日本山海名産図会 第二巻 石茸(いわたけ)・附記(その他の「きのこ」類の解説)
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングした。キャプションは「熊野石苴(くまのいわたけ)」。「苴」の(くさかんむり)は間が切れたもの。この「苴」は音「ショ」で、①「苞(つと)・藁などで包んだもの」、②「あさ(麻)・実のなる麻」、③「沓敷(くつしき)・沓の中の敷き草」、④「くろい・色の黒い」、⑤「補う・繕う」であり、また、音「サ」で、「塵」芥(あくた)]の意であるから、「茸」の異体字にはなく、誤字である。]
○石茸(いわたけ) 一名「石芝(せきし)」
熊野天狗峯(てんぐがみね)の絕頂に大巖(おほいわ)あり、其の上に、多く生ず。皆、山石上(さんせきじやう)の嶮(けはしき)にあり、夏月(かげつ)、火熱(くわねつ)の時は、甚だ、小(せう)にして、松(まつ)の※(こけ)[やぶちゃん注:「※」は「蒳」の「糸」を「鄕」の(へん)に代えたような字体。]のごとし。面(おもて)、黒色(くろいろ)、裏、靑色(あをいろ)。形、木茸(きくらげ)に似て、莖、なし。黒き所、岩につきて生ず。これを採るには、梯(はしご)をかけ、縄にすがり、或ひは畚(ふご)に乘りて、木の枝より、釣り下りなどの所爲は、圖のごとし。よそめのおそろしさには、似ず、猿の、木づたふよりも、やすし。鶯(うぐひす)の子も、かくのごとくして、採る、といへり。今、又、吉野より出づるものを上品とす。
附記
[やぶちゃん注:以下の本文は原本では全体が本文より一字下げ。]
此の余、蕈(たけ)の品(しな)、甚だ多し。○松蕈(まつたけ)は山刕の產をよしとす。大凡(およそ)[やぶちゃん注:二字へのルビ。]牝松(めまつ)にあらざれば、生ぜず。故に西國には牡松(おまつ)多き故、松蕈、少なくして、茯苓(ぶくりやう)多し。京畿は牝松多きがゆへに、蕈(たけ)多くして、茯苓、少なし。○金菌(きんたけ)は冬・春の間に生じて、松蕈に似て、小なり。○玉箪(しめぢ)○布引箪(ぬのひきたけ)○初蕈(はつたけ)裏(うら)は緑靑(ろくせう)のごとし。尾張邉(へん)にては、「あをはち」といふ。○滑蕈(なめたけ)西國にては「水たたき」といふて、冬、生ず。○天花蕈(ひらたけ)高野より多く出だし、諸木、ともに、生ず。○舞蕈(まひたけ)「ひらたけ」に似て、一莖に、多く、重なり、生ず。針のごとし。小にして、尖(さき)は紫なり。○木茸(きくらげ)は、樹の皮に附きて生じ、初生は淡黄色(うすきいろ)に、赤色(あかいろ)を帶びたり。採りて、乾かせば、黒色(くろいろ)に變ず。日本にて、接骨木(にはとこのき)に生ずるを、上品とす。○桑蕈(くわたけ)は、二種、ありて、かたきは、桑の樹の胡孫眼(さるのこしかけ)なり。軟かなるは、食用の木耳(きくらげ)なり。此の余、槐(えんしゆ)・楡(にれ)・柳・楊櫨(うつき)なとに、皆、蕈(たけ)を生ず。○杉蕈(すきたけ)は、杉の切株に生じ、「ひらたけ」に似て、深山に多し。○葛花菜(くずたけ)葛の精花(せいくわ)にして、紅菌(へにたけ)も、此の種類なり。これに一種、春、生ずるものを、「鶯菌(うくひすたけ)」、又、「さゝたけ」と、いひ、丹波にて、「赤蕈(あかたけ)」、南都にて「仕丁(してう)たけ」等(とう)の名、あり。○雚菌(おきたけ)[やぶちゃん注:「雚」は(くさかんむり)の中央が切れ、その下の「口」二つは繋がって「日」を横転させたようになっている。]は蘆(あし)・萩(はぎ)の中にせうずる玉蕈(しめじ)なり。九月頃にあり。○蜀格(いのころたけ)は、ハリタケとも云(い)う。常の針蕈(はりたけ)には異なり、本條(ほんてう)は、傘を張りて生じ、かさの裏に、針、有り。色、白く、味、苦(にが)し。○地茸(うしのかはたけ)は、陰地・丘陵の樹の根に、多く生ず。脚、短く、多く重なり、生ず。面(おもて)、黒く、茶褐色(ちやいろ)の毛、あり。裏、白くして、刻(きれ)、なし。皮蕈(かはたけ)は、色、黑くして、此れ、同種なり。「黒皮たけ」も是れに同し。○蕈類(たけるい)、大抵、右のごとし。此の余(よ)、毒、有りて、食用にせざるもの、多し。あるひは、「竹蓐(すゝめのたまこ)」、竹林中に生(せう)し、「土菌(どくたけ)」はキツネノカラカサともいひて、是れにも、鬼蓋(きかい)・地岑(ちしん)・鬼筆(きひつ)の種類あり。
