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2021/07/18

日本山海名産図会 第二巻 鯢(さんしやういを) (オオサンショウウオ及びサンショウウオ類)

 

Sannsyouuo

 

[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像をトリミングした。キャプションは「山椒魚(さんせううを)」。但し、この成体は左頁の瀧の部分を攀じ登っている七個体からみて、本文の中間部に出る、通常の「山椒魚」、則ち、所謂、両生綱有尾目サンショウウオ亜目サンショウウオ上科 Cryptobranchoidea に属するサンショウウオ科 Hynobiidae の多くのサンショウウオ類(本邦に棲息する種群はウィキの「サンショウウオ」の「おもな日本産種」を参照されたいが、そこだけでも十九種が挙げられており、しかも、この内で日本固有種でないのは、サンショウウオ科キタサンショウウオ属キタサンショウウオ Salamandrella keyserlingii 一種のみとされている)の一種である。この図はどこと断っていないので、種を同定することは出来ないが、本文の記載と、現在の分布から見て、サンショウウオ科ハコネサンショウウオ属ハコネサンショウウオ Onychodactylus japonicus と比定しても強ち誤りとは言えないように思う(現在の長野県軽井沢にハコネサンショウウオは現に分布している)。]

 

  〇鯢(さんしやういを)

溪澗水(たにみづ)に生ず。牛尾魚(こち)に似て、口、大なり。茶褐色(ちやいろ)にして、甲に斑文(またら)あり。能く水を離れて陸地を行く。大なるものは、三尺斗り、甚だ、山椒の氣(き)あり。又、椒樹(さんせうのき)に上(のぼ)り、樹の皮を採り、食らふ。此の魚、畜ゐおけは、夜、啼きて小児(せうに)の聲のごとく、性(せい)、至つて强き物にて、常に小池(せんすい)に畜なひ用ゆべき時、其の半身を裁ち斷り、其の半(なかは)を、復た、小池へ放ちおけば、自(み)づから、肉を生じ、元の全身となる故に、作州の方言にハンサキといふ。又、其の去りたる、川も久しくして、尚、動くなり、といへり。〇別に一種、箱根の山椒魚といふものあり。小魚なり。越後にてセングハンウヲといふ。其の形、水蜥蜴(いもり)に似て、腹も赤し。故にアカハラともいふ。乾物(かんぶつ)として出だし、小兒の疳蟲(かんむし)を治す。「物理小識」に、『閩高(みんかう)の源(もと)に黑魚あり』とは、是れなり。今、相州・信刕輕井澤和田の邉(ほとり)より出る物も、かの、いもりのごとき物にて、夜る、瀧の左右の岩を攀ぢ上(のぼ)るなり。土人、是れを採るに、木綿袋にて、玉䋄(たまあみ)のごときものゝ底を、巾着(きんちやく)の口のごとくにして、松明(たいまつ)を照らして、魚の上(のぼ)るを候(うかゞ)ひ、袋をさし附けて、自(おのづ)から入るを、取りて、袋の尻を解き、壺へ納む。又、丹波・但馬。土佐よりも出だせり。〇「本草」に一種、「䱱魚」といふもの、おなじく「山椒魚」ともいへども、是は「人魚」なり。河中及び湖水に生す。形、鮧魚(なまず)に似て、翅(つばさ)、長く、手足のごとし。又、時珎の「諬神録(けいしんろく)」に載する所の物は、「華考(くわかう)」の「海人魚(うみにんぎよ)」なり。紅毛人、此の海人魚の骨、持と來たりて、蛮名(ばんめう)「へイシムルト」云。甚だ、僞もの、多し。

[やぶちゃん注:冒頭部のそれは、所謂、「大山椒魚」で、

両生綱有尾目サンショウウオ亜目サンショウウオ上科オオサンショウウオ科オオサンショウウオ属オオサンショウウオ Andrias japonicus

である。本種は日本固有種であるが、現在の分布は、自然破壊が進み、南西部(岐阜県以西の本州・四国・九州の一部)に限られている。私は「大和本草卷之十三 魚之上 䱱魚/鯢魚 (オオサンショウウオを含む広範なサンショウウオ類)」でサンショウウオ類について注を施しているので、そちらをまず読まれたい。実は記載の類似性から見て、作者は益軒のその記載を参考にしている可能性が頗る高いからである。

