゑ)の誤記か。]小〔(ちいさ)〕しなり」、眼が大きくてしかも側面の高い位置についている、首が太い(図から考えると、口吻部を大きく開いて、鰓を広げることが出来るグループと判断できる)が、体幹は尾部に向かうに従って急激に細くスマートになると言っているようだ。これによく当て嵌まるのは、
カサゴ目カサゴ亜目フサカサゴ科 Scorpaenidae(メバル科 Sebastidae)カサゴ属カサゴ Sebastiscus marmoratus
である。当該ウィキによれば(太字下線は私が附した)、『和名は、頭部が大きく、笠をかぶっているように見えることから起こった俗称「笠子」に由来すると考えられている』(頭大尾小に合致)とあり、また、『体色は普通、赤色から褐色地に不規則な形状の薄色斑が見られるが、体色や模様は生息環境や個体により変異がある。近縁のメバルに比べて相対的に体の断面が丸く側扁は弱く、眼が小さく、口が大きい』。『浅い所に棲むカサゴは』、『岩や海藻の色に合わせた褐色をしているのに対し』(これは「藻魚(もうを)」の呼称に合致する)、『深い所に棲むカサゴは鮮やかな赤色である』(「緋魚」に合致)。『赤色光の吸収と残留青色光の拡散が起こる海中、すなわち青い海の中では、赤色系の体色は環境の青色光と相殺されて地味な灰色に見えるため、これは保護色として機能する。赤い光は海の深い所まで届かないので、赤い色をしたカサゴは敵や獲物から見つかりにくい。これは深海における適応の一つで、実際、深海生物には真っ赤な体色のものが多く見られる』とある。「大和本草卷之十三 魚之下 緋魚 (最終同定比定判断はカサゴ・アコウダイ・アカメバル)」でも私も、最終的にカサゴに最大有力候補として辿り着いている。
次の「寶藏鯛」であるが、これはまず、「大和本草卷之十三 魚之下 棘鬣魚(タヒ) (マダイを始めとする「~ダイ」と呼ぶ多様な種群)」に『○「寳藏鯛」 常に鯛より身薄く、味、淡くして、よし。色、淡白、紅ならず。尾に近き處、黑㸃、多し。牙は口中にかくれて、口より見ゑず[やぶちゃん注:ママ。]。尾に岐(また)、なく、直ちに切れたるがごとし。常の鯛に異れり』と登場し、私は、注で、『体が扁側し、尾に近い位置に明白な黒点があり(但し、益軒はそれが多くあると言っているのが悩ましいのだが)、さらに歯が「口中にかくれて」いて、普通の状態では見えない(これが大事!)『尾に岐(また)』がなく(中央の凹みと上下の伸長が全くない)『直ちに切れたるがごと』き尾鰭を持つ点で、これは、
スズキ目スズキ亜目フエダイ科フエダイ属クロホシフエダイ Lutjanus russellii
と断定していいように私は思う。ぼうずコンニャク氏の「市場魚貝類図鑑」のクロホシフエダイのページを是非、見られたい。そこに上顎上顎の口内のイッテンフエダイ(同属のフエダイ属イッテンフエダイ Lutjanus monostigma)との比較画像がある。上顎の近心部の前歯がクロホシフエダイにはないのだ! なお、ぼうずコンニャク氏の解説によれば、本種は『シガテラ毒を持つ確率の高い魚』とある。要注意!』同定比定した。後に、『畔田翠山「水族志」 ホウザウダヒ (クロホシフエダイ)』でも再考証したが、これを変更する気は今もない。なお、底本目次の比定するのは、
スズキ亜目イサキ科コロダイ属コロダイ Diagramma picta
である。拙い図を信じ、キャプションの「其の口、囊の口を括〔(くく)〕るが如し」というのを見ると、例えば、単独で「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のコロダイのページの写真を見ていると、ふと、「それかも?!」と感じたりするかも知れない。でも、「このコロダイの口って、そんなに特異か?」って私は疑問を持つ。「こんなの、普通に沿岸で釣れるメジナなんかと同じじゃん!」と叫びたくなる。しかも、「寚藏〔(ほうざう)〕」(「寚」は「寶・寳・宝」の異体字)と呼んだ『腰に帶〔(おぶ)〕る「火打囊〔(ひうちぶくろ)〕」』を調べてみるに、所謂、古典的な巾着袋で、口の部分を抜き貫いた紐できゅっと絞ったもの、おでんの餅巾着見たようなものなのだ。それをぶら下げた風俗画を見たところが、全体が火打ちの重さで下がってしまい、口の部分は尖がった突き出たものとなるのだ。さればこそ、私は、クロホシフエダイを譲る気はなくなったのである。
はい、最後の「久鯛」。「鯛に似ている」、「黒点が多い」、「全体に淡い色」で、「海鯽〔(ちぬ)〕」(クロダイ)全然似ていない(種を語るのに「似てない」というのは頗る厭な感じだよな!)、「味は鯛のように甚だ美味い」、時に「斜めに、紋、三、四條の者、有り」とくる。この中で、最大のヒントはただ一箇所、最後の縞模様だよな。図はやっぱり役に立たないが、敢えて言うと、この縞は橫縞で斜めについているのじゃないかねぇ? 絵師さんよ? とすればだ、
スズキ亜目イシダイ科イシダイ属イシダイ Oplegnathus fasciatus
の幼魚・若い成魚なんじゃないかね?]
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