[やぶちゃん注:「石茸(いわたけ)」子嚢菌門チャシブゴケ菌綱チャシブゴケ目イワタケ科イワタケ属イワタケ Umbilicaria esculenta 。「芝菌品(たけのしな)」の「イハタケ」の私の注を参照。
「熊野天狗峯(てんぐがみね)」紀伊山地台高山脈南部の三重県尾鷲市と北牟婁郡紀北町にまたがる標高五百二十二メートルの天狗倉山(てんぐらやま/てんぐらさん)であろう(グーグル・マップ・データ)。当該ウィキによれば、『西側に隣接する便石山』(びんしやま:標高五百九十九メートル)『との鞍部の馬越峠を世界遺産の熊野古道伊勢路が通』り、『南斜面の一部に自然林が残り、山域の多くがヒノキの植林地となっている』。『酸性マグマの巨大な溶岩湖が冷却、凝固した熊野酸性岩上にあり、これらの花崗斑岩が随所で露出している』。『山頂は一枚岩の岩盤となっていて、二重の岩場で中央の花を外縁の葉が取り囲むハスの花にたとえられている』。『その巨石の下には大きな洞窟のような窪みがあ』って、明治二二(一八八九)年に編纂された「北牟婁郡誌」には、『「深サ幾尋ナルヲ度ルベカラズ、里人コレヲ天狗ノ岩屋トイフ」とあり』、『古記では「天狗巌」と記されている』とある。
「畚(ふご)」通常は農夫などが物を入れて運ぶのに用いる縄の紐の附いた籠(かご)の一種で、竹や藁で編んだものを指すが、それを大きくした人が乗り込めるほどのものを指す。挿絵の左手に描かれたものがそれで、ちゃんと上の木の向こうに、命綱を保守する役の男がいる。
「松蕈(まつたけ)」真正担子菌綱ハラタケ目キシメジ科キシメジ属キシメジ亜属マツタケ節マツタケ Tricholoma matsutake 。ここで作者の述べている「牝松(めまつ)にあらざれば、生ぜず」以下は誤りである。マツタケは主にアカマツ(裸子(球果)植物門マツ綱マツ目マツ科マツ属アカマツ Pinus densiflora )林に生ずることが多いが、それに限定されるものでも、実は、ない。小学館「日本大百科全書」の記載が明瞭なので、以下に引く。『主としてアカマツ林に輪状または列状に並んで生える。傘は径』十~二十センチメートル、時に三十『センチメートルにも達する。表面は淡灰褐色で繊維状の鱗片(りんぺん)で覆われるが、しだいに茶褐色に近づく。傘が開く前は、傘の縁と茎の上部との間は綿毛状の膜で連なる。ひだは白く、茎に湾生する。茎は太く長く、肉は充実し、縦に裂ける。つばは初め明瞭』『だが、しだいにしおれて縮み、はっきりしなくなる。胞子は』六~七マイクロメートル✕四・五~六・五『マイクロメートルの広楕円(こうだえん)形。全体に日本人に好まれる独特の芳香がある。マツタケは、アカマツのほか』、コメツガ(米栂:マツ科ツガ属コメツガ Tsuga diversifolia )・アカエゾマツ(マツ科トウヒ(唐檜)属アカエゾマツ Picea glehnii )・クロマツ(マツ属クロマツ Pinus thunbergii )・ハイマツ(マツ属 Strobus 亜属 Strobi 節ハイマツ Pinus pumila )『の林にも生える。マツタケの菌糸は、これらの木の細根にまとい付いて、外生菌根をつくって生活する。マツタケは地温が』摂氏十九度『になると』、『キノコ形成の準備を始め』、二『週間ほどたつと』、『地表に頭を出す。発生はほとんど秋であるが、梅雨期にも発生することがある(ツユマツタケとかサマツなどとよばれる)。