芥川龍之介書簡抄91 / 大正八(一九一九)年(三) 室生犀星宛一通
大正八(一九一九)年十月三日・田端発信・室生犀星宛
啓 高著難有く拜見あの詩集は大へん結構な出來だと思ひます私が今まで拜見した詩集の中でも一番私を動かしました昨夜は一晚あれを耽讀しました私の詩を贈ります私が一生に一つの詩になるかも知れない詩です下手でも笑つちやいけません「愛の詩集」はもつと度々讀んで見る心算です御禮まで 頓首
十月三日 我 鬼
室 生 犀 星 樣
愛の詩集 芥川龍之介
室生君。
僕は今君の詩集を開いて、
あの頁の中に浮び上つた
薄暮の市街を眺めてゐる。
どんな惱ましい風景が其處にあつたか、
僕はその市街の空氣が
實際僕の額の上にこびりつくやうな心もちがした。
しかしふと眼をあげると、
市街は、――家々は、川は、人間は。
みな薄暗く煙つてゐるが、
空には一すぢぼんやりと物凄い虹が立つてゐる。
僕は悲しいのだか嬉しいのだか自分にもよくわからなかつた。
室生君。
孤獨な君の魂はあの不思議な虹の上にある!
[やぶちゃん注:底本の岩波旧全集書簡の中で最初に室生犀星(明治二二(一八八九)年~昭和三七(一九六二)年:本名は照道。芥川龍之介より三つ年上)宛として出る書簡である。犀星とは、前年の大正七年の一月十三日、日夏耿之介の第一詩集「転身の頌」の出版記念会が日本橋のレストラン「鴻の巣」であり、芥川龍之介はそれに出席したが、この時、室生犀星を知り、同じ田端に住んでいることもあって、以後、親交を深めていた(一九九二年河出書房新社刊・鷺只雄編著「年表 作家読本 芥川龍之介」に拠る)。「芥川龍之介書簡抄90 / 大正八(一九一九)年(二) 六通」の最後の大正八(一九一九)年六月十五日菅忠雄宛の冒頭の注も、是非、参照されたい(実はこの時、芥川龍之介は秀しげ子との不倫関係が致命的なまでに進行していた。それは次の佐々木茂索宛書簡で述べる)。なお、ここに示された芥川龍之介の詩は、後に前年大正七年一月一日に刊行した第一詩集で「愛の詩集」(感情詩社刊・自費出版)と合わせた「定本 愛の詩集」が、龍之介の自死後の昭和三(一九二八)年一月に聚英閣から出版された際、その巻頭に(扉には「愛の詩集に」という献辞あり)掲げられた詩である。同詩集の「序」で犀星は『芥川君の詩を卷頭に掲げたのは同君が大正九年に自分に初めて書いた詩だと云ひ、自分に手交して見せたもので誠に同君の最初の詩作であるらあしかつた』(新全集第二十三巻の「詩歌未定稿」の「後記」による。『大正九年』はママ)と記している。本詩は旧全集第九巻の「詩歌」パートに所収しているため、既に「やぶちゃん版芥川龍之介詩集」で採録しているが、今回、書簡としてソリッドに示すこととした。]
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