「牛尾魚(こち)」現行においても、「コチ」は広汎にして多様な種を指す。ウィキの「コチ」を見られたいが、オオサンショウウオにミミクリーとなら、最大一メートルにもなるカサゴ目コチ亜目コチ科コチ属マゴチ Platycephalus sp.を挙げておくべきであろう。「海水魚のコチを比較に出すのはおかしい」と思われる方のために、「大和本草卷之十三 魚之下 こち」を読まれることを強くお薦めする。そこで益軒は『或いは曰はく、「蟾〔(ひきがへる)〕、化して『こち』となる者、稀れに、之れ、有り」〔と〕。』というトンデモ化生説を紹介している。ヒキガエルとオオサンショウウオとコチ――繋がるでしょ?

「能く水を離れて陸地を行く。大なるものは、三尺斗り、甚だ、山椒の氣(き)あり。又、椒樹(さんせうのき)に上(のぼ)り、樹の皮を採り、食らふ」「大和本草卷之十三 魚之上 䱱魚/鯢魚 (オオサンショウウオを含む広範なサンショウウオ類)」で「水中のみにあらず、陸地にて、よく歩〔き〕動く」に対して、ウィキの「サンショウウオ」によれば、『オオサンショウウオは繁殖期に川を遡上するとき以外はほとんど水中から出ることはないが、他の種類は陸上生活を送ることが多く、森林の落ち葉の下やモグラやネズミが掘った穴の中や、川近くの石の下などに生息する。繁殖期以外は』、『あまり人の目にはふれることはない』とある、と注し、また、「能く樹に上〔ぼ〕る」というのは、あり得ないと思う。結局、体に山椒に似た香りがある種がいることから「山椒魚」と呼ばれることから、彼らが「山椒の樹皮を食ふ」と誤認されたに過ぎないと考える、と注した。しかし、これは三年前のもので、その後、TVでオオサンショウウオの生態番組を見た中では、雨の時期の夜、オオサンショウウオが新しい棲息場所(或いは繁殖期で相手を求めてか)を探して、川から這い出し、湿った林を抜けて、河川の別な場所まで遠征するのを見た。日常的によく陸地を歩くとは言えないが、こうしたシーンに遭遇すれば、それはかなり強烈な記憶として人々に刻印されるから、この「陸地を行く」或いは後の「其の去りたる、川も久しくして、尚、動くなり、といへり」という部分は、決して誤認とは言えない気がしている。

「此の魚、畜ゐおけは、夜、啼きて小児(せうに)の聲のごとく」これも「大和本草卷之十三 魚之上 䱱魚/鯢魚 (オオサンショウウオを含む広範なサンショウウオ類)」で「其の聲、小兒のごとし」に対して、ササンショウウオ類やオオサンショウウオは一般的に鳴かないと私は思う。「日本サンショウウオセンター」の記事(三重県名張市赤目町。現在はリンク切れ)を見ても「鳴かない」とあり(但し、ごく稀に一瞬、おし殺したような声(体内腔を用いた音か)を発することがあり、『ちょっとハスキーな声』と半分おふざけ気味で記してはある)、通常のサンショウウオ類が鳴いたとする記事はざっとみたところではない。ところが一件、サンショウウオ科サンショウウオ属ベッコウサンショウウオ Hynobius ikioi(阿蘇山系以南・霧島山系以北の鹿児島県北部・熊本県・宮崎県)が鳴くという記事を見つけたのだ。個人ブログ「古石交流館みどりの里」の「サンショウウオ(ベッコウ)が鳴く」である。記事の山名と方言と高度から見て、熊本県葦北郡芦北町古石の「大関山」(頂上で標高九百二メートル)と推定される、として引用しておいた(こちらもリンク切れ)。しかし、今回、今一度、調べてみると、二〇二一年二月二日附『読売新聞』の記事「世界最大級の両生類・オオサンショウウオ、どんな鳴き声?」というのがあり、まさに「日本サンショウウオセンター」で、飼育しているオオサンショウウオの身体測定が来館者にも公開して行われた、という記事があり、そこで、『地元の小学』六『生』『と中学』二『年生』『も助手として参加。記録係を務めた小学』六『年生は「鳴き声を初めて聞いた。『ウー』という感じの声だった」という』と述べているのを見つけた。これは、両生類であるオオサンショウウオを水から引き揚げて計測しており、とすれば、消化管内に空気が取り込まれて、物理的に腹が鳴った可能性がありそうだが、呼鳴器官はないにしても、何らかの音を稀に発する可能性はないとは言えない気がした。但し、研究者が聴いたことがないという以上は、やはり、ないかなぁ。