マツタケは、従来は北海道から九州にまで分布する日本特産種と考えられていたが、現在では朝鮮半島、中国(東北部、山東省、雲南省など)、台湾にも分布することがわかっている』。以下、「生育条件」の項。『日本におけるマツタケの生産は、長野県、広島県、岡山県、岩手県、京都府などで多く、ついで兵庫県、岐阜県、山口県などとなる。そのほかの県にも発生するが』、『量は少ない。本州以南では主としてアカマツ林にマツタケは生えるが、アカマツそのものは、本州以南ではきわめて普通である。それにもかかわらず、マツタケの産地がこのように偏るのは、マツタケと共生するマツ類の体質によっている。こうしたマツ類の体質を決めるのは、次のような条件である。その第一は土質の違い、すなわち土壌の母体である母岩の違いである。マツタケは一般に』、花崗岩・石英斑岩・角(かく)岩・砂岩・珪(けい)岩を『母岩とする山には発生し』、安山岩・頁(けつ)岩・丹土(たんど:赤い土)・『関東ロームなどでは発生しない。第二は地上部の状態、すなわち』、『マツの樹冠の茂り方、低木や地表草本の種類や密度、落葉堆積』『量の多少などである。したがって、土質条件はマツタケの発生に適していても、マツ林の手入れいかんによっては不適ともなりうるわけである』。『マツタケは菌根菌であるから、宿主に頼らねばならないが、宿主となる木はマツタケが存在しなくても生育することはできる。それにもかかわらず、その木がマツタケと菌根をつくって共生するのは、宿主側が主として栄養生活(土壌条件)の面で、マツタケの協力を必要とするためである。したがって、こうした条件を窮めずに、ただアカマツとマツタケ菌糸を接触させただけでは菌根は形成されない。マツタケ栽培が不可能とされてきたのはこのためである。しかし、最近では、これらに対する研究が進み、マツタケ菌の保菌苗をつくることに成功し、これを山林に植えてわずかではあるが』、『マツタケの発生をみている。マツタケの人工増殖に一つの布石を敷いたともいえるが、まだ完成までの道は遠いといえる』。『日本のマツタケ生産量は年度によって変動はあるが』、『第二次世界大戦前に比べると』、『激減している。逆に輸入量は激増しており』、『そのほとんどは中国および朝鮮半島産のものである。また、次に述べるヨーロッパ産やアメリカ産の近縁種も輸入の傾向をみせている。日本のマツタケ生産が激減した最大の原因は、薪炭から石油・ガスへの燃料改革、堆肥・下肥などの有機質肥料から化学肥料への農業における肥料革命によって、マツタケ山の手入れが十分に行われないことにある。もし戦前と同じような手入れを行えば、マツタケの増産は可能といえる』とある。
「茯苓(ぶくりやう)」菌界担子菌門真正担子菌綱ヒダナシタケ目サルノコシカケ科ウォルフィポリア属マツホド Wolfiporia extensa。ウィキの「マツホド」によれば、アカマツ(球果植物門マツ綱マツ目マツ科マツ属アカマツ Pinus densiflora)・クロマツ(マツ属クロマツ Pinus thunbergii)等のマツ属 Pinus の植物の根に寄生する。『菌核は伐採後』二~三『年経った切り株の地下』十五~三十センチメートルの『根っこに形成される。子実体は寄生した木の周辺に背着生し、細かい管孔が見られるが』(oso(おそ)氏のキノコ図鑑サイト「遅スギル」のこちらで画像で見られる)、『めったには現れず』、『球状の菌核のみが見つかることが多い』。『菌核の外層をほとんど取り除いたものを茯苓(ブクリョウ)と呼び、食用・薬用に利用される。天然ものしかなかった時代は、松の切り株の腐り具合から見当をつけて先の尖った鉄棒を突き刺して地中に埋まっている茯苓を見つける「茯苓突き」と言う特殊な技能が必要だった。中国では昔から栽培されていたようだが』、一九八〇『年代頃よりおがくず培地に発生させた菌糸を種菌として榾木に植え付ける(シイタケなどの木材腐朽菌と同様の)栽培技術が確立され、市場に大量に流通するようになって価格も下がった。