「南方隨筆」版 南方熊楠「詛言に就て」 オリジナル注附 (6)
南洋ヂユーク、オヴ、ヨーク島の人は、邪視(イヴルアイ)を怕れぬが、詛言は被詛者に禍ひすと信じ、多くのサモア島人は、今も詛言を懼れ、屢ば重病を受く。因て一人他人を犯し續いて數兒を亡なふ時は必定かの者に詛はれたと察し、其人に聞合せ、果して然らば其詛を取消下されと哀願す。彼輩は其所有の樹園で果蔬を盜む者を捕ふるも怒らず「お前はよい事をした。たんとお持ち下さい」と挨拶す。然るに、自分の不在中に盜まるゝと、大に瞋つて樹一本切り又椰子一顆打破る。是は盜人を詛ふのだといふ(George Brown, ‘Melanesians and Polynesians,’ 1910, pp. 240, 248, 264)。中央メラネシアの或島民は、人殺しに往く前に自分の守護鬼の名を援(ひい)て敵手を詛ふ。ヂユーク、オヴ、ヨーク島で、有力家を葬るに、覡師[やぶちゃん注:「げきし」。呪術師。シャーマン。]來たつて樹葉に唾吐き、數多の毒物と俱に墓穴に投じ、死人を詛殺せし者を高聲に詛ひ、一たび去つて浴し返つて復た詛ふ。彼者從ひ[やぶちゃん注:「たとひ」。]第一詛を受ずとも、第二詛必ずよく彼を殺すと信じ、老覡敵を詛ふに其の父や伯叔父や兄弟の魂を喚び、敵の眼耳口を塞いで、庚申さんの猿其儘、見も聞きも叫びも出來ざらしめて、容易く[やぶちゃん注:「たやすく」。]詛はれ死なしむ(Frazer, ‘The Belief in Inmorality,’ 1913,vol.i, pp. 370, 403-404.)
[やぶちゃん注:「ヂユーク、オヴ、ヨーク島」パプア・ニュー・ギニアの東北海上にあるデューク・オブ・ヨーク諸島(Duke of York Islands)。ここ(グーグル・マップ・データ)。北西のビスマルク海を囲む形のビスマルク諸島の内、ニュー・ブリテン島とニュー・アイルランド島の間、南東のソロモン海との海峡に浮かぶ島嶼である。
「邪視(イヴルアイ)」「南方熊楠 小兒と魔除 (1)」で既出既注。そこの『「視害(ナザル)」(しがい)「邪視(Evil Eye)」(じやし(じゃし))』の私の注を参照。
「サモア」ここ(グーグル・マップ・データ)。島嶼に居住する人々は総てポリネシア系人種。
「George Brown, ‘Melanesians and Polynesians,’ 1910, pp. 240, 248, 264」ジョージ・ブラウン(一八三五年~一九一七年)はイギリスのメソジストの宣教師にして民族学者。若い頃は医師の助手などをしていたが、一八五五年三月にニュージーランドに移住し、説教者となり、一八五九年にフィジーへ宣教師として渡り、翌年、シドニーからサモアに向かった。一八六〇年十月三十日に到着してより一八七四年までサモアに住んだ(主にサバイイ島に居住)。布教の傍ら、サモアの言語・文化を学び、シドニーに戻り、その集大成として、後にメラネシア人とポリネシア人の生活史の概説と比較を試みたものが本書であった(英文の当該ウィキに拠った)。Internet archiveで同原本が読め、ページ「240」はここで、「248」はここで、「264」ここ。
「中央メラネシア」メラネシア(Melanesia)は、オセアニアの海洋部の分類の一つで、概ね、赤道以南、東経一八〇度以西にある島々の総称。オーストラリア大陸より北及び北東に位置する島嶼群が含まれる(ギリシャ語で「メラス」(黒い)+「ネソス」(島)で、「肌の黒い人々が住む島々」の意)。西はニュー・ギニア、東はフィジー及びニュー・カレドニアまで。ミクロネシアの南、ポリネシアの西南方に当たる。
「庚申さんの猿」所謂、「見ざる言わざる聞かざる」の三猿信仰。これは元々は庚申信仰とは無縁で、私は、庚申信仰が「塞の神」・「道祖神」・「青面金剛」などを習合する内に、「猿田彦」も混淆し、その「猿」からこれが芋蔓式に入り込んだものと考えている。
「Frazer, ‘The Belief in Inmorality,’ 1913」ご存知「金枝篇」の著者ジェームズ・フレイザーの著作「背徳の信念」。Internet archiveで原本が読め、「370」はここで、「403」はここ。死者の親族の霊をも援軍とするところがなかなかに面白い。]
« 譚海 卷之四 常州筑波山幷椎名觀音の事 | トップページ | 「南方隨筆」版 南方熊楠「詛言に就て」 オリジナル注附 (7) »