「小池(せんすい)」「泉水」の当て訓。

「其の半身を裁ち斷り、其の半(なかは)を、復た、小池へ放ちおけば、自(み)づから、肉を生じ、元の全身となる故に、作州の方言にハンサキといふ」イモリやサンショウウオが軽微の指欠損を再生することは知られている。かく言う私自身、高校時代、生物部でイモリの四肢の一部を切断して再生させるという今考えれば、ひどい実験をしていた(完全再生は達成できなかった。「生物學講話 丘淺次郎 第九章 生殖の方法 六 再生」の私の注を参照されたい)。なお、イモリの再生能力の高さは脊椎動物の中では群を抜いて優れていることはよく知られている。ウィキの「アカハライモリ」によれば、『たとえば、尾を切ったとしても本種では完全に骨まで再生するほか、また四肢を肩の関節より先で切断しても指先まで完全に再生し、さらには目のレンズも再生することができる』。『この性質は教科書にも記載されている。多くの脊椎動物ではこれらの部位は再生できない。ちなみに、尾を自切し再生することが知られているトカゲでも、尾骨までは再生しない』とある)。しかし、私はオオサンショウウオの半身再生というのは都市伝説レベルの妄説に過ぎないと考えている当該ウィキには、和名の解説で、『「山椒魚」の名の由来は、一説に、山椒のような香りを発することによるという。平安時代以前からの古称に「はじかみいを」』『があり、これもすなわち、「山椒(はじかみ)魚(いを)」の意である』。『また、「ハンザキ」の異称があり、引用されることも多い。由来として「からだを半分に裂いても生きていそうな動物だから」「からだが半分に裂けているような大きな口の動物だから」などとも言われ、疑問符付きながらこうした説を載せている辞書などもあるが、信頼できる古文献の類は現在のところ知られていない。ほかに、「ハジカミ > ハミザキ > ハンザキ」のように変化したとする説や、体表の模様が花柄のようにも見えることから「花咲き」から転訛した、といった説もあるが、これらについても現在のところ裏付けは乏しい』。『オオサンショウウオは特別天然記念物であり、捕獲して食利用することは禁じられているが、特別天然記念物の指定を受けるまでは、貴重な蛋白源として食用としていた地域も多い。北大路魯山人の著作』「魯山人味道」に『よると、さばいた際に強い山椒の香りが家中に立ち込めたといい、魯山人はこれが山椒魚の語源ではないかと推測している。最初は堅かったが、数時間煮続けると柔らかくなり、香りも抜けて非常に美味であったという。また、白土三平』の「カムイ外伝」でも『食用とする場面が見られ、半分にしても生きている「ハンザキ」と説明されている』とあるように、誰もそうした強力な再生現象を記録してもいないし、見てもいないのである。また、ブログ「斉藤勝司のサイエンス・ウォッチ」の「15年かけてオオサンショウウオの指が完全再生」(二〇〇九年四月十三日の記事)に、姫路市立水族館で約二十年間も飼育されているオオサンショウウオについて、同年四月十一日附『産経新聞』が『興味深いニュースを報じている』として、

   《引用開始》

 このオオサンショウウオは水族館生まれの個体で、5歳の時に仲間(同じオオサンショウウオなんだろうな)との喧嘩で、右前肢上腕骨の先が食いちぎられた。ただし、その後、約15年かけて、再生したと報じられているのだ。X線撮影したところ、4本の指の骨がすべて元通りになっていることも確かめられ、完全に再生したという。

 再生医療や細胞工学に詳しい方であれば、イモリには高い再生能力があり、四肢を欠損しても、骨まで元通りに再生することはご存知のことと思う。

 そのため、同じ有尾目に属するということだけで、不勉強にも、私は、オオサンショウウオの体にも同様の再生能力が備わっていると思っていた。ところが、産経新聞の記事によると、オオサンショウウオの四肢が再生したという報告はこれまでなかったという。再生能力はゼロではないにしても、失われた四肢を完全な形にまで再生することは稀だということなのだろう。