現在ではハウス栽培で大量生産されて』おり、『北京では茯苓を餅にしてアンコをくるんだ物が「茯苓餅」または「茯苓夾餅」の名で名物となっている。かつては宮廷でも食された高級菓子で、西太后も好物だったという。現在は北京市内のスーパーでも購入することができる』。『薬用の物では、雲南省に産する「雲苓」と呼ばれる天然品が有名であるが、天然物は希少であるためほとんど見ることはできない』。『日本はほぼ全量を輸入に頼っていたが』、二〇一七年に『石狩市の農業法人が漢方薬メーカーのツムラ(夕張ツムラ)との協力で、日本初となるハウス量産に成功した』とある。『菌核の外層をほとんど取り除いたものは茯苓(ブクリョウ)という生薬(日本薬局方に記載)で、利尿、鎮静作用等があ』り、『多くの漢方方剤に使われ』ている。
「金菌(きんたけ)」真正担子菌綱ハラタケ目キシメジ科キシメジ属シモコシ Tricholoma auratum 。サイト「oso的キノコ写真図鑑」の同種のページを見られたい。そこに書かれてあるが、本種は古くから美味な「食用きのこ」として知られていたが、近年、急に致死性の「猛毒きのこ」に変更された。海外で本種と同一とされる「T. equestre」による重度の肝不全による死亡事故が起きたためで、毒成分は不明であるが、症状は横紋筋融解症で、横紋筋から溶け出したミオグロビンが肝臓に致命的なダメージを与えるとあり、『仮に同一種説が正しかった場合、当然』、『本種も有毒と言うことにな』るとあり、『古くから食されただけに驚きを隠せませんが』、『注意は必要でしょう』。『ただ』、『地元で会う年配の狩人は何十年も食べているとのことです、ご参考までに』とある。食べぬに、越したことはないと存ずる。進行した同疾患は最後は肝移植しか手がないはずだからである。
「玉箪(しめぢ)」真正担子菌綱ハラタケ目シメジ科シメジ属ホンシメジ Lyophyllum shimeji 。漢字表記は「占地」「湿地」「占地茸」「湿地茸」「王茸」。ウィキのシメジについての「食用きのこ」の「シメジ」の呼称のみを扱った特殊なページがあり、そこで、まず、『シメジと言えば本来』、『キシメジ科』Tricholomataceae『のキノコ、とりわけキシメジ科シメジ属のホンシメジを指す』とあるのだが、これはウィキの「ホンシメジ」によれば、『従来』、『ホンシメジの属しているシメジ属はキシメジ科に属していたが、分子系統解析の発達によって現在では独立したシメジ科に属するとされている』とあるので、そちらで示す。同前のページでは続けて、『場合によっては、漠然と』、『他の』旧で属していた『キシメジ科』に属する『キノコ(シメジ属』(くどいが、現在シメジ科である)『のハタケシメジ』(シメジ科シメジ属ハタケシメジ Lyophyllum decastes )『やシャカシメジ(センボンシメジ)』(シメジ科シメジ属シャカシメジ Lyophyllum fumosum )『シロタモギタケ属のブナシメジ』(シメジ科シロタモギタケ属ブナシメジ Hypsizygus marmoreus )『など)も含めた総称とされることもある。ホンシメジは、生きた木の外生菌根菌であるために栽培が非常に困難であり、ほぼ天然物に限られ』、『稀少なため』、『高級品とされる。ほとんど流通していない』とある。作者は名を出すだけで、解説を全くしていないので、希少種であるホンシメジに限定して考えてよいかと思われる。
