芥川龍之介書簡抄(挿入)77―2 / 大正六(一九一七)年書簡より(九の二) 塚本御内宛
大正六(一九一七)年八月二十四日消印・駒込・芝區下髙輪町五十五 東禪寺橫町 塚本樣御内(芥川龍之介自身の自像写真葉書)
先日は折角お出で下すつたのに何のおかまひも致さず失礼しました 今日は御叮嚀なお手紙を頂き難有御礼申上げます
このはがき私の知人が拵へてくれましから一枚お目にかけます家では印度人に似てゐると云ふ評判でございますが如何ですか 頓首
沢蟹の吐く泡消えて明け易き
龍 之 介
[やぶちゃん注:以上は、たまたま宛名が「塚本樣御内」であること、芥川龍之介の自像写真が旧全集には載らないことから、見落としていた。今回、たまたま、一九九二年河出書房新社刊・鷺只雄編著「年表 作家読本 芥川龍之介」を別件で調べていたところ、本書簡の画像が添えられているのを発見(66ページのコラムの末尾)したため、その画像をOCRで取り込み、やや補正し、急遽、電子化することとした。この芥川龍之介の自像写真は、別により画素の多い綺麗な同一写真が、「もうひとりの芥川龍之介展」の冊子「もうひとりの芥川龍之介」(一九九二年産經新聞社発行)の「ポートレートの中の芥川龍之介」にあったので、冒頭に鷺氏の方の書簡(表裏)を掲げ、書簡本文内に後者の画像をトリミング補正して挿入した(なお、後者の冊子は末尾に「禁無断転載」とするが、パブリック・ドメインの作品を単に平面的に撮影したものに著作権は発生しないというのが文化庁の正式見解である。因みに撮影者は不明である)。前掲の実物画像を視認して電子化したが、書信本文が下方で概ね二字分総て切れてしまっているため、そこは旧全集に従った。岩波旧全集活字本文では「高輪」とするが、実物は明らかに「髙」(梯子「高」)であり、「澤蟹」は略字の「沢蟹」である。葉書の表上部横向き左に、大きく白抜きで「POST CARD」、横向き中央やや上左に小さく、「CORRESPONDENCE HERE」(CORRESPONDENCE は「書信」の意)とあり、同じ高さで右側に、同じポイントで、「NAME AND ADORESS HERE」とあり、その二つの間に横向きでは縦に罫線が入る(英文・罫線は全て印刷)。]
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