 ならば、なぜ、このオオサンショウウオは、失われた右前肢を完全に再生させることがきたのだろうか。

 産経新聞の記事では、オオサンショウウオの生態に詳しい、元姫路市立水族館館長の栃本武良氏の「条件さえよければ欠損した指が完全に再生されることがわかった」というコメントを紹介している。

 この「条件」は、餌が十分に与えられていることを指さしていると思うが(温度条件考えられるが・・・)、私が気になることは、餌が十分であるという環境条件が何に作用して、再生を促したのかってことだ。

 再生するかどうかは、その個体の体に、(1)多分化能と、(2)高い分裂能を有した細胞があるかどうかによって決まってくると思う。多分化能については、未分化の細胞、つまり、幹細胞が有無によって決まってくるのだろうが、高い分裂能については栄養が豊かかどうかが大きく影響するだろう。不死化して、無尽蔵に増えるはずのがん細胞でも、栄養が滞れば、細胞分裂のスピードは鈍化するわけで、栄養が豊富だからこそ、このオオサンショウウオも前肢を完全に再生することができたんじゃないか。

 だったら、オオサンショウウオの再生能力は環境次第で、コントロールできるとも考えられるだろう。

 つまり、環境条件一つで、再生するか、しないかが決まるなら、オオサンショウウオを実験材料に使えれば、がい[やぶちゃん注:ママ。「組織が」とか「器官が」か?]再生するかどうかを決める何らかの因子を見つけることができるんじゃないかって期待をもってしまうのだが・・・。富栄養条件で四肢が再生できるようになったオオサンショウウオと、貧栄養条件で四肢が再生できなくしたオオサンショウウオで、細胞中の分子の発現を調べると、再生するかどうかを決定する因子が見つかったりするんじゃないかなんて考えちゃったわけだ。[やぶちゃん注:以下略。]

   《引用終了》

高校時代の私なら、斉藤氏の意見に諸手を挙げて賛同するであろう。

「箱根の山椒魚」図注で示したサンショウウオ科ハコネサンショウウオ属ハコネサンショウウオ Onychodactylus japonicus 。全長十~十九センチメートル。胴体側面にそれぞれ入る皺(肋条)は十四~十五本。卵は球形で直径五ミリメートルで、白や淡黄色を呈する。♂の後肢は繁殖期には肥大化し、後肢の掌や趾基部に角質の突起が出現する。

「越後にセングハンウヲといふ」不詳。現行ではこの呼称は生き残っていない。「ハンウヲ」は「斑魚」か或いは前の「ハンザキ」由来の「半魚」か。Weblio 辞書」の「方言」「新潟県田上町方言」「せんがむし」に「サンショウウオ」の方言として出、体長約十五センチメートル、四月に流れの遅い水中に産卵し、卵嚢は、ほぼ透明で太い紐状を呈し、卵は中心部に揃う。『黒山椒魚か?』とあった。私は「セングハンウヲ」を眺めていたら、漠然と「背」が「黒」い「山椒魚」というイメージが浮かんでいた。さらに富山の渓谷で同種を父が見つけたのも思い出したし、当時、住んでいた高岡市伏木矢田新町の奥の「矢田の堤」(既に干乾びて消失してしまったようである)で同種の木通のような卵も見つけたのも甦ってきた。

サンショウウオ属クロサンショウウオ Hynobius nigrescens

である。全長十三~十六センチメートルで、体色は暗褐色(種小名nigrescens は「黒っぽい、黒みがかった」の意)。胴体の左右側面の肋条は十一本。尾は長く、縦に平たい。四肢は長い。いわゆる止水性のサンショウウオで、幼体は三対の外鰓と、眼下部に「バランサー」(balancer:平衡桿。一般には水底で体を安定させるためのものとされる)と呼ばれる器官を持つが、前肢が生えると、消失する。近年の研究ではサンショウウオ属カスミサンショウウオ Hynobius nebulosus に近縁であることが判明している。しかし、作者は続けて、「其の形、水蜥蜴(いもり)に似て、腹も赤し。故にアカハラともいふ」とするのは戴けない。腹の赤いサンショウウオはいない。これは似てるんじゃなくて、有尾目イモリ亜目イモリ科イモリ属アカハライモリ Cynops pyrrhogaster そのものだぜ?!