「布引箪(ぬのひきたけ)」ハラタケ目ヌメリガサ科ヌメリガサ属サクラシメジ Hygrophorus russula の異名と思われる。個人サイト「きのこ なら」の「散歩雑記」のこちらの冒頭にある二〇一七年八月二十九日の「故郷のキノコ」の記事中に、岡山県真庭市北部にある蒜山高原での経験(筆者の生まれ育った地)では、『ブナの原生林へ入ると、大きな倒木にビッシリ生えたムキタケ』(ハラタケ目ガマノホタケ科ムキタケ属ムキタケ Sarcomyxa serotina )『に出合います。これを方言ではボタヒラと言いますが、その形がボッタリとして、ヒラタケ』(後の「天花蕈(ひらたけ)」参照)『に似ていることから付いた名前でしょう。このキノコも大量に採れるので大きな桶へ塩漬けにして、深い雪に覆われる冬の間に食べました』。『このムキタケと同様に大量に採れるキノコはサクラシメジです。その方言をヌノビキタケと言いますが、巻いた反物を林床に広げた様に長い群落を作るので、その名前が付いたのだろうと思います』とあったからである。当該ウィキによれば、「タニワタリ」「アカナバ」「ドヒョウモタセ」『などの俗称で呼ばれる場合もある』ともあった。「谷渡り」は「布引き」と親和性がある。
「初蕈(はつたけ)」「あをはち」担子菌門ハラタケ亜門ハラタケ綱ベニタケ目ベニタケ科チチタケ属ハツタケ Lactarius hatsudake 。
「滑蕈(なめたけ)」「水たたき」ハラタケ目モエギタケ科スギタケ属 Hemipholiota 亜属 mixalannutae 節ナメコ Pholiota microspora に同定する。「水叩き」とは、生体の湿った状態では、全体に水を打ったように夥しいゼラチン質の粘性物質のムチンを分泌しているそれを言ったものと推定する。
「天花蕈(ひらたけ)」ハラタケ目ヒラタケ科ヒラタケ属ヒラタケ Pleurotus ostreatus 。当該ウィキによれば、『古くから親しまれた食用』きのこ『であり、平安』『中期には食用にされていた』。公卿藤原実資(さねすけ)の日記「小右記」(現存するものは天元五(九八二)年から長元五(一〇三二)年)に、『遊興の際の食物の一つとして「平茸一折樻」が記録されているほか、「近来往々食茸有死者、永禁断食平茸、戒家中上下」と、毒キノコによる死亡事故の多発を理由に家中にヒラタケを食べることを禁じる旨が記されている』。また、「今昔物語集」には、よく高校の古文教科書に載っていた(私は面白くも糞くもないので、一回しか授業していない)、『受領の藤原陳忠が谷底に落ちたついでにヒラタケを採ったという巻二十八「信濃守藤原陳忠落入御坂語」』(「やたがらすナビ」のこちらで読める)『をはじめ、ヒラタケの登場する説話が複数』、『存在する』。「梁塵秘抄」の『巻第二にも』(四二五番)、
聖(ひじり)の好むもの
比良(ひら)の山をこそ尋ぬなれ 弟子遣りて
松茸 平茸 滑薄(なめすすき)
さては池に宿る蓮の蔤(はひ)、
根芹(ねぜり) 根蓴菜(ねぬなは) 牛蒡(ごんばう)
河骨(かはほね) 獨活(うど) 蕨(わらび) 土筆(つくづくし)
『という歌があり、マツタケやエノキタケ』(ハラタケ目タマバリタケ科エノキタケ属エノキタケ Flammulina velutipes )『と並んでヒラタケが挙げられている』。なお、『岡村稔久』(としひさ)『は、平安時代の文献にヒラタケの話が多く』、『マツタケの話が少ない理由として、平安時代前期ごろまでは平安京周辺に広葉樹林が多く残っており、中期以降にマツ林が増えていったことを述べている』。『鎌倉時代以降も食材として親しまれ』。「平家物語」巻八「猫間」、「宇治拾遺物語」巻一ノ二「丹波国篠村平茸生の事」、「古今著聞集」巻十八「飲食 観知僧都」『などに登場するほか』、「庭訓往来」や『現存最古の茶会の記録である』「松屋会記」などに『ヒラタケを使った料理が記載されている』とある。
「舞蕈(まひたけ)」真正担子菌綱タマチョレイタケ目トンビマイタケ科マイタケ属マイタケ Grifola frondosa 。
