日本山海名産図会 第二巻 山蛤(あかかへる)
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングした。キャプションは「山蛤(あかかへる)」。]
○山蛤(あかかへる)
山城嵯峩又は丹波・播州小夜の山より多く出す。又、攝津神嵜(かんさき)の邊にも出だせども、其の性(せい)、宜しからず。凡、笹原・茅野原のくまにありて、是れをとるには、小き䋄にて伏せ、又、唐䋄(からあみ)のごとくなる物の龍頭(りうづ)を両手に挾み、こまを𢌞すことくひねりて打ては、䋄、「きりゝ」と、まはりて、三尺四寸ばかりに廣がるなり。かく、し得て、腸(はらわた)を拔き、乾物(かんぶつ)として出だす。其の色、桃色、繻子(しゆす)のごとし。手足、甚だ長く、目は扇(あふぎ)の要(かなめ)に似たり。但し、今、市中(しちう)に售(う)るもの、僞物(ぎぶつ)多し。○「本草綱目」に、『山蛤(さんかう)は蝦蟇(かま)より大きく、色、黄なり。』とありて、日本の物には符合せず。國を異(こと)にするのゆへもあるか。「大和本草」に、長明「無名抄(むみやうしやう)」[やぶちゃん注:「無」は(れっか)のない異体字。]を引きて、『井堤(いて)の蛙(かはづ)、是れなり。晚(くれ)に鳴きて、常のかわづに變れり。色黑き樣(やう)にて、大きにもあらず。』といふて、山蛤(さんかう)に充てたるは、おぼつかなし。
[やぶちゃん注:乾して食用・薬用とするとあり、日本固有種の無尾目 Neobatrachia 亜目アカガエル科アカガエル属アカガエル亜属ヤマアカガエル Rana ornativentris に比定する。但し、古くは、日本固有種の平地に棲息する近縁種で嘗ては普通に見た(近年はヤマアカガエルよりも有意に減少した)ニホンアカガエル Rana japonica も同様に食用にしたから、並置する必要がある。それぞれはウィキの「ヤマアカガエル」、及び、ウィキの「ニホンアカガエル」を見られたいが、カエル類の総論である私の「大和本草卷十四 陸蟲 蝦蟆(がま/かへる) (カエル類)」がとりあえずあるものの、博物誌的には「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蝦蟇(かへる)」及び「和漢三才圖會卷第五十四 濕生類 蛙(あまがえる)」の方が参考になろう。なお、アカガエルの食味については、私の高校時代の尊敬していた生物の先生は「アカガエルは鶏肉のようにヒジョーに美味い!」としばしば仰っていた。私はニホンアカガエルを食ったことは今までない。ヒジョーに残念である。なお、江戸時代にその鳴き声を楽しんで、生きたまま贈答にすることが一般に流行った無尾目ナミガエル亜目アオガエル科カジカガエル属カジカガエル Buergeria buergeri については、作者は「第四巻 河鹿」で非常に詳細な考証を行っているので、是非、見られたい。
「播州小夜の山」これを知られた静岡県掛川市佐夜鹿(さよしか)の「小夜の中山」ととると、並置されている京阪の地域から、これだけが異質に遠く飛んでしまうので、違和感がある。当初より、私は「播州小夜」の「山」間部の意で考えていた。それは、兵庫県内の山間部に嘗て「さよ」と呼ばれた地名があるからである。現在の兵庫県佐用(さよう)郡佐用町(さようちょう)である(グーグル・マップ・データ)。「播磨風土記」には『讚容(さよ)の郡(こほり)』と出、伝承として『五月夜(さよ)の郡と號(なづ)け、神を贊用都比賣(さよつひめ)の命(みこと)と名づく。今に讚容(さよ)の町田(まちだ)あり』とある。ロケーションとしてもヤマアカガエルの棲息地として問題がない。
「攝津神嵜(かんさき)」思うにこれは、現在の地名(大阪城南西に神崎町がある)ではなく、現在は淀川と安威(あい)川を結んでいる神崎川付近を指すのではないと考える。なお、兵庫県に恰好な山間部の神崎郡があるが、ここは旧播磨国であるから、違う。
「笹原・茅野原」(孰れも一般名詞)「のくま」「くま」は「隈」で草葉の陰。
「唐䋄(からあみ)」投網の異名。以下、そうした投網様(よう)の大きな『物の龍頭(りうづ)』(網の中央にあたかも梵鐘の龍頭のように突出した輪っかがあり、そこ『を両手に挾み、こま』(独楽)『を𢌞すことくひねりて打ては、䋄、「きりゝ」と、まはりて、三尺四寸』(一メートル三センチ四方)『ばかりに廣がるなり』と、広い範囲で蛙を文字通り一網打尽にする猟法もあるということである。挿絵の左手の男がそれを持って今にも七匹ほどのそれを獲ろうしている。
「繻子(しゆす)」布面(ぬのおもて)が滑らかで、つやがあり、縦糸又は横糸を浮かして織った織物。
「僞物(ぎぶつ)多し」何を用いた偽物か記しておいて欲しかった。ヒキガエルその他の種をミイラにすれば、まあ、見分けはつかんかものね。
『「本草綱目」に、『山蛤(さんかう)は蝦蟇(かま)より大きく、色、黄なり。』とありて、日本の物には符合せず』巻四十二の「蟲之四」に、
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山蛤【宋「圖經」。】 校正【原(もと)は「蝦蟇(がま)」の下に附す。今、分出す。】
集解【頌曰はく、「山蛤は山石中に在り。藏(かく)れ蟄す。蝦蟇に似て、大きく、黃色。能く、氣を吞み、風露を飮み、雜蟲を食らはず。山人、亦、之れを食ふ。】
主治 小兒勞瘦及び疳疾に最も良し。【蘓頌。】
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とあり、風体から見ても、恐らく本邦に棲息しない無尾目アマガエル上科ヒキガエル科 Bufonidae の一種ではないかと私は踏んでいる。「蛤」という漢語にはカエルの一種或いはカジカガエルの仲間を指す意味がある。
『「大和本草」に、長明「無名抄(むみやうしやう)」[やぶちゃん注:「無」は(れっか)のない異体字。]を引きて、『井堤(いて)の蛙(かはづ)、是れなり。晚(くれ)に鳴きて、常のかわづに變れり。色黑き樣(やう)にて、大きにもあらず。』といふて、山蛤(さんかう)に充てたるは、おぼつかなし』「大和本草卷十四 陸蟲 山蝦蟆(やまかへる) (カジカガエル)」を参照。確かに、益軒の最後の『「本草」に「山蛤(さんがふ)」あり。『蝦蟆に似て、大に、黃色』とあり。是れ、「井堤のかはづ」』(これはカジカガエル特定済み)『と同じきか。』とあるのは、根拠もなく(カジカガエルはヒキガエルに似ていないし、黄色くもない)、極めて安易で受け入られない。]
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