「乾物(かんぶつ)として出だし、小兒の疳蟲(かんむし)を治す」サンショウウオは古くから、薫製干物が疲労回復・滋養強壮・美肌などに効果があるとして食されてきた歴史がある。私は湯西川で食ったことがある。「小兒の疳蟲」は以下に示す「物理小識」の記載に拠るものと推定される。益軒は「大和本草卷之十三 魚之上 䱱魚/鯢魚 (オオサンショウウオを含む広範なサンショウウオ類)」で『京都魚肆〔(うをみせ)〕の小池にも時々生魚〔(せいぎよ)〕あり。小なるを生〔(なま)〕にて呑めば、膈噎』(かくいつ:「噎」は食物がすぐ喉の附近でつかえて吐く病気を、「膈」は食物が少し下の胸の附近でつかえて吐く病気を指すが、現在では現行の胃癌又は食道癌の類を指していたとされるが、ここはそんな重病という記載とも思えないから、広義の咽喉や気道附近での「痞(つか)え」でよい)『を治す』と記している。なお、イモリも媚薬とされた。ウィキの「アカハライモリ」によれば、『かつて日本では、イモリの黒焼きはほれ薬として有名であり、販売もされていた』。『竹筒のしきりを挟んで両側に雄雌一匹ずつを分けて入れ、これを焼いたもので、しきりの向こうの相手に恋焦がれて心臓まで真っ黒に焼けると伝える。実際の成分よりは、配偶行動などからの想像が主体であると思われるが、元来中国ではヤモリの黒焼きが用いられ、イモリの黒焼きになったのは日本の独自解釈による』とある。なお、アカハライモリはフグ毒と同じテトロドトキシンを持っていることが知られているが、過去、アカハライモリの黒焼きを食って中毒したケースは古文献でも近現代のデータにもなく、一個体当たりのテトロドトキシン含有量が少ないのではないかと考えられているようであるが、まあ、ヤモリで我慢した方が無難である。

「物理小識」明末・清初の思想家方以智(一六一一年~一六七一年:一六四〇年進士に登第し、翰林院検討を授けられたが、満州族の侵略に遭い、嶺南の各地を流浪、清軍への帰順を拒んで、僧侶となった。朱子学の「格物窮理」説は事物の理を探究するには不十分とし、当時、渡来していたジェスイット宣教師たちから、西洋の学問を摂取し、また、元代の医師朱震亨(しゅしんこう)の「相火論」や、覚浪道盛の「尊火論」に基づいて、あくまで事物の「然る所以の理」を探究する方法としての「質測の学」と形而上的真理の探究の方法としての「通幾」を唱えた)の哲学書。

「閩高(みんかう)の源(もと)に黑魚あり」「物理小識」の巻十一の以下(下線太字は私が附した)。

   *

四足魚 魶魚有足緣木。音如兒啼。周益公記宜興洞有四足鮎。張舜民記黃州四足鮎。全義之西南盤龍山乳洞有金沙龍盤魚、皆四足。脩尾丹腹。狀若守宮。泰和鄕有四足、如螭。有時上岸、見人則入水不傷人。鱉無裙而尾長亦謂之魶【游子六曰、閩高山源有黑魚、如指大。其鱗卽皮四足。可調粥治小兒。】

   *

「閩高」「閩」(びん)は福建省の古くからの呼称・略称である。閩地方の高原地方の渓谷の上流の謂いであろう。

「信刕輕井澤和田」和田は判らない。サンショウウオの棲息というロケーションからは、旧軽井沢宿のあった旧軽井沢の北の精進と矢ヶ崎川の上流附近を私は考えている(国土地理院図)。

「玉䋄(たまあみ)」攩網(たもあみ)。

『「本草」に一種、「䱱魚」といふもの、おなじく「山椒魚」ともいへども、是は「人魚」なり。河中及び湖水に生す。形、鮧魚(なまず)に似て、翅(つばさ)、長く、手足のごとし』作者は自分でも何を言っているのか分からなくなっている感じだ。ようするに、これは、「大和本草卷之十三 魚之上 䱱魚/鯢魚 (オオサンショウウオを含む広範なサンショウウオ類)」の以下を無批判に写しているに過ぎない。