「木茸(きくらげ)」菌界担子菌門真正担子菌綱キクラゲ目キクラゲ科キクラゲ属キクラゲ Auricularia auricula-judae (当該ウィキによれば、学名の『属名はラテン語の「耳介」に由来する。種小名は「ユダの耳」を意味し、ユダが首を吊ったニワトコ』(マツムシソウ目レンプクソウ科ニワトコ属セイヨウニワトコ Sambucus nigra であろう)『の木からこのキノコが生えたという伝承に基づく。英語でも同様に「ユダヤ人の耳」を意味するJew's earという。この伝承もあってヨーロッパではあまり食用にしていない』とある)。既に述べたが、種小名は差別学名の臭いが濃厚で、私は変更すべきものと考えている。
「接骨木(にはとこのき)」マツムシソウ目レンプクソウ科ニワトコ属亜種ニワトコSambucus sieboldiana var. pinnatisecta 。
「桑蕈(くわたけ)は、二種、ありて、かたきは、桑の樹の胡孫眼(さるのこしかけ)なり。軟かなるは、食用の木耳(きくらげ)なり」現行では、ハラタケ目キシメジ科ナラタケ属ナラタケ亜種ナラタケ Armillaria mellea nipponica の異名であるが、記載はそれらしくない。前者は、長崎県の男女群島の女島(メシマ)に植生するも、個体が激減し、「幻しのきのこ」とされる、菌蕈綱ヒダナシタケ目タバコウロコタケキコブタケ属メシマコブ Phellinus linteus らしい感じはするが、局地種であり、作者がそれを指している可能性は必ずしも高くない感じもする。「木耳」は前の注を参照されたい。
「槐(えんしゆ)」中国原産のマメ目マメ科マメ亜科エンジュ属エンジュ Styphnolobium japonicum は、古くから日本にも植栽されている。
「楊櫨(うつき)」ミズキ目アジサイ科ウツギ属ウツギ Deutzia crenata 。和名の漢字表記は「空木」。当該ウィキによれば、『茎が中空であることからの命名であるとされる。花は卯月(旧暦』四『月)に咲くことから「卯(う)の花」とも呼ばれ』、『古くから初夏の風物詩とされており』、「枕草子」には、『卯の花と同じく初夏の風物詩であるホトトギスの鳴き声を聞きに行った清少納言一行が卯の花の枝を折って車に飾って帰京する話がある。近代においても唱歌』「夏は来ぬ」で『歌われるように初夏の風物詩とされている』とある。「楊櫨」は古い漢名。現行の中文名は「歯叶溲疏」である。
「杉蕈(すきたけ)」ハラタケ目モエギタケ科モエギタケ属 Stroholiota squarrosa 。サイト「きの図鑑」の当該種の記載には、『スギタケは昔は食用とされていたようですが、現在は毒性が見つかった為、食用としては推奨されていません。体質によっては胃腸系の中毒症状を起こす事があるようです』とある。
「葛花菜(くずたけ)」ハラタケ目ナヨタケ科ナヨタケ属センボンクズタケ Psathyrella multissima か? もしこれだとすると、作者の「葛の精花(せいくわ)」(マメ目マメ科マメ亜科インゲンマメ連ダイズ亜連クズ属変種クズ Pueraria montana var. lobata の精気が凝って花となったということか)という謂いは誤りかも知れない。サイト「きのこアルバム」のセンボンクズタケによれば、『実は「クズタケ(屑茸)」とは、腐朽の進んだ木の上などに発生する』「何の役にも立たない」『きのこをまとめた呼称なのだそうで』、『それが多数群がって発生する様子から「センボン(千本)クズタケ(屑茸)」と名付けられ』たとあるからである。『有毒性は報告されていないものの味や香りが特に無く、何より』、『肉質のもろさから食用にも向かないそう』である、とある。