   *

䱱魚(にんぎよ) 「人魚」〔と〕名〔づく〕。此の類、二種あり。江湖の中に生じ、形、鮎(なまづ)のごとく、腹下につばさのごとくにして、足に似たるもの、あり。是れ、「䱱魚」なり。「人魚」とも云ふ。其の聲、小兒のごとし。又、一種、「鯢魚」あり。下に記す。右、「本草綱目」の說なり。又、海中に人魚あり。海魚の類に記す。

   *

しかし、これ、今回、虚心に読んでみれば、ナマズのような形態で、腹の下の両側に翼みたようなビラビラがあり、足=脚=前後の四肢に似たものが生えていて、時に幼児の泣くような声を立てるのが魚」=「人魚」≒「鯢魚」だと言っているのだから、これは何の苦もなく、オオサンショウウオでいいだろうと今の私は思う。

『時珎の「諬神録(けいしんろく)」に載する所の物は』作者は遂にやらかしちまったね。益軒先生の「大和本草」の美味しいところをつまみ食いしているうちに、とんでもないしくじりをしちまった。現代の出版物だったら、とんでもない非難に曝されるぜ! 「諬神錄」ってのはね、「本草綱目」の李時珍の著作じゃねえ! 五代十国から北宋代の政治家で学者の徐鉉(じょげん 九一六年~九九一年)の伝奇小説集だ! そうして、あんたが、ちょろまかそうとして墓穴を掘ったその大元は、「大和本草卷之十三 魚之下 人魚 (一部はニホンアシカ・アザラシ類を比定)」だろうが!

   *

人魚 「本草綱目」〔の〕「魚」の「集解」に徐鉉〔(じよげん)〕が「諬神録〔(けいしんろく)〕」に云はく、『謝仲王といふ者、婦人、水中に出沒するを見る。腰より以下、皆、魚。乃〔(すなは)〕ち、「人魚」なり』〔と〕。又、「徂異記」に云はく、『査道、使を髙麗に奉ず、海沙の中、一婦人、肘〔(ひぢ)の〕後〔ろに〕、紅〔き〕鬣〔(たてがみ)〕有るを見る、之れを問へば、曰はく、「人魚なり」〔と〕』〔と〕。

○「」・「鯢」も亦、人魚と云ふ。乃ち、名、同〔じくして〕物〔は〕異〔(こと)なり〕。

○「日本記」二十二巻「推古帝二十七年」、『攝津國に漁父有り。罟(あみ)を掘江[やぶちゃん注:ママ。]に沈む。物、有り。罟に入る。其の形、兒〔(こ)〕のごとく、魚に非ず、人に非ず。名づくる所を知らず』〔と〕。今、案ずるに、此の魚、本邦に処〻、稀れに之れ有り。亦、人魚の類〔(るゐ)〕なるべし。

   *

リンク先をご覧いただけば、お判りの通り、ここはね、

   *

時珎(=珍)が、「本草綱目」の「魚」の「集解」に、徐鉉の「諬神錄」を引ける所の物は、

   *

とやんなきゃいけなかったんだ! まさか、二百二十二年後に安易なコピペの襤褸を暴かれるとは、お釈迦さまでも御存じあるめえ! ってこった!

『「華考」(くわかう)の「海人魚(うみにんぎよ)」なり』これは明の慎懋官(しんぼうかん)撰になる「華夷花木鳥獣珍玩考」のことであろう。早稲田大学図書館「古典総合データベース」のここだ(天保六(一八三五)年の写本)! 作者は、せめても引用しておくべきだったね。

『紅毛人、此の海人魚の骨、持と來たりて、蛮名(ばんめう)「へイシムルト」云。甚だ、僞もの、多し』ああっつ! 最後の最後まで杜撰をやらかしちまってる! 「へイシムルト」(或いは『「ヘイシムル」と云』とするところをうっかりカタカナにしてしまったか。にしても誤りに変わりはない)じゃあないぜ! 「ヘイシムレル」だ! 漢字表記は「歇伊止武禮兒」で、ポルトガル語の綴りは‘peixe mulher’である。詳しくは私の渾身の電子化注『毛利梅園「梅園魚譜」 人魚』をご覧あれかし!!!

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