「紅菌(へにたけ)」担子菌門ハラタケ亜門ハラタケ綱ベニタケ目ベニタケ科ベニタケ属 Russula に属する多数種を指す。当該ウィキによれば、『毒々しい色調のために、古くは毒きのこの代表格のように扱われてきていたが、すべてが有毒であるわけではない。ただし、辛味や苦味が強いものが含まれ、そうでないものも一般に歯切れが悪いために、食用きのことして広く利用されるものは少ない』。『中国福建省では永安市などの中部を中心に広く分布している』ドクベニタケ節ウスクレナイタケRussula rubra 『を「紅菇」、「正紅菇」、「大朱紅菇」などと称し、スープなどの食用に用いられている。乾燥品も流通しており、味はベニタケ類の中では比較的良い』『が、それでも食感は良くない。スープに入れると汁に鮮やかな紅色が付く』。『ニセクロハツ』(クロハツ節ニセクロハツ Russula subnigricans )『は致命的な有毒種として知られている』(当該ウィキによれば、『猛毒で致死量は』二、三『本とも言われる。潜伏期は、数分から』二十四『時間。嘔吐、下痢など消化器系症状の後、縮瞳、呼吸困難、言語障害、横紋筋融解症』『に伴う筋肉の痛み、多臓器不全、血尿を呈し重篤な場合は腎不全を経て死亡する。主な治療法は胃洗浄、利尿薬投与、人工透析』とある。先に出した横紋筋溶解症による肝不全である)『ほかにもいくつかの有毒種が含まれているといわれているが、どの種が食用となり、どの種が有毒なのかについては、不明な点も多い』とある。
「鶯菌(うくひすたけ)」「さゝたけ」「赤蕈(あかたけ)」「仕丁(してう)たけ」ハラタケ亜門ハラタケ綱ベニタケ目ベニタケ科ベニタケ属カワリハツ(変初)Russula cyanoxantha の品種で緑色を呈するものにウグイスタケRussula cyanoxantha form peltereaui の名が与えられてある(サイト「三河の植物観察野草」の「きのこ図鑑」のこちらに拠る)。しかし、作者がここで一気に並べているものは同一種でない可能性が高く、「さゝたけ」は現行では全くの別種であるハラタケ目ハラタケ科フウセンタケ属ササタケ亜属ササタケ Cortinarius cinnamomeus に与えられており、「あかたけ」は同じフウセンタケ属アカタケ Cortinarius sanguineus に(本種は毒きのこである。サイト「oso的キノコ写真図鑑」の同種のページを見られたい)、「仕丁(してう)たけ」は不明。「仕丁」は律令制における労役の一つで、一里(五十戸)に正丁二人の割で、三年交替で中央官庁の労役に従事した。奈良時代の諸造営事業の重要な労働力であったが、費用はその里の共同負担であり、実際は相当に長期間に亙って労役させられたために、逃亡する者もあった。されば、これは底辺の労働者たちの食い扶持に与えられた、下品の容易に手に入る「きのこ」の謂いであろうか? 対象のきのこよりも、名称が気になる。
「雚菌(おきたけ)」(「雚」は(くさかんむり)の中央が切れ、その下の「口」二つは繋がって「日」を横転させたようになっている)お手上げ。識者の御教授を乞う。
「蜀格(いのころたけ)」「ハリタケ」「常の針蕈(はりたけ)」記載が順序だっていないのが気になる。この「常の針蕈(はりたけ)」というのは、小学館 日本大百科全書」の「ハリタケ」によれば(一部いじったが、それでも分類部分はやりきれていない感がある)、『担子菌類』のヒダナシタケ目 Aphyllophorales 或いはサルノコシカケ科 Polyporaceae『に属し、傘の裏、またはキノコの下側に無数の針状の突起があるキノコの総称で、特定の菌の名ではない。針状の突起はマツタケ類の』襞『に相当する部分で、胞子を形成する子実層は針の表面に発達する。ハリタケと称されるキノコの種類はきわめて多い。また、生態的にみると地上に生えるもの、木に生えるものがあり、形態的にみると傘があるものとないもののほか、肉質、革質、木質などと硬軟さまざまである。従来はこれらをハリタケ科として一括し、傘の裏にひだがあるマツタケ科、管孔(くだあな)があるサルノコシカケ科などと対照させたが、いまではこのような見せかけの形の類似にとらわれない分類が採用されている』。『ハリタケ型のキノコは、ハリタケ科 Hydnaceae(新しい解釈による狭義のハリタケ科)とイボタケ科 Thelephoraceaeに多い。ハリタケ科はカノシタ属 Hydnum を基本とし(基本種はカノシタ H. repandum Fr.)、ほかにサンゴハリタケ属 Hericium 、サガリハリタケ属 Sarcodontia 、ニクハリタケ属 Steccherinum などがある。これらのうち、一部は肉質で食用になるが、革質、木質のものも少なくない。いずれも胞子は無色で表面は滑らかである。イボタケ科の基本となるのはイボタケ属 Thelephora であるが、典型的なハリタケ型のものにコウタケ属 Sarcodon 、ニオイハリタケ属 Hydnellum 、クロハリタケ属 Phellodon などがある。イボタケ科には食用菌として名高いコウタケS. aspratus (Berk.) S. Itoがあるが、多くの種は革質で食用にはならない。胞子はつねに細かい刺(とげ)、または』、『いぼを帯びる。多くはテレフォル酸という色素をもち、乾くと』、『漢方薬状の香りを放つ』とある。「蜀格(いのころたけ)」は全く分からなかった。「蜀格」はどうみても漢字和名ではない。古い漢名か。
「地茸(うしのかはたけ)」不詳。
「皮蕈(かはたけ)」「黒皮たけ」担子菌門ハラタケ亜門ハラタケ綱イボタケ目 Thelephorales のそれか。平凡社「世界大百科事典」の「コウタケ(皮茸)」には、『かさの裏に剛毛状の針が密生しているのを』、『野獣の毛皮と連想してカワタケ(皮茸)と名づけられ、それが訛って「コウタケ」となったとある。当該ウィキによれば、同目の種群は、『一般に強靭な肉質あるいは革質』や『コルク質で、形態的には膏薬状をなして枯れ木などにべったりと広がってかさや柄を形成しないものから、樹枝状ないしサンゴ状に分岐するもの、分岐する柄の先端にへら状のかさを形成してハボタン状をなすもの、あるいは明らかなかさと柄とに分化するものまでが含まれ、胞子を形成する子実層托は多くの分類群において細い針状突起の形態をとることから、一般に Tooth fungus の名があるが、しわひだ状を呈するものや管孔状をなすものも僅かに含まれている』とある。サイト「たじまのしぜん」の「カワタケの一種」では、「皮茸」の一種として、ヒダナシタケ目Aphyllophoralesコウヤクタケ科 Corticaceae を示してある。
「竹蓐(すゝめのたまこ)」サイト「oso的キノコ写真図鑑」のこちらに、担子菌門プクキニア菌亜門Pucciniomycotinaプクキニア菌綱プクキニア目プクキニア科ステレオストラツム属ステレオストラツム・コルチキオイデス(メダケ赤衣病菌)tereostratum corticioides が載り、その解説に『地方によっては「スズメノタマゴ」』と『呼ばれてる』らしいとある。学名は鈴木雅大氏のサイト「生きもの好きの語る自然誌」の同種のページを参考にさせて戴いた。素人の「きのこ」感覚からはかなりズレるものである。
「土菌(どくたけ)」「キツネノカラカサ」ハラタケ科キツネノカラカサ Lepiota cristata 。可食とするページもあるが、本邦に植生するかどうかは知らないが、同属のドクキツネノカラカサ Lepiota helveloa は海外で致死性の猛毒種として知られるので、食べない方が無難。「土菌(どくたけ)」の表記・読みは気になるが、由来は判らない。ハラタケ亜門ハラタケ綱ベニタケ目ベニタケ科チチタケ属チチタケ節チチタケ Lactarius volemus を那須では「ツチタケ」とは呼ぶらしい。
「鬼蓋(きかい)・地岑(ちしん)・鬼筆(きひつ)」総て不詳。有毒きのこ、或いは、尋常でない奇体な形状(「岑」には「鋭い・嶮しく聳える」の意がある)の「きのこ」類を指すか。]
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